全 情 報

ID番号 07921
事件名 賃金等請求事件
いわゆる事件名 東京急行電鉄事件
争点
事案概要  鉄道事業等を目的とする株式会社Yの駅務員Xら二名が、Yでは、駅務員の勤務について、一定の始業・終業時刻(一日平均七時間五五分の実働時間)の中で定期券販売、改札窓口、ホームなどの業務を一定の順序で担当する勤務交番制がとられ、駅務員は所定の交番表の始業時刻の一五分ほど前に配属先各駅に出社し、制服に着替えた後、始業時五分前に駅内の所定の場所に赴いて出勤点呼を行い、さらに必要があれば前担当者からの引継ぎ等を行い、また勤務時間終了後も、退社点呼等をしていたところ、これらの点呼や引継方法は各駅の監督者等に配布されたマニュアル等に記載され、またこれに従わなかったX2は再三注意を受けたほか点呼を行わなかったことを理由に不昇格となったこともあったことから、〔1〕主位的にこれらに要した賃金の支払を、〔2〕予備的にこれらを行う義務のないことの確認を、またこれらを強制されたことによる慰謝料の支払を請求したケースで、出勤点呼、退社点呼は、Yからこれを行うことを強制され義務付けられた行為であるといえ、その内容及び態様に照らし、信義則に基づき実施されている行為の域にとどまるものとは評価できず、点呼などに要する時間が短いことをもって、使用者の指揮命令下に置かれたとの評価は否定されないとして、出勤・退社点呼及び出勤点呼後の勤務場所への移動時間は労働基準法上の労働時間に当たるが、出勤点呼後の引継ぎに要する時間は始業時刻の一定時間前に引継ぎを行うために勤務場所に出向くことが明示あるいは黙示に義務付けられていたということはできず、任意に行われているものというべきであり、これは労働基準法上の労働時間には当たらないとし、結局、〔1〕について労働基準法上の労働時間と認められた時間(出勤一回あたり合計八〇秒)につき計算した賃金額についてのみ請求が一部認容された事例。
参照法条 労働基準法32条
民法709条
体系項目 労働時間(民事) / 労働時間の概念 / 業務引継ぎ
労働時間(民事) / 労働時間の概念 / 点呼
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
裁判年月日 2002年2月28日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成10年 (ワ) 30082 
裁判結果 一部認容、一部棄却、一部却下(確定)
出典 労働判例824号5頁/労経速報1810号3頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労働時間-労働時間の概念-点呼〕
 労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、この労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めいかんにより決定されるものではないと解するのが相当である。そして、労働者が就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものに限り、労基法上の労働時間に該当すると解される(最高裁判所第一小法廷平成12年3月9日判決・民集54巻3号801頁参照)。〔中略〕
 駅務員の点呼は、各駅務員が助役等の上司と相対して行うものであること、出勤点呼は、単に出勤したことの報告をするに止まらず、当日の担当交番、始業時刻、心身の状況、励行事項等を読み上げる等して、各駅務員と駅務員を監督する立場にある助役等の上司とが、当日の勤務内容、心身の異常の有無を確認し、勤務に就く心構えを整える(整えさせる)ために行われ、また、退社点呼も、単に退社することの報告に止まらず、当日の就業時の状況を報告し、次回の担当交番、始業時刻等を確認するために行われるものであること、このような点呼は、駅務員の勤務態勢について勤務交番制が導入され、駅務員の就業時間がまちまちとなったことに伴い、勤務の交代に確実を期すため行われるようになったことは、前記1(1)ウ、(3)認定のとおりであり、これらの事実によれば、駅務員の点呼は、就業を命じられた業務の遂行に関連し、その遂行に必要な準備行為であるというべきである。〔中略〕
 駅務員の点呼は、就業を命じられた業務の準備行為であり、これを事業所内で行うことを使用者から義務付けられた行為であるから、特段の事情のない限り、同点呼及び出勤点呼後点呼場所から勤務開始場所までの移動は、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価すべきであり、これに反する被告の主張は、上記の説示に照らして採用することができない(引継については後述する。)。〔中略〕
 駅務員の点呼は、その発祥の当初はともかく、昭和60年ころ以降(遅くとも平成5年以降)は、使用者によって駅務員にこれを行うことが強制されていたと認められるのであって、駅務員の任意の協力によって行われていたとはいえず、また、その内容及び態様に照らし、信義則に基づき実施されている行為の域にとどまるものとは評価できないし、点呼等に要する時間が短いことをもって、使用者の指揮命令下に置かれたとの評価は否定されず、他に前記特段の事情は認められない。
 以上のとおり、駅務員が行う点呼及び出勤点呼後の勤務場所への移動は、使用者の指揮命令下に置かれたものといえるから、これに要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものに限り、労基法上の労働時間に当たるというべきである。
〔労働時間-労働時間の概念-業務引継ぎ〕
 被告により、始業時刻の一定時間前に引継を行うために勤務場所に出向くことが明示あるいは黙示に義務付けられていたということはできず、原告ら駅務員において、出勤点呼終了後直ちに勤務場所に赴き、引継事項がある場合に、始業時刻前に引継を完了させる者があるとしても、これは任意に行われているものというべきであり、この引継に要した時間を労基法上の労働時間とみることはできない(要するに、駅務員は、始業時刻までに、出勤点呼を済ませ、勤務場所に出向いていることは命じられているものの、引継を完了させておくことまでは求められていないということである。)。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 駅務員の点呼に要する時間がごく短時間であること、この点呼が定着した経緯等に照らすと、就業時間外に点呼を行うことを義務付けた被告の行為が、その労働時間に対応する時間外賃金の支払を命じるだけでは足りない程度に、社会通念上許容し得ないような違法性を有する行為であるとまでは評価することができないし、業務準備行為の労基法上の労働時間性に関する被告の判断の誤りについて、故意又は過失を認めることもできない。
 そして、そもそも、引継については、被告がこれを就業時間外に行うよう義務付けていたことを認めることができない。
 したがって、原告らの不法行為に基づく損害賠償(慰謝料)請求は、その余を検討するまでもなく理由がない。