全 情 報

ID番号 07742
事件名 損害賠償等請求事件
いわゆる事件名 独協学園事件
争点
事案概要  学校法人Y1の設置する高校の数学教諭であったXが、高校の卒業判定会議の決定を正規の手続によらずに覆そうとするなどのルール違反行為をしたことを理由に、出校停止処分後、懲戒解雇されたところ、裁判上の和解により右懲戒解雇が撤回され復職したが、改めて戒告処分が下され、その後、校長Y2から教諭の適格性を回復させるための教育としての研究・調査課題を論文とする旨の業務命令がなされ、一年以上にわたって指導教育に関する業務に一切従事することができなくなったため、〔1〕Y2及び教頭Y3から違法な業務命令により損害を被ったとして、Yらに損害賠償を請求するとともに、〔2〕Y1に対しXに対する出校停止処分、戒告処分及び業務命令の撤回を請求したケースで、YらがXに対し、一年以上にわたって指導・教育に関連する業務を一切行わせないことが職場管理上やむを得ない措置ということには足りず、Y2のなした各業務命令は業務命令権の濫用として違法・無効であり(なお、数学と関連する演習問題の作成等の業務命令については労働契約上の義務の範囲であり違法ではないとされた)、これによってXは精神的苦痛を受けたものと認められ、右各命令は校長Y2が教頭Y3と相談のうえで行ったものであり、故意又は過失に基づく違法行為に該当するというべきであるとして、Y1~Y3にはXが被った損害を連帯して賠償すべき義務があるとして、慰謝料請求が一部認容されたが、その余の請求については棄却された事例。
参照法条 労働基準法2章
民法709条
民法715条
労働基準法89条1項9号
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 業務命令
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 自宅待機命令・出勤停止命令
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
懲戒・懲戒解雇 / 二重処分
裁判年月日 2001年3月26日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 28060 
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労経速報1783号3頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-業務命令〕
 一般に、使用者は、労働契約によって定められた範囲内において、労働者が供給すべき労務の内容及び供給の時間・場所等を裁量により決定し、業務命令によってこれを指示することができるが、その裁量も無制約なものではなく、これを濫用することは許されず、当該業務命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても当該業務命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときは、当該業務命令は権利の濫用として無効であり、そのような業務命令を発することは違法であるというべきである。〔中略〕
 同業務命令により、原告は、新旧憲法下での中高教諭の位置づけ、教育基本法下の私立中高の教諭会議の位置づけ及び学習指導要領の改訂時における小中高の数学及び理科の変遷を骨子とする三つの研究課題を与えられ、場所を限定せずに調査研究を行い、論文としてまとめることを指示されたが、被告高校における授業及び校務分掌の業務は一切与えられなかったことが認められる。
 そして、前記のとおり原告に対してどのような業務を担当させるか、また、どこで就労させるかは、使用者たる被告学園が裁量によって決定し、業務命令により指示し得る事項であり、原告が数学教諭として勤務内容を限定する労働契約を締結した事実は認められないものの、被告学園との間で教諭として労働契約を締結した原告に対し、長期間にわたり授業及び校務分掌の業務を一切与えず、前記のとおりの論文作成のみを行わせることは、教諭として被告学園に採用された原告が労働契約に基づいて提供すべき指導・教育という中心的な労務との関連性が不相当に少ないものと認められ、さらに、被告Y2が原告に対し二回にわたって同一課題の論文の再提出を求めたことは、論文の完成基準について客観的・明確な基準が置かれていなかったこと等に照らせば、再提出を命ずること自体が、懲罰的な意味合いを有するものと認めざるを得ない。〔中略〕
 原告は、本件会議で決定された原告の担任するクラスの生徒に対する原級留置の決定に不満を持ち、これを覆そうと試み、原告のみが正しいとする信念に基づいて他の生徒らへの働きかけや、東京都学事課への連絡等を個人的に行ったもので、被告学園の職場秩序を乱すものといわざるを得ず、さらに別件和解後も本件判定会議の決定は誤っているとの自己の主張に固執して、天下に事実を公表する等としていた事実が認められ、原告のとった行動にも反省すべき点がなかったわけではないが、これらの事実関係に加え、被告学園は別件和解の前後を通じ給与を全額支払っていること、被告Y2又は被告Y3が原告に対する私怨をはらすといったような不当な動機で各業務命令を行った事実を認めるに足りる証拠はないこと等の事実関係を考慮してもなお、被告らが、原告に対し一年以上にわたって指導・教育に関連する業務を一切行わせないことが職場管理上やむを得ない措置というには足りず、被告Y2のした各業務命令は、業務命令権の濫用として違法、無効であるというべきである。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-業務命令〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 被告Y2の各業務命令により、原告は、平成一一年四月一五日から平成一二年六月二九日まで、教諭としての中心的な職務である指導・教育に関連する業務を一切行うことができなかったことにより、精神的苦痛を受けたものと認められ、被告Y2の各業務命令は、被告学園の設置する被告高校校長である被告Y2が、教頭である被告Y3と相談の上で行ったもので、故意又は過失に基づく違法行為に該当するというべきであるから、被告学園、被告Y2及び被告Y3は、民法七〇九条、七一五条、七一九条、七一〇条により、原告が被った損害を連帯して賠償すべき義務があるところ、原告の精神的苦痛を慰謝すべき賠償額は、前記違法行為の態様、違法行為の期間、違法性の程度、被告の主観的要素その他被告学園は原告に対する給与等を全額支払ってきていること等本件に現れた諸般の事情を総合的に勘案して、六〇万円とするのが相当である。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-自宅待機命令・出勤停止命令〕
 本件出校停止処分について、被告高校の賞罰規程には、懲戒処分としての出校停止処分は規定されておらず、また、被告学園は、原告が生徒に働きかけをするなどしたことから、原告を出校させるのは不適当であると判断し、懲戒処分をするか否かにつき決定するまでの前置措置として出校停止を命じたが、その間も原告に対する賃金は支払っていたことが認められ、これらの事実関係に照らせば、本件出校停止処分自体が、原告に対する懲戒処分としてされたものとは認められないから、原告に対する別件懲戒解雇が撤回された時点で、その前提措置として行われた本件出校停止処分も効力を失ったと認めるのが相当である。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-二重処分〕
 本件戒告処分については、別件懲戒解雇と処分事由が同一であることは被告学園も自認しているところ、懲戒処分は、使用者が労働者のした企業秩序違反行為に対してする一種の制裁罰であると解されるから、一事不再理の法理は懲戒条項についても妥当し、過去にある懲戒処分の対象となった行為について重ねて懲戒することはできないというべきである(東京地裁平成一〇年二月六日決定・労働判例七三五号四七頁参照))