全 情 報

ID番号 07796
事件名 賃金請求事件
いわゆる事件名 日本ニューホランド事件
争点
事案概要  農業用トラクターの販売修理を目的とする株式会社Yの札幌営業所農機営業係長として勤務する従業員Xが、Yでは定年が五五歳であったが、六〇歳定年制を義務化する高年齢者雇用安定法の施行に伴い、Yとユニオンショップ制をとる従業員組合との間で開催される経営協議会(労働協約の改訂、労働協約に基づく協定のほか、給与、賞与などが協議事項となっている)において、段階的に定年年齢を延長し、五五歳に達した翌月から基本給は五五歳到達直前の基準内賃金の六〇%とし、五五歳以降は超過勤務手当・賞与・昇給を停止することが決定されるとともに就業規則において定年年齢が六〇歳に変更されたところ、五五歳以降において賃金が減額されることについては規定が設けられなかったにもかかわらず、右協議会の決定に基づき五五歳に達した月の翌月以降、賃金が減額支給されたことから、本件決定については従業員に周知されておらず、また仮に全従業員に周知されていたとしても、本件決定の内容は就業規則として周知されたものではなく就業規則の効力を有さないとして、差額賃金及び差額賞与の支払を請求したケースで、経営協議会の決定を記載する会社代表者及び組合執行委員長名義の各文書は、それが従業員に周知されていたとしても、本件決定が実質的な就業規則として扱われるべきであると解することはできず、またXは本件決定の内容について黙示の同意を与えたということもできないとして、請求が一部認容された事例。
参照法条 労働基準法11条
労働基準法3章
労働基準法89条本文
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
就業規則(民事) / 就業規則の法的性質・意義・就業規則の成立
裁判年月日 2001年8月23日
裁判所名 札幌地
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (ワ) 591 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 労働判例815号46頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔就業規則-就業規則の法的性質・意義・就業規則の成立〕
 1 本件決定を、実質的な就業規則としての効力を認め得るかについて検討する。
 (1) 被告においては、就業規則とこれに基づく諸規程を1冊の冊子にまとめ、これを従業員に配布して、その周知を図っている(甲1、15、乙2、6、7、証人A、弁論の全趣旨)ところ、昭和63年2月26日開催の経営協議会の決定を受けて被告が作成した同年3月1日付けの冊子に掲載された就業規則(乙7)には、上記決定のうち定年延長に関する決定(前記の前提となる事実(5)イ(ア)記載の決定)に沿った記載がされたが、55歳以降の賃金に関する本件決定に沿った記載は全くなく、平成8年3月1日付けの冊子に掲載された就業規則(現在も効力を有するもの。甲1、乙2)も、同様である。その結果、冊子に掲載された就業規則を見る限りにおいては、平成4年4月2日以降、定年は60歳となり、同定年に至るまで従業員は一律に、前記の前提となる事実(2)記載の賃金体系による賃金の支給を受けるものと解さざるを得ないようになった。
 被告は、本件決定の内容が被告代表者名義の文書及び本件組合執行委員長名義の文書により、全従業員に周知徹底されている以上、本件決定は、実質的な就業規則として扱われるべきである旨主張するので、この点について検討する。
 まず、被告代表者名義の文書とは、被告代表者が部門長、支店長及び営業所長という管理職に宛てた「経営協議会の決定事項について」と題された文書で、本件決定を含む昭和63年2月26日開催の経営協議会の決定内容が記載されるとともに、「決定内容については、充分な確認と周知徹底をお願いいたします」と記載されているものである(乙4)。しかしながら、この文書は、その表題及び内容に照らし、上記経営協議会の決定内容を上記管理職に知らせるとともに、上記管理職を通じてこれを従業員に周知させることを目的とするものであることは明らかであるばかりか、被告においては、前記のように、就業規則とこれに基づく諸規程を1冊の冊子にまとめ、これを従業員に配布することにより、その周知が図られていたというのであるから、仮にこの文書により上記経営協議会の決定内容が上記管理職及び従業員に周知されたとしても、上記管理職及び従業員において、その決定内容が実質的に就業規則として扱われると理解するものと期待することは到底できず、そもそも、作成者の被告代表者においても、そのような意図を有していなかったと認めるのが相当である。したがって、この文書により本件決定の内容が従業員に周知されたとしても、そのことから直ちに、本件決定が実質的な就業規則として扱われるべきであると解することはできない。〔中略〕
 労働基準法106条1項は、就業規則について、「常時各作業場の見やすい場所に掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の命令で定める方法によって」労働者に周知させることを求めているところ、少なくとも同条項の定める上記方法と同視し得るような周知方法が採られない限り、就業規則としての効力は認められないものと解するのが相当である。しかるに、被告代表者名義の文書及び本件組合執行委員長名義の文書はいずれも、昭和63年3月3日の日付であって(乙4、5)、これらの文書がその日付のころにその名宛人に対して配布されたものと推認することはできるにしても、それ以外の時期において、これらの文書が配布されたり、また、その他の方法によって本件決定の内容が従業員に周知されたと認めるに足りる証拠はない。そうすると、昭和63年3月ころに在籍していた従業員はともかく、その後に入社した従業員については、本件決定の内容を知る由がなく、55歳以降の労働条件に関し、冊子として配布された就業規則によって判断することになってしまう。したがって、昭和63年3月ころに、被告代表者名義の文書及び本件組合執行委員長名義の文書によって、本件決定の内容が当時の従業員の知るところとなったとしても、それだけでは、労働基準法106条1項の定める方法と同視し得るような周知方法が採られたということはできないから、この点においても、本件決定に、就業規則と同様の効力を認めることはできないといわねばならない。〔中略〕
〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕
 原告が本件決定の内容について黙示の同意を与えたと解することは相当ではない。本件決定の内容を知らせる被告代表者名義の上記文書に、異議のある者は名乗り出るよう促すような記載があれば格別、上記文書にはそのような記載は何もないのであるから(乙4)、上記文書により本件決定の内容を知ったからといって、直ちに被告に対して異議を述べなかったからといって、本件決定の内容について黙示の同意を与えたということはできず、本件決定が55歳以降の労働条件を定めるものである以上、これに対する異議は、55歳になって本件決定の適用を受けるまでに述べればよいと解するのが相当である。しかるところ、原告は、前記の前提となる事実(7)イのとおり、55歳になる前である平成11年3月2日、A総務担当部長に対し、本件決定に基づく賃金の減額は納得できない旨述べ、これに異議を述べたのであるから、原告は、本件決定の内容について黙示の同意を与えたということはできない。
 3 以上のとおりであるから、その余の点を判断するまでもなく、被告は、経営協議会の本件決定に基づき、55歳に達した月の翌月からの原告の賃金を減額することができないというべきである。〔中略〕
 本件決定に基づき、55歳に達した月の翌月からの原告の賃金を減額することができないことは、前記3のとおりであるし、また、この他に、被告において、原告の上記給与の減額を正当化できる事情は見出せない。したがって、原告には、平成11年6月以降も毎月、少なくともその前月分の支給額である49(ママ)万9040円の給与の支給を求める権利がある。