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ID番号 07712
事件名 保険金請求権確認請求事件(4341号)、訴訟手続承継参加事件(32号)
いわゆる事件名 住友軽金属工業(団体定期保険第1)事件
争点
事案概要  非鉄金属部品の製造、販売を業とする株式会社Y1の従業員であって心筋梗塞により死亡した(業務外)Aの妻Xが、Aを被保険者としてY1と保険会社Y2(九社)との間で締結されていた団体定期保険契約の保険金受取人指定部分がY1となっていたところ、〔1〕主位的に他人の生命保険契約における被保険者の同意は(商法六七四条一項)は、被保険者になることの同意と、受取人指定についての同意に分けられ、後者についてはAは同意をしていたとはいえないか、仮に同意していたとしても当該受取人指定は公序良俗に反し無効であるとして、Y1に対し保険金請求権がXに帰属することの確認請求、Y2に対して保険金の支払請求を、〔2〕予備的に特別の合理的事情がない限り保険金相当額はAもしくはその遺族に弔慰金等として支払う旨の合意があったと推認できるか、Y1には信義則上、Aもしくは遺族に受領した保険金相当額を引渡す義務があるとして、Y1に対して保険金相当額の支払を請求したケースで、〔1〕についてはXの主張はいずれも理由がないとして請求が棄却されたが、〔2〕についてはYが受領できる保険金額のうち特別弔慰金等の上限額を超える部分については業務外の死亡の場合でもその相当部分をAの遺族に支払う旨の黙示の合意が成立したものと認められるとしたうえで、特別弔慰金等の上限額を超える部分から保険料総額を控除した額の2分の1が相当部分であるとして、請求が一部認容された事例。
参照法条 商法674条1項
労働基準法2章
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 団体生命保険
裁判年月日 2001年2月5日
裁判所名 名古屋地
裁判形式 判決
事件番号 平成8年 (ワ) 4341 
平成10年 (ワ) 32 
裁判結果 一部却下、一部認容、一部棄却(控訴)
出典 金融商事1114号29頁/労働判例808号62頁/第一法規A
審級関係
評釈論文 水野幹男・季刊労働者の権利239号65~70頁2001年4月/相原隆・私法判例リマークス〔24〕<2002〔上〕>101~104頁2002年2月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-団体生命保険〕
 商法674条1項がいわゆる他人の生命の保険契約につき被保険者の同意を要求した趣旨は、他人の死亡を保険事故とする保険契約が、賭博の目的に利用されたり、保険金を取得する目的で被保険者の生命を害しようとする犯罪誘発の危険ないし被保険者の人格権を侵害する危険があるなど公序良俗に反する目的に悪用されることを回避するために、予想される危険について最も利害関係のある被保険者の同意を要求し、これを保険契約の有効要件とすることで右の危険を政策的に防止したものと解される。右の趣旨に照らすと、被保険者が右の保険契約締結に対して同意をするに際しては、保険契約者及び保険金受取人を認識し、前記の各危険性の有無を判断することが最も重要な要素となるから、保険金受取人が誰であるかという事項はその中心的であって不可欠な要素であるということができる。そうすると、受取人指定の同意を切り離した被保険者になることのみの同意はその存在意義を失うこととなるのであって、法がこのような無意味な同意を予定していたものと解することはできない。同法677条2項、674条2項、同条3項後段の規定も、保険金受取人の指定、変更等をする場合に前記の各危険を防止するために改めて被保険者の同意を必要としたものであって、その際に保険金受取人指定についての同意と新たに被保険者となることの同意のふたつを共に求めているものではない以上、これらの規定の存在をもって同法674条1項の同意につき被保険者になることの同意と受取人指定についての同意とに区別する根拠とすることはできない。〔中略〕
 前記のとおり商法674条1項が被保険者の同意を要求した趣旨は、賭博の目的に利用されたり、犯罪誘発の危険ないし被保険者の人格権を侵害する危険があるなど保険契約が公序良俗に反する目的に悪用されることを回避するために、被保険者の同意を要求し、これを保険契約の有効要件とすることで右の危険を政策的に防止したものと解されるから、右の有効な同意が存する限り、本件各団体定期保険契約自体は公序良俗に反していないものと推定することができる。〔中略〕
 被告Y1会社は、本件各団体定期保険契約の締結の当初(昭和45年)及び亡Aらが団体定期保険の取り扱いを問題とし始めた平成5年に、同社労働組合に対して、本件各団体定期保険契約の趣旨及び目的について、「従業員死亡の際の会社としての具体的な出費・人的損失を担保する。具体的には次の通り。(1)遺族補償 弔慰金 供花料 死亡退職金 遺児福祉年金 特別弔慰金(労災付加補償)、(2)従業員死亡に伴う経済的損失の補填 従業員死亡に伴う逸失利益 代替人材の採用・育成経費等、(3)その他 当該死亡に関連する不慮の出費の補填」と説明し、労働組合としては右の説明をもとにして本件各団体定期保険契約の締結には公序良俗に反する問題は生じないものと判断して以後毎年一括同意をしていたことが認められ、また、被告Y1会社が、右の説明に反して本件各団体定期保険契約を被告Y1会社の他の利益のために締結・運用したと認めるに足りる証拠はない。そうすると、被告Y1会社と被告各保険会社Y2及び脱退被告保険会社Y3との間で締結された受取人を被告Y1会社とする本件各団体定期保険契約自体は右の同意により公序良俗に反しないものと推定され、これを覆すに足る証拠はないから、原告の主張は理由がない。〔中略〕
 被告Y1会社は、大規模災害等万一の事態に備えて、退職金協定、弔慰金協定による支払を確保するため団体定期保険に加入しているとか、労働災害の上乗せ補償金や企業自体の損失等も考慮に入れ、弔慰金制度に則った弔慰金の支払のほか、広義の福利厚生及び経済的損失の填補に使われていると主張するが、退職金等の支払原資は退職給与引当金と適格退職年金の積立てで十分にまかなわれていたこと、業務上等の死亡の場合には特別弔慰金等(供花料5万円、葬祭料10万円を含む。)を支給するが、その上限額は3015万円であるのに対して保険金額はその2倍以上の6680万円であること、しかも昭和51年以降保険金額は一貫して特別弔慰金を2倍前後上回っているのであるが、この間の約20年間の業務上死亡者は2名にすぎないことからすると、特別弔慰金等の上限額の3015万円を超える部分の付保目的については右主張のみでは合点がいかず、同被告の主張は付保目的の一部を説明したに過ぎないといわざるをえない(なお、企業自体の損失については特段の立証はなされていないところである。)。
 そして、亡Aは平成5年当初に本件各団体定期保険契約の存在を知った後は一貫して保険金を遺族に支払うべきことを主張していたが、それは団体定期保険は従業員の福利厚生制度として機能すべきであるとの認識に基づくものであり(大企業である被告Y1会社の従業員であれば、退職金等の支払財源に不安をもつことは想定しがたく、本件各団体定期保険契約が単に退職金等の支払を確実にする目的に止まるものと受け止めていたと認めるに足りる証拠もない。)、被告Y1会社の労働組合に対する説明から実現可能とみた上で、業務外死亡の場合でも本件各団体定期保険契約の保険金の少なくとも一部が亡Aの遺族に弔慰金として支払われることを期待して不承諾届を提出しなかったものと推認される。
 他方、被告Y1会社においては、前記のとおり、亡Aの前記意向を知っていたこと、そして、本件各団体定期保険契約の開始時及び平成5年の労働組合への説明時にも、従業員死亡の際の弔慰金及び特別弔慰金双方を含む遺族補償としての会社の支出に充てることを予定しているとの説明をしていたこと、そもそも団体定期保険が従業員の福利厚生制度として始められ、大蔵省による行政指導、生命保険業界による申し合わせ等も右の制度趣旨が保険制度の運用に適切に反映されるべくなされ、特に企業から従業員の遺族に直接支払われる弔慰金制度として位置づけていること、団体定期保険を販売してきた被告各生命保険会社の広告中にも、右の位置づけに沿う形で、明らかに従業員が死亡した場合の遺族の生活保障としての弔慰金制度を予定した保険である旨の説明がなされている部分があること、そのような運用のなされている団体定期保険契約を被告Y1会社と被告各生命保険会社との間で締結・更新するに際して、契約関係の文書上、契約目的については統一的な記載はなされていないものの弔慰金制度との関連で申込をする旨の記載を被告Y1会社がしている部分が少なからずみられることからすると、業務外死亡の場合でも、同被告が受領することのできる保険金額のうち特別弔慰金等の上限額である3015万円を超える部分を原資として、相当な弔慰金を亡Aの遺族に支給することになることを容認していたものと推認される。〔中略〕
 右に認定した黙示の合意により被告Y1会社が原告に支払うべき額は、〔中略〕本件各団体定期保険契約の保険金のうち特別弔慰金等の上限額である3015万円を超える部分は3665万円であり、そのうちの相当部分は、これから保険料総額の180万2695円を控除した額の2分の1を限度とし、かつ、これを下回ることも相当とは認められないから、1742万3652円となる。