全 情 報

ID番号 07730
事件名 保険金引渡請求事件
いわゆる事件名 住友軽金属工業(団体定期保険第2)事件
争点
事案概要  非鉄金属部品の製造販売等を業とする株式会社Yが生命保険会社(九社)との間で従業員を被保険者とする団体定期保険を締結していたが、右契約締結にあたり被保険者の同意として個々の従業員の同意を得ず、従業員全員を組合員とする労働組合の合意しか得ていなかったが、Yの従業員Aら三名が在職中にそれぞれ疾病により死亡したことにより右保険契約に基づきYが保険金を受領し、Aらの妻Xら三名らに対する保険金全額に相当する金員の支払を拒否したため、XらがYに対し、YとAらとの労働関係において右保険契約による保険金の全部又は相当部分の支払の合意により、Aらの死亡によりYが支払を受けた生命保険金については遺族であるXらに支払われるべきものであると主張したほか、本件保険契約においてYを保険金受取人と指定する部分は公序良俗に反し無効である等と主張して、保険金相当額の支払を請求したケースで、本件団体定期保険の効力発生要件である被保険者の同意の要件も、当該事実関係のもとでは右組合労働組合の同意によって有効と認められるところ、本件団体定期保険契約についての合意は、被保険者の死亡保険金の全部又は一部を被保険者の遺族に対して福利厚生制度に基づく給付に充当することを内容とするものであり、既存の社内規定に基づく給付額が右保険金によって充当すべき金額と一致するか、又はこれを上回るときは、既存の社内規定に基づく給付額で足りるが、これを下回るときは、その差額分を保険金から支払うことを意味内容として含むものであり、被保険者の遺族において、右合意の利益を享受する意思を表示したときは、保険契約者に対し、右合意に基づいて給付を請求する権利を取得するものであるとして、本件団体定期保険契約の保険金から共益費用であるAらのために支払われた保険料総額を差し引いた残額のうち遺族補償として支払われるべき金額(三千万円)から、Xらに福利厚生制度による社内規定によってすでに支払われた給付分を控除した額分について請求が一部認容された事例。
参照法条 労働基準法2章
商法674条1項
労働基準法11条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 団体生命保険
賃金(民事) / 退職金 / 退職金請求権および支給規程の解釈・計算
裁判年月日 2001年3月6日
裁判所名 名古屋地
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (ワ) 2716 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 労働判例808号30頁
審級関係
評釈論文 表田充生・民商法雑誌128巻3号65~79頁2003年6月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-団体生命保険〕
 平成4年3月以降、団体定期保険契約の締結に当たっては、保険契約者において契約申込書等に契約の趣旨として福利厚生制度との関連を明示するとともに、保険会社との間で協定書等を取り交わすことにより、福利厚生制度に基づく給付に充てることを目的として団体定期保険契約を締結するもので、保険金の全部又は一部を社内規定に基づいて支払う金額に充当することを確約する取扱いになったところ、このような保険契約の趣旨(付保目的)についての合意は、被保険者の遺族に対し、死亡保険金の全部又は一部(この「一部」の意味内容は、前記のとおりである。)を福利厚生制度に基づく給付として充当することを内容とするものであり、社内規定との関係について言えば、既存の社内規定に基づく給付額が右保険金によって充当すべき金額と一致するか、又はこれを上回るときは、既存の社内規定に基づく給付額を給付すれば足りるが、逆に、これを下回るときは、その差額分を保険金から支払うことを意味内容として含むものと解するのが相当である。
 しかして、右のような保険会社と保険契約者との保険契約の趣旨(付保目的)についての合意は、第三者である被保険者のためにする契約に当たるものであり、被保険者又はその遺族においてその契約の利益を享受する意思を表示したときには、保険契約者に対し右合意に基づいて給付を請求する権利を取得するものと解するのが相当である。〔中略〕
 団体定期保険も、他人の生命についての保険であり、被保険者の同意があることが効力発生要件となるところ、団体定期保険(Aグループ保険)にあっては、保険契約者の雇主と被保険者の従業員との労働契約関係において、雇主が従業員の死亡保険金を福利厚生制度に基づいて従業員の遺族に対する給付に充てるために締結するものであり、それ自体、福利厚生措置の一つであり、被保険者が保険金の受取人になる場合に準ずる場合であるとも言えること、被保険者資格のある従業員全員が同一条件のもとで被保険者として加入するものであり、実質的に見て、労使協定によって福利厚生制度を設ける場合と異なるところがなく、団体定期保険の契約内容からしても、かつまた、労働条件についての均等待遇の原則からしても、従業員ごとに異なる扱いは原則として予定されていないこと、労働者の過半数による統制があれば、団体定期保険が公序良俗に違反する目的で利用されることを防止するに十分であり、かつ、被保険者の人格権の保護という意味でも保護に欠けるところはないこと(なお、仮に、個々の被保険者に不同意の自由を認めるとしても、不同意者については別途配慮すれば足りる。)などからすれば、商法674条1項ただし書、労働基準法90条1項の各規定の趣旨に照らし、労働者の過半数で組織する労働組合又は労働者の過半数を代表する者の同意によって、被保険者の同意として有効と認めるのが相当である。〔中略〕
 保険金の使途として、弔慰金制度、退職金制度、労災上乗せ補償金制度の一つ又は複数が選択されている場合も、原則的には、右の場合と同様であるが、例えば、労災上乗せ補償金制度のみが選択されている場合、業務上の災害によって死亡した場合であれば、労災上乗せ補償金が遺族に支給されることから問題はないものの、業務外の事由により死亡した場合には、労災上乗せ補償金の支給対象外となり、予め合意された付保目的は現実化しないものの、死亡保険金は支払われるのであり、このような場合の保険金についても、使途が特定されていない場合に該当することになるのであり、この場合においても、保険会社から支払われる死亡保険金より共益費用となる当該被保険者についての保険料の既払額を差し引いた残額のうちから、被保険者の遺族に対する給付に充当すべき金額を算出し、これから、企業の福利厚生制度による社内規定によって既に給付された金額を差し引いた残額をもって、遺族への給付額とすべきものである。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-団体生命保険〕
〔賃金-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
 本件各団体定期保険契約については、いずれも、保険会社と保険契約者である被告との間で、前記のとおり、契約の趣旨(付保目的)についての各合意が成立しているところ、これらの合意は、被保険者の死亡保険金の全部又は一部[保険金額が従業員の死亡の場合に福利厚生制度に基づいて支払われる給付額として社内的に相当な金額の範囲内のものであれば、原則としてその全部を、保険金額が右給付額として社会的に相当な金額を超えて多額に及ぶ場合には、保険金額の少なくとも2分の1に相当する金額(ただし、右給付額として社会的に相当な金額が右2分の1に相当する金額を上回る場合には、社会的に相当な金額が基準になるというべきである。)]を被保険者の遺族に対して福利厚生制度に基づく給付に充当することを内容とするものであり、既存の社内規定に基づく給付額が右保険金によって充当すべき金額と一致するか、又はこれを上回るときは、既存の社内規定に基づく給付額で足りるが、逆に、これを下回るときは、その差額分を保険金から支払うことを意味内容として含むものであり、被保険者の遺族において、右合意の利益を享受する意思を表示したときには、保険契約者に対し、右合意に基づいて給付を請求する権利を取得するものである。〔中略〕
 前記判示のとおり、本件各団体定期保険契約の保険金6120万円から共益費用であるBらのために支払われた保険料総額を差し引いた残額の2分の1に相当する金額、又は、遺族補償として社会的にも相当な金額のうち、より多額の方が、Bらの相続人である原告らに遺族補償として支払われるべき金額となるところ、2分の1に相当する金額は、Bにつき、2940万2205円、Cにつき、2963万9526円、Dにつき、2935万5300円となるが、他方、遺族補償として社会的にも相当な金額としては、本件に現われた一切の事情(配当金による還元があったことに加え、後述のとおり、既に原告らに支払われた給付の全額に保険金の充当が認められるものであり、かつ、その給付は、ほとんどが退職金であり、在職中の不慮の死亡に対する付加給付としては、葬祭料のほか、わずかに慶弔金5万円と原告Xにつき遺児福祉年金75万円が支給されているのみで弔慰金の支給は全くないことなどの事情を含む。)を総合考慮すれば、Bらにつき、それぞれ3000万円を下回るものではないと認めるのが相当であり、結局、原告らに遺族補償として支払われるべき金額は、それぞれ3000万円をもって相当と認める。