全 情 報

ID番号 07713
事件名 遺族補償給付等不支給決定取消請求事件
いわゆる事件名 厚木労基署長(アジア航測)事件
争点
事案概要  測量調査会社に主任技師として採用され、海洋調査等の業務を担当していたA(当時四一歳・高血圧の遺伝的素因、禁煙・飲酒あり、業務が過重になった頃から疲労克服のために食事を多く摂取したため、半年で10キログラム増加し肥満が進行していた)が、海上保安庁から受託された沿岸地図の作成事業の事前準備作用のため一週間一人で出張後、さらに現地測量のため現場代理人として約一ヶ月半の予定で現場に出張した一週間後、滞在先の民宿において、致死的不整脈による心臓突然死により死亡したため、Aの妻Xが厚木労基署長Yに対し、右Aの死亡を業務上の事由によるものとして、労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給申請をしたが、不支給処分とされたため、右処分の取消しを請求したケースで、会社の急激な受注の増加の結果、Aは死亡前約三カ月半前から、残業、休日出勤が多くなり、特に本件事業の現場代理人を担当するようになってからは、協力会社との折衝等、精神的、肉体的ストレスが残る作業に従事したこと、事前調査のための出張を終えてから、特にその負担が大きくなり、出張の前日には相当の疲労を感じ、出張中も民宿では一人でリラックスできる時間がなく、睡眠時間以外は仕事そのものの時間とその延長そのものであったと評価することができること等の事実に照らすと、Aは死亡前日の就寝時には疲労困憊の状況にあり、本件業務における現場代理人の職務によるストレスが、致死的不整脈発症の原因となったことは容易に考えることができるとしたうえで、Aの冠動脈硬化の進行は、Aの急激な肥満がそれに寄与していると考えられるが、本件業務が直接Aにストレスを与えることにより、また間接的にAを肥満とさせることにより、冠動脈硬化症を発症せしめ、これが致死的不整脈発症となったのであるから、Aの死亡と本件業務との間に相当因果関係の存在を肯定するのが相当であるとして、請求が認容された事例。
参照法条 労働者災害補償保険法7条1項1号
労働者災害補償保険法12条の8第1項4号
労働基準法施行規則別表1の2第9号
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 脳・心疾患等
裁判年月日 2001年2月8日
裁判所名 横浜地
裁判形式 判決
事件番号 平成8年 (行ウ) 70 
裁判結果 認容(確定)
出典 労働判例811号42頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
 以上の検討によれば、〔1〕本件会社における急激な受注の増加の結果、Aは、3月以降、残業、休日出勤が多くなり、特に本件事業の現場代理人を担当するようになってからは、協力会社との折衝等、精神的、肉体的にストレスが残る作業に従事したこと、〔2〕事前調査のための出張を終えてからは、特にその負担が多くなり、ジョギング等で健康維持に努めていたAも、本件出張の前日には、相当の疲労感を感じていたこと、しかも、〔3〕本件出張においても、民宿では1人でリラックスできる時間が無く、眠っている時間以外は仕事そのものの時間とその延長であったものと評価することができ、特に、アカハゲ山での作業は、時間が15分と短いとはいえ、Aに対し、肉体的に著しい負担を与えたことが明らかであることが認められ、これらの事実に照らすと、Aは、その課せられた業務のため、6月16日の就寝時には、疲労困憊の状況にあったものというべきである。〔中略〕
 Aは、5月中旬からの加重の業務のため、精神的、肉体的に疲労していたところ、本件出張による疲労も重なって、死亡前日の6月16日の就寝時には疲労困憊の状況にあったのであり、就寝後数時間のうちに致死的不整脈を発症していることを参酌すると、本件業務における現場代理人の職務によるストレスが、致死的不整脈発症の原因となったことは容易に考えることができる。また、その他の要因について検討すると、Aには高血圧の遺伝的素因、喫煙・飲酒があるものの、(2)説示のとおり、Aの平成3年に入ってからの急激な肥満及びその肥満によるHDLコレステロールの低下及びLDLコレステロールの上昇が冠動脈硬化症の進行に寄与していると考えられる。そして、その肥満の原因となった過食は、A個人の「疲労は食により克服する」との見解が影響しているとしても、業務の加重との関連性が否定できないこと、Aの平成3年に入ってからの肥満は業務加重による運動不足も原因となっており、それまで減量のための運動をしていたことのリバウンドによる急激な体重増加とも考えられること、Aが本件業務を担当するに当たり、本件会社内にAの業務を精神的な面から支える者の存在に乏しく、ストレスを感じることが客観的に認められること、Aの体重は半年の間に約10キログラム増加するという異常なものであり、かつ、その増加は業務量の増加傾向と一致するものであることを斟酌すると、上記肥満と業務との間に因果関係があるものと認められる。そうすると、本件業務は、直接Aにストレスを与えることにより、及び間接的にAを肥満とさせることにより、冠動脈硬化症を発症せしめ、これが致死的不整脈発症となったのであるから、Aの死亡と本件業務との間に相当因果関係の存在を肯定するのが相当である。
 もっとも、このように業務加重と体重増加との間に因果関係を肯定することは、業務加重であっても食事の制限等を行って体重を制御する者が多く存在することに鑑みれば、正当ではないと考えられないわけではない。しかしながら、本件においては、上記のとおり、Aは、疲労の克服のために食事を摂ったものであり、ただ単にストレスの解消のため過食をしたものではないこと、業務加重による運動不足や食事の不摂生も肥満の原因となっていると考えられることから、上記の点は、過失相殺をすべきときに、その事由となるに止まり、因果関係を中断すべき事由とはならないと解すべきである。
 6 以上によれば、Aの死亡は、労働者災害補償保険法にいう業務上の死亡に当たるというべきであり、業務起因性が認められないとしてした被告の本件処分は取消しを免れない。