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ID番号 07735
事件名 賃金請求控訴事件、同附帯控訴事件
いわゆる事件名 都南自動車教習所事件
争点
事案概要  自動車教習所の経営等を主たる目的とする株式会社Yに雇用され全国自動車交通労働組合総連合会神奈川地方労働組合・神奈川県自動車教習所労働組合Y自動車教習所支部に所属する組合員であるXら三八名が、昭和五三年以来、毎年のベースアップに関してはYと労使交渉を行い、その結果を労働協約として締結することによって、ベ・ア分が支給されていたが、平成三年度から平成七年までの各ベ・ア交渉で合意したベ・ア加算額につき労働協約として労組法一四条所定の書面協定書を作成することについては、平成三年に就業規則改訂により支部の合意なくして導入された新賃金体系にも合意することになるという理由でこれを拒否していたため、Yからは、書面作成という法所定の要件を充足しておらず労働協約としての効力が発生していないことを理由にベ・ア分が支給されなかったことから、ベ・ア分についてはすでに労使合意が成立しており賃金請求権は発生しているとして、主位的請求としてベ・ア分の賃金支払を、予備的請求として同未払は不当労働行為に該当するとして不法行為による損害賠償の支払を請求したケースの上告審で、最高裁は、本件各合意が労組法一四条が定める労働協約の効力の発生要件を満たしていないこと(書面作成かつ両当事者の署名・記名押印)は明らかであり労働協約の規範的効力を具備しているということはできず、またベ・ア分以外の交渉事項(新賃金体系等)と切離してベ・ア分を支給する旨の合意が成立しているとは認められないとして、一審と同様にXらの主位的請求を認容した原審を破棄し、予備的請求(一審・原審とも判断されず)については、原審に差戻して審理を命じた事例。
参照法条 労働組合法16条
労働基準法92条
労働組合法14条
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 協約の成立と賃金請求権
裁判年月日 2001年3月13日
裁判所名 最高三小
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (受) 192 
裁判結果 一部破棄自判、一部破棄差戻(一部確定、一部差戻し)
出典 民集55巻2号395頁/時報1746号144頁/タイムズ1060号166頁/裁判所時報1288号13頁/労働判例805号23頁/労経速報1780号3頁
審級関係 控訴審/07639/東京高/平11.11.22/平成8年(ネ)3076号
評釈論文 ・労政時報3495号80~81頁2001年6月15日/奥田香子・平成13年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1224〕221~223頁2002年6月/高世三郎・ジュリスト1220号101~102頁2002年4月1日/高世三郎・法曹時報56巻3号242~263頁2004年3月/山川隆一・平成13年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊1096〕294~295頁2002年9月/諏訪康雄・民商法雑誌125巻3号113~126頁2001年12月/石橋洋・法律時報74巻6号129~133頁2002年5月/川田琢之
判決理由 〔賃金-賃金請求権の発生-協約の成立と賃金請求権〕
 労働協約は、利害が複雑に絡み合い対立する労使関係の中で、関連性を持つ様々な交渉事項につき団体交渉が展開され、最終的に妥結した事項につき締結されるものであり、それに包含される労働条件その他の労働者の待遇に関する基準は労使関係に一定期間安定をもたらす機能を果たすものである。労働組合法は、労働協約にこのような機能があることにかんがみ、16条において労働協約に定める上記の基準が労働契約の内容を規律する効力を有することを規定しているほか、17条において一般的拘束力を規定しているのであり、また、労働基準法92条は、就業規則が当該事業場について適用される労働協約に反してはならないこと等を規定しているのである。労働組合法14条が、労働協約は、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することによってその効力を生ずることとしているゆえんは、労働協約に上記のような法的効力を付与することとしている以上、その存在及び内容は明確なものでなければならないからである。換言すれば、労働協約は複雑な交渉過程を経て団体交渉が最終的に妥結した事項につき締結されるものであることから、口頭による合意又は必要な様式を備えない書面による合意のままでは後日合意の有無及びその内容につき紛争が生じやすいので、その履行をめぐる不必要な紛争を防止するために、団体交渉が最終的に妥結し労働協約として結実したものであることをその存在形式自体において明示する必要がある。そこで、同条は、書面に作成することを要することとするほか、その様式をも定め、これらを備えることによって労働協約が成立し、かつ、その効力が生ずることとしたのである。したがって、書面に作成され、かつ、両当事者がこれに署名し又は記名押印しない限り、仮に、労働組合と使用者との間に労働条件その他に関する合意が成立したとしても、これに労働協約としての規範的効力を付与することはできないと解すべきである。
 ところで、前記認定事実によれば、上告人と支部とは、平成3年度以降各年度のベースアップ交渉において、具体的な引上げ額については妥結して本件各合意をするに至ったが、いずれの合意についても、協定書を作成しなかったというのであるから、本件各合意が同条が定める労働協約の効力の発生要件を満たしていないことは明らかであり、上告人が協定書が作成されていないことを理由にベースアップ分の支給を拒むことが信義に反するとしても、労働協約が成立し規範的効力を具備しているということができないことは論をまたない。
 のみならず、前記認定事実によれば、本件各合意は、同条所定の様式を備えた書面に作成された上でベースアップの内容が実施されることを当然の前提としてされたものであるというほかはないから、上告人と支部との間に他に交渉事項がありこれが解決しないため同条所定の様式を備えた書面が作成されないという場合であっても、ベースアップだけは上告人が実施すべき義務を負う趣旨のものであると解することもできない。平成3年度以降各年度のベースアップ交渉の中身を見ると、上告人は、具体的な引上げ額のほか、支部の組合員にベースアップ分を支給するために作成すべき協定書に新賃金体系による初任給の額を基準額として前記のように記載することも交渉事項としたが、支部は、引上げ額については同意したものの、上記交渉事項に応じれば事実上新賃金体系を自ら承認する意味を持つがゆえに、これを拒絶したものであり、その結果、協定書が作成されなかったというのである。そうであるとすれば、協定書の記載の仕方に関する交渉事項であるとはいえ、支部がこの交渉事項を受け入れるか否かは労使双方にとって重要な意義があったのであり、この交渉事項が受け入れられず、協定書が作成されなかったのであるから、団体交渉による支部の組合員に対するベースアップの実施はとんざしたものというほかはない。だからといって、上記交渉事項と切り離して上告人が支部の組合員に対してベースアップ分を支給することが本件各合意の時点等にさかのぼって既に合意されていたものと解することは到底できない。