全 情 報

ID番号 07693
事件名 退職金請求事件
いわゆる事件名 東京貨物社(退職金)事件
争点
事案概要  呉服展示用品の賃貸等を業とする会社Yの元従業員であったXら一三名が、Yの退職金規程には本人の在職中の行為で懲戒解雇に相当するものが発見された場合に退職金を支給しない旨が規定されるとともに就業規則に懲戒事由が詳細に定められているほか、従業員の退職後三年間につき競業避止義務が規定されていたところ(右義務は就業規則改訂により途中で新設され、Xらのうち四名がこの規定新設後に退職)、Xらのうち八名については退職後の競業避止義務(競業避止義務違反によるYの損害発生等における退職金返還規定)及び今後一切の労働債権が残存しないとの清算条項を含む退職確認書を提出していたところ(Xらのうち七名については退職後、同業退社に就職もしくは同業会社設立している)、YらはXらが退職金規程の退職金不支給規定に該当するか(九名)、もしくは職確認届による不支給の合意が成立している(八名)などとして退職金規程に基づき支払われるべき金額の退職金を支払おうとしない又は退職金の支払を拒んでいたため、Yらの右行為が不法行為に該当するとして未払退職金及び慰謝料等をそれぞれ請求したケースで、Xらのうち一名については在職中の行為の懲戒事由該当性が認められ退職金規程の不支給条項の適用できるとして請求が認容されなかったが、その他の者については、在職中に就業規則の懲戒解雇事由の該当行為の存在を認めることができないか(八名)、退職確認届は退職後の競業避止義務の定める特約は代償措置がなく公序良俗に違反し無効であるからこれを根拠に退職金の支払を拒むことができないなどの理由により、請求が一部認容された事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法3章
労働基準法89条1項3号の2
労働基準法93条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 競業避止義務
賃金(民事) / 退職金 / 懲戒等の際の支給制限
就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / その他
裁判年月日 2000年12月18日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成8年 (ワ) 613 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 労働判例807号32頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-競業避止義務〕
 従業員が、自分の勤務する会社を退職した後に、自営たると雇用たるとを問わず、その会社が営む業務と同種の業務に従事することは、その従業員がその会社との間で退職後の競業避止義務に関して特別の合意をしていない限りは、何ら妨げられるものではない。そして、従業員が、会社を退職した後に自営たると雇用たるとを問わずその会社が営む業務と同種の業務に従事することを目的に、その会社に在職中に、退職後に従事する業務について準備のためにする諸活動は、原則として何ら妨げられるものではなく、ただ、その準備のためにする諸活動が、その会社の就業規則に抵触する場合には、その抵触する限度において、その就業規則に定める方法によって処分等されることがある。〔中略〕
〔賃金-退職金-懲戒等の際の支給制限〕
 原告X1、原告X2、原告X3、原告X4、原告X5、原告X6、原告X7及び原告X8には、本件退職金規程8条ただし書にいう「本人在職中の行為で懲戒解雇に相当するもの」があるということはできないから、被告は、同原告らに対し、本件退職金規程8条ただし書を根拠に同原告らの退職金の支払を拒むことはできない。〔中略〕
 原告X9については本件就業規則72条に違反する行為があったわけであるが、退職金規程において懲戒解雇事由がある労働者には退職金を支給しないという条項が設けられている場合に、たとえ労働者に懲戒解雇事由が存在しても、それが当該労働者の長年の功労を無にするほどのものとはいえない場合には、その労働者を懲戒解雇に処したとしても、それは懲戒権の濫用として無効であり、また、その労働者を懲戒解雇に処さずに退職金規程の適用においてのみその労働者が懲戒解雇に処されたのと同視して取り扱うとしても、そのような取扱いは許されないというべきであり、したがって、そのような場合にはその労働者に退職金不支給条項をそのまま適用することはできないものと解される。
 そして、原告X9について言えば、〔中略〕原告X9の在職中の行為は、同人の長年の功労を無にするほどのものというべきであるから、原告X9には、本件退職金規程8条ただし書にいう「本人在職中の行為で懲戒解雇に相当するもの」があるということができ、したがって、被告は、原告X9に対し退職金の支払義務を負わない。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-競業避止義務〕
 一般に労働契約終了後の競業避止義務を定める特約は、競業行為による使用者の損害の発生防止を目的とするものであるが、それが自由な意思に基づいてされた合意である限り、そのような目的のために競業避止義務を定める特約をすること自体を不合理であるということはできない。しかし、労働契約終了後は、職業選択の自由の行使として競業行為であってもこれを行うことができるのが原則であるところ、労働者は、使用者が定める契約内容に従って付従的に契約を締結せざるを得ない立場に立たされるのが実情であり、使用者の中にはそのような立場上の差を利用し専ら自己の利のみを図って競業避止義務を定める特約を約定させる者がないとはいえないから、労働契約終了後の競業避止義務を定める特約が公序良俗に反して無効となる可能性を否定することはできないが、少なくとも競業避止義務を合意により創出するものである場合には、労働者は、もともとそのような義務がないにもかかわらず、専ら使用者の利益確保のために特約により退職後の競業行為避止義務を負担するのであるから、使用者が確保しようとする利益に照らし、競業行為の禁止の内容が必要最小限度にとどまっており、かつ、右競業行為禁止により労働者の受ける不利益に対する充分な代償措置を執っている場合には、公序良俗には反せず、その合意は有効であると解するのが相当である。〔中略〕
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-その他〕
 労働者の労働契約終了後の競業避止義務を定める就業規則の効力の検討においては、前記第三の三2(二)で説示した理があてはまるものというべきであるが、〔1〕被告は、本件就業規則45条7項を新設して、平成7年2月以前は定められていなかった被告の従業員の退職後の競業避止義務を平成7年2月に新たに定めたこと、〔2〕競業避止義務は、使用者と労働者との間の合意によって労働者に課すことができるものであること(前記第三の三2(二))からすれば、労働条件に付随し、これに準ずるものというべきであること、〔3〕競業避止義務が課せられれば、労働者は、退職後の職業選択の自由が制限されるから、使用者が就業規則において新たに労働者の退職後の競業避止義務を定めることは、労働者の重要な権利に関し実質的な不利益を及ぼすものというべきであること、以上の点に照らせば、本件就業規則45条7項の効力は、いわゆる労働者に不利益な労働条件に関する就業規則の変更の合理性の問題として検討すべきであるということになる。
 そして、労働者に不利益な労働条件を一方的に課する就業規則の作成又は変更の許否に関する判例法理(最高裁昭和43年12月25日大法廷判決・民集22巻13号3459頁〔中略〕)に照らせば、使用者が就業規則の作成又は変更によって労働者に労働契約終了後の競業避止義務を一方的に課すことは、労働者の重要な権利に関し実質的な不利益を及ぼすものとして原則として許されず、競業避止義務が退職後の労働者の職業選択の自由を侵害するものであることを勘案しても、なおこれを課さなければ使用者の保護されるべき正当な利益が侵害されることになるという点において退職後の労働者に競業避止義務を課すべき高度の必要性が存し、かつ、必要かつ相当な限度で競業避止義務を課するものであるときに限り、その合理性を肯定する余地があるものと解されるが、その合理性の判断に当たっては、労働者の受ける不利益に対する代償措置としてどのような措置が執られたか、代償措置が執られていないとしても、当該就業規則の作成又は変更に関連する賃金、退職金その他の労働条件の改善が存するかが、補完事由として考慮の対象となるものというべきである。〔中略〕
 本件全証拠に照らしても、被告が、本件就業規則45条7項の新設に当たって、競業避止義務を課すことによって被告の従業員の退職後の職業選択の自由を制限する結果となることに対する代償措置と評価し得る措置を執ったことは全くうかがわれないのであって、以上によれば、本件就業規則45条7項の新設に合理性があるということはできない。
 そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件就業規則45条7項は無効であるから、原告X8及び原告X10が、被告を退職した当時には、本件就業規則45条7項の存在を知っていながら、退職後に被告との競業業務に従事していたからといって、そのことから直ちに原告X8及び原告X10の退職金の請求が権利濫用として無効であるということはできない。