全 情 報

ID番号 07855
事件名 退職金請求控訴事件
いわゆる事件名 医療法人クリニック豊橋事件
争点
事案概要  診療所を経営する医療法人Xに対して、その元理事長・院長(Y2)と元理事・事務長(Y1)が、医療法人Xを自主退職したことに伴い、職員退職金規定に従って退職金を請求したところ、XがY1,Y2には退職金請求権は存在せず、そうでないとしても、Y1,Y2は、辞職中に理事会の決定に違反する診療所経営や退職後の競業の準備など解雇事由に相当する非違行為があったから、退職金の請求は権利濫用として認められないとして争ったケースで、原審がY1,Y2両名について職員退職金規定を準用して算定した額の退職金請求権が存在するとして請求を全部認容したため、Xが控訴していたが、Y1,Y2には懲戒解雇に当たるような非違行為があったとは言えない等としてXの控訴が棄却された事例。
参照法条 労働基準法9条
労働基準法11条
労働基準法2章
民法623条
体系項目 賃金(民事) / 退職金 / 退職金請求権および支給規程の解釈・計算
賃金(民事) / 退職金 / 懲戒等の際の支給制限
裁判年月日 2001年3月15日
裁判所名 名古屋高
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ネ) 847 
裁判結果 控訴棄却(上告、上告受理)
出典 タイムズ1095号126頁
審級関係 一審/名古屋地豊橋支/平11. 8.31/平成9年(ワ)46号
評釈論文 藤井聖悟・平成14年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊1125〕280~281頁
判決理由 〔賃金-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
 本件退職金規定は、「控訴人の院所に働く職員の退職金の支給」に関して懲戒解雇の場合を除き一定の計算方法による退職金を支給する旨を定めるものであり、少なくとも職員が労働者として受けるべき退職金に関しては、労使間に個別の合意がなくても、当然に適用されるものと認めることができる。
 そして、上記認定(原判示)及び証拠(甲6ないし22、31、32、36、53、乙63、当審証人A、原審被控訴人Y1本人)によれば、被控訴人Y1は、医療法人となる前の診療所Xの開院当時からその事務長として、平成元年七月控訴人設立当初は理事兼事務長として、平成二年ころからは専務理事として、控訴人の診療所の事務の遂行に関する包括的権限を有していたものの、定款によるも控訴人を代表する権限(ないし対外的業務執行権限)は付与されておらず、理事長である被控訴人Y2の指揮命令に従って上記包括的権限に関する労務を提供すべき立場にあったものである上、その給与をみると、年度毎に決められる基本給(平成七年度において月額九二万五〇〇〇円)に役職給(平成七年度において月額三三万一二〇〇円)及び諸手当を加算した定額の給与を受け、同給与は、業績により著しく減額され、あるいは著しく増額されたことはなく、制度改正前においては同給与から失業保険料も控除されていた(甲6、なお、同被控訴人の受ける給与の性質は控訴人設立前後を通じて変動しなかったとみられる。)といった事情も併せ考慮すれば、被控訴人Y1は、役員であると同時に労働者としての地位をも併有し、労働者として受ける賃金を前提に本件退職金規定の適用を受けるものと認めることができる。そして、上記基本給部分は労働者としての賃金に相当するものと推定できるから、これを前提として診療所に勤務した期間全体について算定された上記退職金額(原判示請求原因3(一)(2))に関しては、被控訴人Y1の請求権を認めることができる。
 (3) これに対し、被控訴人Y2については、医療法人の理事長として執行機関の最上位の地位にあり、被控訴人Y2の職務の遂行に対し直接指揮命令をする者は組織上存在せず、被控訴人Y2が理事会や社員総会等、法人の意思決定機関の決定に従うべきことをもって労働者としての使用従属関係に服するなどということはできないから、結局、その労働者性を肯定することはできず、被控訴人Y2が従業員としての地位を併有することを前提に当然に本件退職金規定の適用があるとする被控訴人Y2の主張は採用できない。〔中略〕
 上記イの認定によれば、本件退職金規定は、「職員」という文言を用いているにもかかわらず、理事等の役員に適用されることも予定されていたものとみられること、その他退職時における控訴人理事会の上記エの決定内容等、本件に現われた諸事情に照らせば、被控訴人Y2は、上記基本給部分を前提に本件退職金規定に基づき算定された退職金について、具体的な退職金請求権を有するに至ったものと認めることができる。被控訴人Y2が、その業務活動につき広範な裁量権を有し、その業務遂行に当たり、他の者に支配され、これに従属する関係にはなかったとしても、委任契約における権利義務に関する上記認定が左右されるものとは認められない。
 したがって、被控訴人Y2に関しても、上記基本給部分を前提として診療所開院当時から退職時までの勤務期間全体について算定された上記退職金額(原判示請求原因3(一)(1))に関しては、上記委任契約に基づき、信義則上、その請求権を認めることができる。〔中略〕
〔賃金-退職金-懲戒等の際の支給制限〕
 本件における被控訴人らの具体的な退職金請求は本件退職金規定に依拠するものであり、懲戒解雇がなされた場合は退職金を支給しないとする同規定四条の趣旨に照らせば、自主退職した被控訴人らは退職後在職中に懲戒解雇に相当する事由あったことが判明しても、原則として、退職金支給を受けることができると解される。しかしながら同解雇事由の内容如何によっては退職金支給を請求することが権利濫用として許されない場合があると解するのが相当である。