全 情 報

ID番号 07916
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 日経クイック情報(電子メール)事件
争点
事案概要  経済情報等をコンピューター処理して販売すること等を業とするY1社で営業関係の業務を担当し社内システム委員会の委員を担当していたXが、ある社員に対して誹謗中傷メールが送信されてきた事件等について、その送信者がXである可能性が高いと判断されてYがその調査等を行った過程(第一回事情聴取)で、Xの私用メールが過度であることが判明し、そのことについての第二回事情聴取が行われた結果、Xの私用メールが就業規則所定の懲戒処分事由に該当するとして譴責処分を受けたことから(第二回事情聴取後Xは退職届を提出している)、〔1〕第一回及び第二回事情聴取がXの名誉毀損に当たる、〔2〕X使用のパソコン等の調査及びその際入手したXの個人データをその後も返却しないこと、その印刷物を自ら閲覧し、また多数の者に閲覧させたことはXのプライバシー等の侵害に当たるなどと主張して、事情聴取等にあたった社員Y2らに対しては民法七〇九条・七一九条に基づき、Y1社に対しては同法七一五条一項・七一九条に基づき慰謝料等の支払を、Y1社に対し所有権等に基づき前記データの交付と削除、その印刷物の交付を請求したケースで、〔1〕についてはいずれの事情聴取も社会的に許容しうる限界を超えてXの精神的自由を侵害した違法行為であるとはいえないとし、〔2〕についても、ファイルの内容を含めて調査の必要が存在するとしたうえで、その調査が社会的に許容しうる限界を超えてXの精神的自由を侵害した違法な行為であるとはいえないとされ、さらにその他のXの主張も否定されて、Xの請求がすべて棄却された事例。
参照法条 労働基準法2章
民法709条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 思想・信条の調査、調査協力義務
裁判年月日 2002年2月26日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (ワ) 11282 
裁判結果 棄却(控訴)
出典 労働判例825号50頁/労経速報1805号18頁
審級関係
評釈論文 ・労政時報3537号76~77頁2002年5月3日/〓敏・法政研究〔九州大学〕69巻4号185~194頁2003年3月/高橋輝美・財経詳報2307号41頁2002年8月25日/砂押以久子・労働判例827号29~39頁2002年8月1日/藤内和公・法律時報75巻5号100~103頁2003年5月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-思想・信条の調査、調査協力義務〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 使用者の行う企業秩序違反事件の調査に対する労働者の協力義務については次のように解される。すなわち、企業秩序は、企業の存立と事業の円滑な運営の維持のために必要不可欠なものであるから、企業は企業秩序を定立し維持する権限を有する。他方、労働者は労働契約の締結によって当然に企業秩序の遵守義務を負う。したがって、企業は、具体的な規則を定めるまでもなく当然のこととして、企業秩序を維持確保するため、具体的に労働者に指示、命令することができ、また、企業秩序に違反する行為があった場合には、その違反行為の内容、態様、程度等を明らかにして、乱された企業秩序の回復に必要な業務上の指示、命令を発し、又は違反者に対し制裁として懲戒処分を行うため、事実関係の調査をすることができる。
 しかしながら、上記調査や命令も、それが企業の円滑な運営上必要かつ合理的なものであること、その方法態様が労働者の人格や自由に対する行きすぎた支配や拘束ではないことを要し、調査等の必要性を欠いたり、調査の態様等が社会的に許容しうる限界を超えていると認められる場合には労働者の精神的自由を侵害した違法な行為として不法行為を構成することがある。〔中略〕
 誹謗中傷メールの送信者が、A及びBにごく近い立場の被告会社の社員であることは明らかであり、その内容がAの言動を事細かに指摘し、非難し、皆から嫌われているとするなど、その送信は違法性を有すると考えられ、Aの申出で(ママ)に応じて発信者を特定して防止措置を講じることはもちろん必要であり、のみならず、それは企業秩序を乱す行為であり、就業規則(3条のほか、29条の1、2、10項、55条の1、5、8、12項)に照らして懲戒処分の対象となる可能性があるから、その観点からいっても速やかに調査の必要がある。そして、メールの送受信記録、原告とBの関係、原告がAのパソコンを預かったことからすると、原告が誹謗中傷メールの送信者であると疑う合理的理由があったから、原告に対し事情聴取その他の調査を行う業務上の必要があったということができる。〔中略〕
 被告会社としては、まず、誹謗中傷メール事件について、原告にはその送信者であると合理的に疑われる事情が存したことから、原告から事情聴取したが、その結果、原告が送信者であることを否定する一方、その疑いをぬぐい去ることができなかったのであるから、さらに調査をする必要があり、事件が社内でメールを使用して行われたことからすると、その犯人の特定につながる情報が原告のメールファイルに書かれている可能性があり、その内容を点検する必要があった。
 また、私用メール事件についても、私用メールは、送信者が文書を考え作成し送信することにより、送信者がその間職務専念義務に違反し、かつ、私用で会社の施設を使用するという企業秩序違反行為を行うことになることはもちろん、受信者に私用メールを読ませることにより受信者の就労を阻害することにもなる。また、本件ではこれに止まらず、証拠(〈証拠略〉)によると、受信者に返事を求める内容のもの、これに応じて現に返信として私用メールが送信されたものが相当数存在する。これは、自分が職務専念義務等に違反するだけではなく、受信者に返事の文書を考え作成し送信させることにより、送信者にその間職務専念義務に違反し、私用で会社の施設を使用させるという企業秩序違反行為を行わせるものである。〔中略〕
 本件は、社内における誹謗中傷メールの送信及び過度の私用メールという企業秩序違反事件の調査を目的とするもので、かつ、原告は誹謗中傷メールの送信者であると合理的に疑われる事情が存するにもかかわらず、第1回事情聴取では、原告からの技術的な反論のため十分な聴取ができなかったのであるから、再度事実関係を確認する必要があり、私用メールについても、処分の前提として、原告から事情聴取をする必要性と合理性は強く認められる。また、その態様を見ると、質問の声が大きく、また、同じ質問が繰り返してなされたとしても、他方、事情聴取の時間は1時間程度であるところ、質問内容からして不当に長いとはいえないこと、原告の監督責任を追及されるべき立場の被告Y2が同席していること、冒頭に事情聴取の趣旨を説明した上で開始していること、質問内容等も特に不適切なものではなく、強制にわたるものとまでは認められないことからすると、第2回事情聴取が社会的に許容しうる限界を超えて原告の精神的自由を侵害した違法な行為であるとはいえない。