全 情 報

ID番号 07920
事件名 割増賃金請求事件
いわゆる事件名 大星ビル管理事件
争点
事案概要  ビル管理会社Yの従業員でYが管理を受託した各ビルに配属されて、ビル設備の運転操作、監視、ビル内巡回監視等の業務に従事していたXら一〇名が、毎月数回、午前九時(一〇時)から翌朝九時までの二四時間(二三時間)勤務に従事し、その間、休憩が合計二時間、仮眠時間が連続八(七)時間与えられていたが、本件仮眠時間中、ビルの仮眠室に待機し、警報が鳴るなどすれば直ちに所定の作業を行うこととされ、そのような事態が生じない限りは睡眠をとってよいことになっていたところ、Yは二四時間勤務に対しては泊まり勤務手当(一回につき二三〇〇円)支給し、さらに現実にXらが突発的作業等に従事した場合のみ、その時間に対して時間外手当及び深夜手当を支給するのみで、本件仮眠時間を労働時間として扱わなかったため、Yに対し、本件仮眠時間は現実に作業を行ったかどうかにかかわらず、すべて労働時間であり、労働契約に基づき仮眠時間に対し時間外勤務手当を、深夜の時間帯に対し深夜就業手当を支払うべきであると主張して、既に支払われた泊まり勤務手当等との差額支払を請求したケースの上告審(XYともに上告)。; 原審は、〔1〕本件仮眠時間は労働時間に当たるとしたうえで、労働契約上これに対して時間外勤務手当等を支給する合意はなかったとして、Xの請求を全面的に認容した一審判決を変更し、〔2〕仮眠時間のうち変形労働時間制のもとで法定労働時間を超える部分及び労働基準法上の深夜労働に当たる部分についてのみ労働基準法三七条に基づく割増賃金の支払を命じたが、最高裁は、〔1〕の点については、原審と結論とほぼ同様に、本件仮眠時間は労働基準法上の労働時間に当たるが、労働契約上はこれに対して時間外勤務手当を支給する合意はないとしたうえで、〔2〕労働基準法上の時間外労働に当たる時間には割増賃金を支払うべきであるところ、Yが採用する本件変形労働時間制が労基法三二条の二の要件を充足しているかについて原審は判断しておらず、また変形労働時間制が適用されることを前提としてもその時間外労働の算出方法は是認することができないとし、この部分についての原審の判断部分は法令の解釈適用を誤った違法があるとして破棄し、原審に差戻しを命じた事例。
参照法条 労働基準法32条
労働基準法37条
労働基準法32条の2
労働基準法3章
労働基準法11条
体系項目 労働時間(民事) / 労働時間の概念 / 仮眠時間
賃金(民事) / 賃金請求権の発生 / 賃金請求権の発生時期・根拠
賃金(民事) / 割増賃金 / 支払い義務
労働時間(民事) / 変形労働時間 / 一カ月以内の変形労働時間
賃金(民事) / 割増賃金 / 割増賃金の算定基礎・各種手当
裁判年月日 2002年2月28日
裁判所名 最高一小
裁判形式 判決
事件番号 平成9年 (オ) 608 
平成9年 (オ) 609 
裁判結果 破棄差戻(差戻)
出典 民集56巻2号361頁/時報1783号150頁/タイムズ1089号72頁/裁判所時報1310号6頁/労働判例822号5頁/労経速報1792号28頁
審級関係 控訴審/06882/東京高/平 8.12. 5/平成5年(ネ)2484号
評釈論文 三井正信・日本労働法学会誌100号181~188頁2002年10月/小畑史子・労働基準54巻11号28~33頁2002年11月/森井利和・労働法学研究会報53巻14号1~31頁2002年5月20日/水野圭子・法律時報75巻1号129~132頁2003年1月/盛誠吾・労働法律旬報1529号22~27頁2002年6月10日/石橋洋・労働判例828号5~13頁2002年9月1日/大澤英雄・経営法曹138号31~45頁2003年10月/竹田光広・ジュリスト1242号110~111頁2003年4月1日/中窪裕也・労
判決理由 〔労働時間-労働時間の概念-仮眠時間〕
 労基法32条の労働時間(以下「労基法上の労働時間」という。)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、実作業に従事していない仮眠時間(以下「不活動仮眠時間」という。)が労基法上の労働時間に該当するか否かは、労働者が不活動仮眠時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものというべきである〔中略〕。そして、不活動仮眠時間において、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる。したがって、不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労基法上の労働時間に当たるというべきである。そして、当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である。
 そこで、本件仮眠時間についてみるに、〔中略〕上告人らは、本件仮眠時間中、労働契約に基づく義務として、仮眠室における待機と警報や電話等に対して直ちに相当の対応をすることを義務付けられているのであり、実作業への従事がその必要が生じた場合に限られるとしても、その必要が生じることが皆無に等しいなど実質的に上記のような義務付けがされていないと認めることができるような事情も存しないから、本件仮眠時間は全体として労働からの解放が保障されているとはいえず、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価することができる。〔中略〕
〔賃金-賃金請求権の発生-賃金請求権の発生時期・根拠〕
 本件仮眠時間は労基法上の労働時間に当たるというべきであるが、労基法上の労働時間であるからといって、当然に労働契約所定の賃金請求権が発生するものではなく、当該労働契約において仮眠時間に対していかなる賃金を支払うものと合意されているかによって定まるものである。もっとも、労働契約は労働者の労務提供と使用者の賃金支払に基礎を置く有償双務契約であり、労働と賃金の対価関係は労働契約の本質的部分を構成しているというべきであるから、労働契約の合理的解釈としては、労基法上の労働時間に該当すれば、通常は労働契約上の賃金支払の対象となる時間としているものと解するのが相当である。したがって、時間外労働等につき所定の賃金を支払う旨の一般的規定を有する就業規則等が定められている場合に、所定労働時間には含められていないが労基法上の労働時間に当たる一定の時間について、明確な賃金支払規定がないことの一事をもって、当該労働契約において当該時間に対する賃金支払をしないものとされていると解することは相当とはいえない。
 そこで、被上告人と上告人らの労働契約における賃金に関する定めについてみるに、前記のとおり、賃金規定や労働協約は、仮眠時間中の実作業時間に対しては時間外勤務手当や深夜就業手当を支給するとの規定を置く一方、不活動仮眠時間に対する賃金の支給規定を置いていないばかりではなく、本件仮眠時間のような連続した仮眠時間を伴う泊り勤務に対しては、別途、泊り勤務手当を支給する旨規定している。そして、上告人らの賃金が月給制であること、不活動仮眠時間における労働密度が必ずしも高いものではないことなどをも勘案すれば、被上告人と上告人らとの労働契約においては、本件仮眠時間に対する対価として泊り勤務手当を支給し、仮眠時間中に実作業に従事した場合にはこれに加えて時間外勤務手当等を支給するが、不活動仮眠時間に対しては泊り勤務手当以外には賃金を支給しないものとされていたと解釈するのが相当である。
 したがって、上告人らが本件仮眠時間につき労働契約の定めに基づいて所定の時間外勤務手当及び深夜就業手当を請求することができないとした原審の判断は是認することができる。〔中略〕
〔賃金-割増賃金-支払い義務〕
 上告人らは、本件仮眠時間中の不活動仮眠時間について、労働契約の定めに基づいて既払の泊り勤務手当以上の賃金請求をすることはできない。しかし、労基法13条は、労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約はその部分について無効とし、無効となった部分は労基法で定める基準によることとし、労基法37条は、法定時間外労働及び深夜労働に対して使用者は同条所定の割増賃金を支払うべきことを定めている。したがって、労働契約において本件仮眠時間中の不活動仮眠時間について時間外勤務手当、深夜就業手当を支払うことを定めていないとしても、本件仮眠時間が労基法上の労働時間と評価される以上、被上告人は本件仮眠時間について労基法13条、37条に基づいて時間外割増賃金、深夜割増賃金を支払うべき義務がある。〔中略〕
〔労働時間-変形労働時間-一カ月以内の変形労働時間〕
 労基法32条の2(平成10年法律第112号による改正前のもの。)の定める1箇月単位の変形労働時間制(昭和62年法律第99号による改正前の4週間単位のものもほぼ同様である。)は、使用者が、就業規則その他これに準ずるものにより、1箇月以内の一定の期間(単位期間)を平均し、1週間当たりの労働時間が週の法定労働時間を超えない定めをした場合においては、法定労働時間の規定にかかわらず、その定めにより、特定された週において1週の法定労働時間を、又は特定された日において1日の法定労働時間を超えて労働させることができるというものであり、この規定が適用されるためには、単位期間内の各週、各日の所定労働時間を就業規則等において特定する必要があるものと解される。原審は、労働協約又は改正就業規則において、業務の都合により4週間ないし1箇月を通じ、1週平均38時間以内の範囲内で就業させることがある旨が定められていることをもって、上告人らについて変形労働時間制が適用されていたとするが、そのような定めをもって直ちに変形労働時間制を適用する要件が具備されているものと解することは相当ではない。〔中略〕
〔賃金-割増賃金-割増賃金の算定基礎・各種手当〕
 労基法37条所定の割増賃金の基礎となる賃金は、通常の労働時間又は労働日の賃金、すなわち、いわゆる通常の賃金である。この通常の賃金は、当該法定時間外労働ないし深夜労働が、深夜ではない所定労働時間中に行われた場合に支払われるべき賃金であり、上告人らについてはその基準賃金を基礎として算定すべきである。この場合、上告人らの基準賃金に、同条2項、労働基準法施行規則21条(平成6年労働省令第1号による改正前のもの。)により通常の賃金には算入しないこととされている家族手当、通勤手当等の除外賃金が含まれていればこれを除外すべきこととなる。〔中略〕上告人らの基準賃金には、世帯の状況に応じて支給される生計手当、会社が必要と認めた場合に支給される特別手当等が含まれているところ、これらの手当に上記除外賃金が含まれている場合にはこれを除外して通常の賃金を算定すべきである。しかるに、原審は、この点について認定判断することなく、上告人らの基準賃金を所定労働時間で除した金額をもって直ちに通常の賃金としており、この判断は是認することができない。