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ID番号 07697
事件名 退職年金受給権確認等請求事件
いわゆる事件名 幸福銀行年金打切事件
争点
事案概要  銀行Yの元従業員であったXら三四名が、昭和三七年に創設された公的年金を補完する趣旨の退職年金制度(退職金規程が設けられ、改訂規程が規定されていた)に基づきYから退職年金の支給を受けていた、もしくは受ける予定であったが、Yではバブル経済崩壊後の経営状態の悪化を理由に平成八年に既定超過部分を廃止し、同年以降は毎年赤字を計上したため、平成一一年に金融再生委員会から金融整理管財人による業務・財産の管理を命じる処分を受けるに至ったことから、退職年金の支給契約が解約されるとともに一時金として三ヶ月分相当分が支払われるのみで以後の退職年金の支給が打ち切られたので、当該打切り措置は違法であるとして、未払開始年月以後の退職年金の支払等を請求したケースで、退職年金契約締結は認められず、また退職年金請求権の発生根拠が労働契約にあるとした場合でも、退職年金退職金規程に規定されている改訂権は、退職者が支給要件を満たしたことによって取得した退職年金受給権を個別に解約する権利を留保したものではなく、またバブル経済崩壊といわれる経済変動が「事情の変更」に該当するとはいえず事情変更の法理も適用できない等とし、本件打切りは違法であり無効であるとして、請求が一部認容された事例。
参照法条 労働基準法11条
労働基準法3章
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 退職年金
裁判年月日 2000年12月20日
裁判所名 大阪地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 13309 
平成12年 (ワ) 1587 
平成12年 (ワ) 7176 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴(後和解))
出典 タイムズ1081号200頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-退職金-退職年金〕
 右認定のとおり、被告の退職年金は、それまでの退職金の一部を年金支給形式にしたというものではなく、退職者の老後の生活保障を主たる目的として、無拠出で新たに創設、導入されたものであり、そのことは社内誌を通じるなどして当時の社員にも周知されていたこと、満二〇年という長期勤続要件を満たして始めて支給されるものであること、その支給額は別紙支給額一覧表のとおり勤続年数と在職中の職位のみによって算定するものとされており、少なくとも直接には在職中の賃金を基準としていないこと(もっとも、被告では退職一時金も勤続年数と職位が主たる算定要素とされている。)、終身支給とされ、さらに、配偶者に対してまで規程額の半額が終身支給されることとなっていること、経済状勢、社会保障制度といった外部的事情の変動による改訂を予定していること(右改訂条項は、退職金規程全体にかかる付則の章に置かれてはいるが、退職年金制度の創設とあわせて退職金規程に持込まれたものであるとの経緯からして、主として同制度の改訂を念頭においているものと考えられる。)、退職後の行為をも支給打切事由としていること(退職金規程二七条三号)、被告の給与水準は同業他行の上位にあることや本件退職年金を除いたとしても被告の退職に伴う一時金等の給付は同業他行に比べて遜色のないものであることが認められ、これらに加え、制度創設以来すでに長期間が経過して定着してきており、労働者のこれに対する期待も大きいと考えられることなどの諸事情に鑑みると、被告の退職年金は賃金の後払的性格は希薄というほかなく、当初は生活保障のための恩恵的なものとして導入されたものではあるが、現在では功労報償的な性格が強いものになっているというべきである。
 とはいえ、本件退職年金が前記のとおり退職金規程に支給基準の明定された退職金の一部であることは否定できないし、満二〇年以上の勤続者でなければその支給を受けられないものであり、さらに受給資格者内でも勤続年数が長期になるほど支給額も増大するとされていることからすると、その間の労働に対する対償、すなわち労働基準法一一条にいう賃金としての性格が全く否定されるものではない。〔中略〕
 被告は年金支給通知書の裏面の記載をもって、個別の支給契約において改訂権を留保したと主張するのであるが、その交付に際し、原告ら各自と改訂権留保について契約交渉した形跡などは全く窺われず、前記認定のとおり、右通知書は、被告が一方的に交付するものであり、契約書として授受されているものとは認められないし、受給資格を満たした退職者からの退職年金支給の申出に対して、被告にはこれを拒否する自由はないと解されるにもかかわらず、裏面に改訂権留保の趣旨を記載した右通知書を交付することによって、被告に一方的に有利な改訂権を留保した退職年金支給契約が個別に成立するなどと解することは到底できない。〔中略〕
 前記のとおり、原告らの退職年金請求権は、すでに支給要件を満たしたことによって具体的かつ確定的に発生した金銭債権であり、その法的性格も功労報償的な性格が強いとはいえ、なお、労働基準法にいう賃金としての性格を否定されないものであって、被告の裁量によって支給の有無や支給額を左右することができるものではないのであるから、これに事情変更の原則を適用できる場合があるとしても、少なくとも通常の金銭債権に対すると同等の要件による保護が与えられなければならない。
 しかるに、被告は退職年金創設以来本件支給打切に至るまで三七年間にも及んでこれを存続、定着させてきており、この間、昭和四〇年代に入って企業年金も次第に整備されるようになり、現に被告もすでにその頃、厚生年金基金を採用しているのであって、社会保障制度の整備、充実は最近に至って始められたというものではないのみならず、老齢化社会を前にしてさらなる充実が求められている実情にあり、原告らもその支給を前提に退職後の生活設計をしてきていて支給継続に対する期待は大きいと考えられ、これらの諸事情に照らすと、社会保障制度の充実等を理由に本件退職年金を存続させる意義が消失しているとまではいえない。