全 情 報

ID番号 07688
事件名 未払賃金等請求事件
いわゆる事件名 池貝事件
争点
事案概要  工作機械の製造販売、修理等を行う株式会社Yの従業員で少数組合Aの組合員Xら二九名が、Yと組合との間で年末一時金の額を新賃金の一・五カ月分とする旨の協定が成立していたにもかかわらず、経営悪化を理由にYから年末一時金の半額のみが支給されただけであり、その後、組合との協定に基づいて第一次帰休制度が実施されたのに引続いて、従業員一人当たり四日ないし六日の範囲で休業日の賃金を六割とする第二次帰休制度の実施が提案されたが、組合Aとは協定を締結しないまま右帰休制度が実施されたため、Xらは指定休業日には勤務したり、有給休暇届を提出したが、いずれも休業扱いとされたことから、〔1〕年末一時金の残金及び〔2〕第二次帰休制度による賃金カット分の支払を請求したケースで、〔1〕については、一時金の半額につき支払延期を求めることもやむを得ない経営状況にあったということができるとしたうえで、Y主張の事情変更の原則の適用はできず、またYと組合との間で一時金の半額の支払期日延期に関する協定が成立していない以上、未払の年末一時金の半額の支払を求めることは当然であり、Xらの請求は権利濫用には該当しないとし、請求が認容され、〔2〕については、第二次帰休制度につき組合との真剣に交渉しなかったほか、その実施状況の点からも、その実施は合理的なものといえず、民法五三六条二項に基づき使用者はカット分の賃金を支払うべきであるとして、請求が認容された事例。
参照法条 労働基準法3章
労働基準法93条
民法536条2項
体系項目 賃金(民事) / 賞与・ボーナス・一時金 / 賞与請求権
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / その他
裁判年月日 2000年12月14日
裁判所名 横浜地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 4690 
裁判結果 認容(控訴)
出典 労働判例802号27頁/労経速報1773号16頁
審級関係
評釈論文 沼田雅之・法律時報74巻9号117~121頁2002年8月/水町勇一郎・ジュリスト1214号97~100頁2001年12月15日
判決理由 〔賃金-賞与・ボーナス・一時金-賞与請求権〕
 被告は、他の労働組合であるユニオンとの間で年末一時金の半額の支払期日の延期に関する協定を締結しているが、このように、被告の債権者に対して支払期日の延期を求めることができるとしても、これに応じるかどうかは、債権者の意思次第であり、被告に倒産法制における法的手続がとられていない以上、債権者にこれに応ずべき義務のないことは明らかである。特に、被告は、取引先については支払の延期を求めていないのであり、一般債権よりも法律上厚い保護が講じられている年末一時金について、事情変更の原則が適用され、支払期日が延期されるものということはできない。また、ユニオンとの協定の締結や管理職以上の一時金のカットの事実があるからといって、原告らの年末一時金の半額の支払期日が当然に延期されることはない。〔中略〕
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-その他〕
 第2次帰休制のように労働者の賃金を一部カットして帰休制を実施することは、労働者に就労の権利の一部行使制限や賃金の一部カットといった不利益を与えることとなり、就業規則を含む労働者との雇用契約の一部を一時的に労働者に不利益に変更することにほかならないから、就業規則の不利益変更に適用される法理に準じて、そのような帰休制が、右のような不利益を労働者に受認させることを許容し得るような合理性を有することを要するというべきである。そして、右合理性の有無は、具体的には、帰休制実施によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の帰休制実施の必要性の内容・程度、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応等を総合考慮して判断すべきであり、右合理性がある場合は、使用者が帰休制を実施して労働者からの労働の提供を拒んだとしても、民法536条2項にいう「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」が存在しないものというべきである。
 これを本件について見ると、先ず、一2に摘示のとおり、被告は、当時、帰休制を実施することも、やむを得ない経営状況にあったのであり、被告が帰休制を実施する必要性があったということができる。そして、第2次帰休制は、平成11年8月20日から同年9月15日にかけて、従業員1人当たり4日ないし6日間帰休し、帰休日は60パーセントの賃金が支払われるというものであって、その結果、従業員1人当たり1.6日分ないし2.4日分の賃金がカットされるに止まることから、その経済的な不利益は、右の点のみを見れば、さほど深刻なものということができない。しかし、1(2)に認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、被告は、雇用調整助成金の取得も目的として第2次帰休制を実施したことは明らかであるところ、右助成金は、従業員の賃金の3分の2、すなわち約67パーセントの額となることから、被告は、受給可能な助成金よりも少額の賃金しか従業員に支払わないこととなり、その対比において、従業員が不当に賃金をカットされているものとも評価することができる。〔中略〕
 第2次帰休制については、なるほどその必要性が認められ、カットされる賃金はさほど高額ではなく(実際にカットされた分は、被告が予定していたものよりも少額である。)、かつ、多数の従業員が加入する労働組合と協定を締結している点のみを捉えると、これを実施することに合理性が認められるように見える。しかし、組合とは真剣に交渉せず(この点、被告は「雇用調整助成金対象の休業について」と題する文書において、組合と協議をして組合員らの同意を得る必要性のあることを自認していたことを指摘すべきである。)、しかも、その実施状況も、実施計画とはかけ離れたものであったのであり、これらの点を総合すると、第2次帰休制の実施が合理的なものということはできない。したがって、民法536条2項にいう「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」が存在するものといわなければならない。