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ID番号 07682
事件名 出向命令無効確認請求控訴事件
いわゆる事件名 新日本製鐵(日鐵運輸)事件
争点
事案概要  旧八幡製鐵と旧富士製鐵との合併により設立された株式会社Yの従業員X1及びX2が、Yでは鉄鋼業界の構造不況の下において経営の合理化等を図る必要があったところ、Xらの従事していた業務が会社Aへ委託されるのに伴い、委託業務の円滑な遂行等を目的としてAへの出向を命じられ、その後もYでは厳しい経営環境が続いていたこともあって、三年ごとに右出向命令が三回延長されたことから、右出向命令が無効であるとして、第一次請求として出向先で労務を提供することの義務がないことの確認を求め、第二次請求として、同出向命令の無効確認を求め、第三次ないし第五次請求として、その後三年毎になされた各出向延長措置以降において同出向命令が無効であることの確認を請求したケースの控訴審(原審では第二次請求につき判断がなされ、請求が棄却されたため、Xが控訴し、第一次請求及び第三次ないし第五次請求を追加した)で、本件出向について就業規則及び労働協約により、Yに出向を命ずる権限があるとしたうえで、本件出向は、業務上の必要性があり、人選の合理性も確保され、出向の前後で勤務内容等に全く変化がなく、その他の点でもXらに看過できない程度の不利益が生じているということはできないから、当初から長期化し、復帰の困難性が予想されていたとしても、YがXらに本件出向を命じることが権利の濫用にあたるということはできず、また本件延長措置には、いずれも業務委託の遂行と雇用調整の実行というYにおける業務上の必要性が存在していると認めることができるとして、本件出向命令は有効に存在し、Yらは本件出向命令に従ってAに対して労務提供する義務を負うことになるとして、Xらの第一次請求が棄却され、第二次ないし第五次請求についても、確認の利益を欠き不適法であるとして却下された(第二次請求について棄却した原審の判断が変更された)事例。
参照法条 労働基準法2章
民法625条1項
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 出向命令権の根拠
裁判年月日 2000年11月28日
裁判所名 福岡高
裁判形式 判決
事件番号 平成8年 (ネ) 553 
裁判結果 主位的請求棄却、原判決取消、第2次~第5次請求却下(上告)
出典 労働判例806号58頁
審級関係 一審/06787/福岡地小倉支/平 8. 3.26/平成1年(ワ)612号
評釈論文 大沼邦博・法律時報74巻10号101~106頁2002年9月/矢野昌浩・労働判例百選<第7版>〔別冊ジュリスト165〕78~79頁
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の根拠〕
 雇用契約は、通常、特定の指揮監督権者の下での労働力の提供が予定されているものと解するのが相当であるから、使用者は、当然には、労働者を他の指揮監督権者の下で労働に従事させることはできないというべきである。
 そして、民法625条1項、使用者の権利を第三者に譲渡する場合は、労働者の承諾を要するものとし、債権譲渡の一般規定と異なる制限をしている。これは、雇用契約の場合、使用者の権利の譲渡が、労働者からみて、単に義務の履行先の変更にとどまるものではなく、指揮監督権、人事権、労働条件決定権等の主体の変更によって、給付すべき義務の内容が変化し、労働条件等で不利益を受けるおそれがあることから、労働者を保護する趣旨にでたものと考えられる。
 しかして、出向(在籍出向、以下同じ)は、労務提供の相手方の変更、すなわち、使用者の権利の全部ないし一部の出向先への譲渡を意味するから、使用者がこれを命じるためには、原則として、労働者の承諾を要するものというべきである。そして、右承諾は、労働者の不利益防止を目的とするものであることからすると、事前の無限定の包括的同意のような労働力の処分を使用者に委ねてしまうような承諾は、右規定の趣旨に沿った承諾といいがたいと評すべきである。逆に、個別の承諾がない場合においても、出向が実質的に労働者の給付義務の内容に大きな変更を加えるものでない場合や、右規定の趣旨に抵触せず、承諾と同視しうる程度の実質を有する特段の根拠がある場合には、形式的に承諾がないからといって、全ての出向を違法と解するのも相当でない。〔中略〕
 これを本件についてみるに、〔1〕 前記事実経過で認定したとおり、控訴人らの入社時及び本件出向命令時の就業規則に、業務上の必要により、社員に対して社外勤務をさせることがある旨の規定が存在し、控訴人らは、入社時に右就業規則について説明を受け、就業規則を遵守する旨の誓約書を提出しており、就業規則の規範性からこれを出向命令の根拠としうる余地があること、〔2〕 昭和44年9月に旧八幡製鐵株式会社と八幡製鐵労働組合との間において、出向期間、出向後の労働条件等について詳細に規定した社外勤務協定(労働協約と一体をなすもの)が締結され、さらに、昭和48年4月、被控訴人と連合外との間の労働協約においても右就業規則と同旨の規定が設けられ、本件出向命令の発令時においても、これらの諸規定が更新・改定されて存在(存続)しており、労働協約の規範的効力ないし補充的効力からして、これも個別的同意のない出向を適法とする根拠となりうると考えられること、〔3〕 右労働協約及びその一環をなす改定社外勤務協定は、鉄鋼業界全体が構造不況業種の指定を受ける事態の下において、余剰設備の削減とともに、大量の人員合理化を迫られるという環境条件の中で、労使協議を経て、雇用確保を第一とする組合が受け入れた中期総合計画の実現の過程で締結されたものであり、整理解雇等の人員削減策を回避し、雇用を確保する役割を果たすものであること、〔4〕 八幡製鐵所においては、単に就業規則や労働協約に抽象的な出向規定があるというにとどまらず、多くの分野で業務委託が実行され、それに伴って多数の社員が現実に出向しており、右規定が現実的に機能していたこと、〔5〕本件出向は、控訴人らが従前従事していた業務と密接に関係する部門の委託を受けていた協力会社に対し、控訴人らの業務部門も追加して委託されたことに伴って、従前と同様の業務を続けて遂行するために出向したものであり、控訴人らの労働給付の内容に実質的な変化はないこと、等の諸事情が認められ、かかる事実関係の下においては、右就業規則や労働協約は、個別の同意に代わりうる出向命令権の根拠足りうるものと解するのが相当である。