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ID番号 07909
事件名 労災就学援護費不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 労災就学援護費支払請求事件
争点
事案概要  業務上の事由により死亡したフィリピン共和国の国籍を有する労働者Bの妻であり、労働者災害補償保険法(平成一二年法律一二四号改正前)に基づく遺族補償年金の受給権者であるXが、Bの母国フィリピン共和国のA大学に入学した子の学資を支弁するために、中央労働基準監督署長に対し、労働者災害補償保険法二三条一項二号に定める労災福祉事業としての就学援護費の支給を申請したが、同署長が同大学は学校教育法一条に定める学校ではないとして不支給決定通知をしたことから、同署長に対し、一次的には就学援護費として、二次的には国家賠償法一条一項に基づく損害賠償として、約三八万円の支払を請求し、これと選択的にXの支給契約の申込みに対する承諾を請求したケースで、就学援護費は、労働者の福祉の増進という目的を達成するために行う労働福祉事業の一つであって、その支給対象をどのような範囲とするかの選択決定は、所轄行政機関の広い裁量に委ねられており、著しく合理性を欠き裁量権を付与した目的を逸脱し又はこれを濫用したと認められる場合でない限り、裁量権の範囲内にあるものとして違法とならないというべきところ、就学援護費の支給対象を、学校教育法一条に定める種類の学校であって、国、地方公共団体及び学校法人が設定する学校とするという本件通達及び本件要綱の選択は、合理性があり、憲法一四条一項その他Xの主張する国際規約又は条約の各規定に違反するものとはいえず、フィリピン共和国の大学であるA大学が、本件通達及び本件要綱に定める就学援護費の支給対象たる学校に該当しないことは明らかであり、Xのした就学援護支給申請は、実体要件を具備しないものであるから、この要件を具備することを前提とするXの本訴請求はいずれも理由がないとして、請求が棄却された事例。
参照法条 労働者災害補償保険法29条1項
体系項目 労災補償・労災保険 / 補償内容・保険給付 / リハビリ、特別支給金等
裁判年月日 2002年2月14日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (行ウ) 25 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例824号25頁
審級関係
評釈論文 水島郁子・民商法雑誌128巻6号81~91頁2003年9月
判決理由 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-リハビリ、特別支給金等〕
 就学援護費の支給は、労働者の福祉の増進という目的(労災法1条)に基づく労働福祉事業の一環をなすものであり、究極的には憲法25条の定める福祉国家の理念に基づくものであるところ、憲法25条は、国に対し、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう国政を運営すべきことを義務づけ、社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の国民の具体的、現実的な生活権の実現を国の責務としたに止まり、同条の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量に委ねられていると解すべきである(最高裁判所大法廷昭和57年7月7日判決・民集36巻7号1235頁参照)。そして、就学援護費の法的性格及びその支給の要件及び内容が通達によって定められていることに照らすと、裁量の範囲に関する上記の理は、行政機関が通達により行う就学援護費の支給対象に関する選択決定についても同様であるといえ、したがって、就学援護費の支給対象に関する所管行政機関の選択決定は、著しく合理性を欠き裁量権を付与した目的を逸脱し又はこれを濫用したと認められる場合でない限り、裁量権の範囲内にあるものとして違法とならないというべきである。〔中略〕
 ア 憲法14条1項は、合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって、各人に存する経済的、社会的その他種々の関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは、その区別が合理性を有する限り、同規定に違反するものではない(最高裁判所大法廷昭和39年5月27日判決・民集18巻4号676頁参照)。
 イ これを本件についてみると、就学援護費は、労働者の福祉の増進という目的に基づき、労働福祉事業として、被災労働者又はその遺族に対し、その就学の援護を図るために支給されるものであり、憲法26条及び教育基本法3条の教育の機会均等の実現に資するものといえる。他方、学校教育法は、憲法26条及び教育基本法6条に示される公教育の理念に基づき、学校の設置者及び設置基準、学校体系等について定めることにより、同法その他法令で規定された一定の水準を充足した学校にのみ、公教育を担う資格を与え、教育水準の維持、向上を図ることによって、そこに学ぶ生徒の教育を受ける権利を実質的に保障しようとするものといえる。そうすると、就学援護費の支給対象を、学校教育法1条に定められた学校とすることは、教育を受ける権利の実現という憲法及び教育基本法の教育理念に基づき、公教育の実施機関たる法的地位を付与された学校を対象として、その就学を援護するということであり、このこと自体は合理性があるというべきである。
 したがって、就学援護費の支給対象を学校教育法1条に定められた学校等とする取扱い(本件取扱い)が、著しく合理性を欠き裁量権を付与した目的を逸脱し又はこれを濫用したものであるとは認められない。〔中略〕
 以上要するに、就学援護費は、労働者の福祉の増進という目的を達成するために行う労働福祉事業の1つであって、その支給対象をどのような範囲とするかの選択決定は、所轄行政機関の広い裁量に委ねられており、著しく合理性を欠き裁量権を付与した目的を逸脱し又はこれを濫用したと認められる場合でない限り、裁量権の範囲内にあるものとして違法とならないというべきところ、就学援護費の支給対象を、学校教育法1条に定める種類の学校であって国、地方公共団体及び学校法人が設置する学校とするという本件通達及び本件要綱の選択は、合理性があり、憲法14条1項その他原告の主張する国際規約又は条約の各規定に違反するものとはいえない。
 そうすると、フィリピン共和国の大学であるA大学が、本件通達及び本件要綱に定める就学援護費の支給対象たる学校に該当しないことは明らかであり、原告のした就学援護費支給申請は、実体的要件を具備しないものであるから、この要件を具備することを前提とする原告の本訴請求は、いずれも理由がないこととなる。