全 情 報

ID番号 07760
事件名 損害賠償請求控訴事件(27号)、附帯控訴事件(276号)
いわゆる事件名 マナック事件
争点
事案概要  医薬品等の製造・販売を業とする株式会社Yに雇用され、業務課主任として勤務する労働者Xが、取締役の退任について、勤務中に経営陣を批判する発言等を同僚の前で大声でしたため、直属上司から叱責されたほか、会長からも注意を受けたが謝罪を拒否していたところ、勤務成績を理由に監督職である職能資格四級から一般職である三級に降格されるとともに、当該事件の翌年以降四年にわたり年一回の基本給支給額の決定における昇級査定(五段階)が最低ランクに位置付けられ、また当該事件が評定期間内に含まれている冬期の賞与については、賞与不支給事項該当を理由に賞与査定されず代替措置として一ヶ月分の基本給相当額のみ支給されたのみで、それ以降の夏期・冬期賞与についても査定(一五段階)が低くなされたことから、当該降格処分の無効確認及び昇級差別による基本給の差額及び賞与減額分の支払を求めるとともに、当該降格処分の内容を提示されたことを理由に慰謝料請求したケースの控訴審(X控訴)で、職能資格の決定、昇級査定、賞与額の決定等につきYの裁量権が広く認められ、当該降格処分については違法性が否定されたが、賞与及び昇級査定については、当該事件が評定期間内に入っていない賞与、昇級査定についてのみ、算定期間等を定めた人事考課、賞与規定に違反して裁量権の逸脱であるとして、Xの控訴が一部認容されて原審の判断(賞与の減額のうち労基法九一条の違法性が認められる部分につき、請求を一部認容していた)が変更された事例。
参照法条 労働基準法2章
労働基準法11条
労働基準法3章
労働基準法91条
体系項目 労働契約(民事) / 人事権 / 降格
賃金(民事) / 賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
賃金(民事) / 賞与・ボーナス・一時金 / 賞与請求権
裁判年月日 2001年5月23日
裁判所名 広島高
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ネ) 27 
平成11年 (ネ) 276 
裁判結果 原判決変更(認容額変更、一部棄却)、附帯控訴棄却(上告)
出典 労働判例811号21頁/労経速報1792号3頁
審級関係 一審/07630/広島地福山支/平10.12. 9/平成9年(ワ)164号
評釈論文 山川隆一・ジュリスト1219号170~173頁2002年3月15日/土肥太郎・労働法律旬報1557号48~51頁2003年8月10日/藤内和公・民商法雑誌126巻1号143~154頁2002年4月/毛塚勝利・労働判例百選<第7版>〔別冊ジュリスト165〕72~73頁
判決理由 〔労働契約-人事権-降格〕
 1審被告は、従業員が各級に該当する能力を有するか否かを判断するにつき大幅な裁量権を有していると解するのが相当であり、殊に本件で問題となっている4級該当能力を評価するについては、1級から3級までが一般従業員としての能力を要件としているのに対し4級は監督職として下位従業員に対する指導力が要件とされていることからみて、単に従業員として与えられた業務を遂行する能力のみならず、組織において部下を指導する上で職場内の秩序維持等にも責任を持つ能力もまたその該当能力を有するか否かの判断において重要な要素となるものというべきである。
 〔2〕 この観点から本件をみるに、1審原告の平成3年以降の人事評定及び業績評定が前記(1)〔2〕イで認定したとおりであること(この認定を覆すに足りる証拠はない。)、このうち平成3年夏期から平成6年4月までの評定(ただし、平成6年夏期の業績評定を除く。)は郷分事務所事件及び会長室事件より前に実施されたものであるから1審原告の勤務成績を判断するうえであるいは評価の分かれる余地のある同各事件を含めない評価である点においてより客観的な評価であるというべきところ、同期間においても1審被告には監督職としての能力に疑問を示す評価がなされていること(部下を巻込んだ改善がなされないとか部下の能力を見抜くことができない。あるいは管理面での指導が必要。独りよがりの傾向が強い。責任の持ち方に少し問題がある等。)、郷分事務所事件及び会長室事件の経緯は前記(1)〔2〕エ、オで認定したとおりであり、郷分事務所事件については、その発言内容もさることながら、同発言を勤務時間中に同僚の前で大声でした態様の点で監督職にある従業員の能力評価において問題とされてもやむを得ない行為であり、会長室事件については、口論の途上でなされたものとはいえ多分に1審原告のA元取締役に対する主観的評価や思い入れに基づき1審被告の経営陣の人格的非難を行っている点においてやはり1審原告の監督職にある従業員の能力を判断するうえで負の評価を受けても当然の行為であるといわざるを得ないこと、これらによれば、1審被告が、1審原告につき4級に該当する職員として本件降格条項に該当するとして本件降格処分をしたことが違法であるとは認められない。〔中略〕
〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕
 昇給査定は、これまでの労働の対価を決定するものではなく、これからの労働に対する支払額を決定するものであること、給与を増額する方向での査定でありそれ自体において従業員に不利益を生じさせるものではないこと、本件賃金規程によれば、1審被告における昇給は、原則として年1回(4月)を例とし、人物・技能・勤務成績及び社内の均衡などを考慮し、昇給資格及び昇給額などの細目については、その都度定めると規定されていること、これらからすると、従業員の給与を昇給させるか否かあるいはどの程度昇給させるかは使用者たる1審被告の自由裁量に属する事柄というべきである。しかし、他方、本件賃金規程が、昇給のうちの職能給に関する部分(年齢給及び勤続給は別紙2別表1のとおり年齢及び勤続年数により定期的に昇給する旨が定められている。)を別紙3別表2職能給級号指数表により個々に定めるとし、本件人事考課規程により、この指数を決定するにつき、評定期間を前年4月1日から当年3月31日までの1年間とする人事評定の実施手順や評定の留意事項が詳細に定められていることからすると、1審被告の昇給査定にこれらの実施手順等に反する裁量権の逸脱があり、これにより1審原告の本件賃金規程及び人事考課規程により正当に査定されこれに従って昇給する1審原告の利益が侵害されたと認められる場合には、1審被告が行った昇給査定が不法行為となるものと解するのが相当である。〔中略〕
 イ 平成8年4月の昇給査定について
 この期の人事評定が、一次評定及び二次評定の評定による評定点52点ランクCであるにもかかわらず最終ランクがEと評定されたことは前記(2)〔2〕イで認定したとおりである。そして、1審被告は、この最終ランクがEと評定された理由について、1審原告が郷分事務所事件及び会長室事件について見られた経営陣に対する批判的な言動を変えず上司による注意指導にも応じなかった旨を主張する。
 しかし、1審原告がこの評定期間中においても経営陣に対する批判的言動を行いこれに対し1審被告が1審原告を注意指導したと認めるに足りる証拠はないから、上記1審被告の主張は理由がない。そして、このことと(証拠略)によれば、1審被告の3級該当者の人事評定において一次評定及び二次評定によりなされたランク付けと最終評定のそれとが相違している件は1審原告を除いて1件しかないことが認められることからすると、常務会の審議において一次評定及び二次評定の評定結果を評価替えした理由は、郷分事務所事件及び会長室事件やその直後の1審原告の対応を理由として行われたと推認するほかはなく、このことは、人事評定期間を前年4月1日から当年3月31日までと定めた人事考課規程に反するし、また、他に一次評定及び二次評定の評定に基づくランクCをランクEに評価替えすることを相当とすべき事実があったと認めるに足りる証拠もないから、この期における1審被告の昇給査定には裁量権を逸脱した違法があるというべきである。〔中略〕
〔賃金-賞与・ボーナス・一時金-賞与請求権〕
 賞与が功労報償的な意味を有し純然たる労務提供の対価たる賃金とは異なる法的性質を備えていることからすると、使用者が賞与規程において不支給事由を定め、使用者がこの不支給事由に該当するとの判断に基づき賞与を支給しないことは許されるというべきである。
 そして、この算定期間において、郷分事務所事件及び会長室事件が生起したこと、同各事件の内容及び直後の1審原告の対応は、前記第4の1(1)〔2〕エ及びオで認定したとおりであることからすると、1審被告がこれら1審原告の一連の態度をもって本件不支給条項に該当すると判断し、その代替措置として1か月分の基本給に相当する額を支給したことをもってこの期の賞与査定に裁量権の逸脱があったとまではいえない。〔中略〕
 1審原告は、賞与を不支給とすることが労基法91条に違反する旨主張する。しかし、労基法91条は、従業員が具体的賃金請求権を取得していることを前提に従業員の非違行為等に対する制裁としてこれを減給する場合に適用される規定であると解すべきところ、1審被告がこの期の賞与として1か月分の基本給に相当する額を支給したのは、この期に支払うべき賞与額を査定した結果であり、1審原告はこの査定によってはじめて具体的賞与請求権を取得したものというべきであるから、上記1審原告の主張も理由がない。