全 情 報

ID番号 07678
事件名 労災保険不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 尼崎労基署長(森永製菓塚口工場)事件
争点
事案概要  製菓株式会社Yの工場の従業員食堂の調理師として夜勤を含む一週間ごとの輪番制で勤務していたA(当時五六歳・肝障害、糖尿病、高血圧症、不整脈の基礎疾患あり)が、夜勤業務連続五日目の午前三時頃食堂厨房内で直接死因を急性肺炎として死亡したため、Aの妻Xが尼崎労基署長Yに対し、右死亡を業務上の事由によるものとして労災保険法に基づく遺族補償年金、葬祭料及び遺族特別支給金を請求したが、不支給処分がなされたため、Aの業務は過重であり、Aは本件発症時肺炎に罹患し安静と十分な休養・睡眠を取ることを指示されていたが、夜勤交替は困難であり治療機会を喪失したと主張し、右処分の取消を請求したケースの控訴審(X控訴)で、Aと同程度の年齢、経験を有する健康な同種業務従事者を基準とすればAの死亡に至るまでの勤務は過重とはいえないが、Aは死亡約二週間前から重篤な肺炎に罹患し、以後連続五夜にわたる夜間勤務を含む勤務が自然的経過を超えて、肺炎等の呼吸器疾患を増悪させたものと推認するに難くなく、輪番制のもとでは勤務の交替をすれば交替した者が一〇日連続して夜勤を行わざるを得なくなるため結局当番交代システムは有名無実であったことから、Aは死亡直前の五日間の夜勤の交替を申出ることが客観的に困難な状況で引続き業務に従事せざるを得ない状況に置かれていたのであるから、その業務によって自然的経過を超えて増悪した疾病の結果によるAの死亡には当該業務に内在する危険があるものとして業務起因性を認めるのが相当であるとして、業務起因性を否定した原審の判断が取消されて、Xの控訴が認容された事例。
参照法条 労働者災害補償保険法7条1項1号
労働者災害補償保険法12条の8第1項4号
労働基準法79条
労働基準法80条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 職業性の疾病
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
裁判年月日 2000年11月21日
裁判所名 大阪高
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (行コ) 9 
裁判結果 認容(上告)
出典 労働判例800号15頁
審級関係 一審/07638/神戸地/平11.10.28/平成8年(行ウ)11号
評釈論文 中益陽子・ジュリスト1226号112~114頁2002年7月1日/中嶋士元也・月刊ろうさい52巻11号4~7頁2001年11月
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 労災保険法12条の8第2項が引用する労働基準法79条及び80条にいう業務上の死亡とは、当該業務と死亡との間に相当因果関係のあるものをいうところ、労働災害補償保険は、保険料の主たる原資が事業主の負担する保険料とされている上、責任保険としての性格を有すること(労災保険法12条の2の2、労働基準法84条1項)からすると、当該死亡の原因が業務に内在し、随伴する危険の現実化と見られる場合に業務と死亡との間の相当因果関係が認められるものと解するのが相当である。そして、被災者の死亡等について基礎疾患等や既発の疾病が存在し、業務の遂行が右疾病による症状を、自然の経過を超えて増悪させて死亡などの重篤な結果を招来したような場合には、業務が当該業種に従事する一般労働者を標準として、過重されたものであるか又はそうでなくても、当該業務が職種自体あるいは人員配置などの職場環境から代替性がなく、就業を余儀なくされた結果適切な静養、治療を受けられなかったと認められる事情があるときには、右の業務遂行と死亡などとの間に相当因果関係があるものと認めるのが相当である。〔中略〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-職業性の疾病〕
 Aの主な死因としては急性肺炎が考えられているところ、鑑定の結果によれば、鑑定人Bは、解剖所見から、約3週間前から肺炎が肋膜炎の併発を繰り返しながら遷延していたものと考えられるとし、肺炎の遷延と死亡との関連性については、右遷延に加えて適切な治療及び休養等の一般的要素も考慮されるべきである旨の所見を述べていること、また、C医師も、解剖所見から、Aが死亡時までにかなりの長期にわたって持続的に呼吸器系の炎症性病変に罹患していたと推定し、このような病変に罹患している者が無理をして業務を続けていれば当然身体に負担がかかり、その病状は徐々に進行し、いずれは重篤な急性肺炎に罹患し、死亡しても不合理ではないとの見解を示していること等の事情も存する。これらの事実に、Aが死亡前に受診したD医師が2回にわたって安静を指示し、最後の4月13日には休業を指示していることをも総合考慮するならば、Aは3月下旬から肺炎に罹患し、以後同年4月8日までの勤務及び同月10日夜から15日明け方の死亡までの連続5夜にわたる夜間勤務が自然的経過を超えて、肺炎等の呼吸器疾患を増悪させたものと推認するに難くないものと認めるのが相当である。〔中略〕
 一般に当該労働者の遂行した業務内容が過重な業務とはいえないときでも、その性質や当該時点における具体的遂行状況等から、客観的にみて、発病後直ちに必要な安静を保つことや治療を受けることが困難で、引き続き業務に従事せざるを得ないという状況に置かれていた場合には、その業務によって自然的経過を超えて増悪した疾病の結果による死亡等には、当該業務に内在する危険があるものとして、業務起因性を認めるのが相当である。
 そこで以下、Aの右肺炎等に罹患したと推定される3月下旬以降の業務が、その職種上又は当該時点における具体的遂行状況等から、客観的にみて、発病後直ちに安静を保つことや治療を受けることが困難で、引き続き業務に従事せざるを得ない状況に置かれていたか否かについて検討することとする。〔中略〕
 被控訴人は、業務起因性を肯定するための要件として、Aの職種が高度のもので非代替性を有することと、Aによる症状の自覚を挙げるけれども、右で認定のとおり、当該職場における夜勤の具体的遂行状況から、客観的に見て、業務を交代することが困難な状況にあったために発病後直ちに、相当期間安静を保ち、かつ治療を受けることが困難で、引き続き業務を遂行せざるを得なかったことをもって、業務に内在する危険というに足りると解されるので、この点に関する被控訴人の主張は失当である。
 3 また被控訴人は、AはD医院に受診していたのであるから治療の機会を喪失していないとか、Aの死亡がD医師の不適切な治療に起因して生じたものであるから業務遂行と死亡との間に相当因果関係がないとか主張するけれども、Aが結果として必ずしも十分な診察・治療を受けられず、相当期間の充実した静養・加療が得られなかったのも、回避が著しく困難な夜勤等の業務遂行の結果にほかならないというべきであるから、この点に関する被控訴人の主張もまた失当に帰する。
 4 右で認定説示したところによれば、Aの死亡について業務起因性を認めるのが相当である。