全 情 報

ID番号 07936
事件名 公務外認定処分取消請求事件
いわゆる事件名 地公災基金神戸市支部長(長田消防署)事件
争点
事案概要  消防署の管理係長として勤務していたAは、管理係長に就任後まもなく、管理の統括事務のみならず、雑務処理を多く行わなければならなくなったため、残業時間が増加して深夜に帰宅することが多くなり、さらに過去に軋轢のある上司により叱責されたり仕事の意見の相違から激しい口論となったりするなどしたため人間関係にも悩んでいたところ、係長就任後約三か月後には精神科医の診断により一か月間休業することとなり、その後「うつ病」と診断されて、引き続き休業して通院・入院治療を行い、約二年後にようやく職場復帰することとなり責任のない仕事に従事するなどしていたが、結局、復帰後約三か月後には再び出勤しなくなり、自殺したことから(当時五二歳)、Aの妻XがAの死亡は公務に起因するものであると主張して、公務災害の認定を請求したところ、地公災基金神戸市部長Yが公務外の災害であると認定したため、右処分の取消しを請求したケースで、Aのうつ病発症には、そのメランコリー親和型性格等の素因が介在していたことは否定できないとしても、公務上のストレスがより大きな要因となって発症に至ったものと認めるのが自然であり、かつ社会通念上、公務の遂行がAにとって精神的及び肉体的に相当程度の負担と認められる程度の過重な負荷を加え、これによって素因が自然的経過を超えて急激に増悪し、発症したものと認められるとしたうえで、Aの自殺はうつ病発症後、二年以上を経過したものであるが、Aのうつ病は死亡まで治癒に至らなかったこと、その他本件うつ病以外にAを自殺に至らしめる事情があったことを窺わせる証拠はないこと等を総合すると、本件うつ病と自殺との間には相当因果関係があるものと認めるのが相当であるとして、Xの請求が認容されて、本件処分が取消された事例。
参照法条 地方公務員災害補償法1条
地方公務員災害補償法31条
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 自殺
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
裁判年月日 2002年3月22日
裁判所名 神戸地
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (行ウ) 22 
裁判結果 認容(控訴)
出典 労働判例827号107頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕
 地公災法31条の「職員が公務上死亡した場合」とは、職員が公務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、同負傷又は疾病と公務との間には相当因果関係のあることが必要であり、その負傷又は疾病が原因となって死亡事故が発生した場合でなければならない(最二判昭51年11月12日裁集民119号189頁、判時837号34頁参照)。そして、地方公務員災害補償制度が、公務に内在または随伴する危険が現実化した場合に、使用者に何ら過失はなくとも、その危険性の存在ゆえに使用者がその危険を負担し、職員に発生した損失を補償するとの趣旨から設けられた制度であることからすると、前記相当因果関係があると認められるためには、公務と負傷または疾病との間に条件関係があることを前提とし、これに加えて、公務が当該疾病等を発生させる危険を内在または随伴しており、その危険が現実化したといえる関係にあることを要するものと解すべきである。その場合、当該被災公務員が疾病発症の素因や基礎疾患を有していたとしても、当該公務員の素因や基礎疾患の程度、当該公務の内容、状況等を総合考慮し、社会通念上、公務の遂行が当該公務員にとって精神的及び肉体的に相当程度の負担と認められる程度の過重な負荷を加え、これによって、素因や基礎疾患が自然的経過を超えて急激に増悪し、発症したと認められる場合には、公務に内在する危険が現実化したということができるから、その疾病と公務との間に相当因果関係を認めることができるというべきである。
 なお、この公務の加重性は、当該職員と同種の公務に従事し、又は当該公務に従事することが一般的に許容される程度の心身の健康状態を有する職員を基準として判断すべきものと解する。
 また、本件のような精神障害に起因する死亡の場合には、〔1〕公務と精神障害との間の相当因果関係があること、すなわち精神障害の発症が当該公務に内在又は随伴する危険の現実化したといえることに加え、〔2〕当該精神障害と自殺との間に相当因果関係が認められることが必要である。〔中略〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕
 亡Aのうつ病の症状及びその経過中に内因性うつ病のそれを示すものがあるからといって、これを内因性うつ病と分類し、そのことのみから直ちに公務起因性を否定するのは妥当ではなく、亡Aの有したうつ病についての内在的素因の程度、亡Aの従事した公務の内容、状況等を総合考慮し、社会通念上、公務の遂行が亡Aにとって精神的及び肉体的に相当程度の負担と認められる程度の過重な負荷を加え、これによって、内在的素因が自然的経過を超えて急激に増悪し、うつ病を発症させたと認められるか否かによってこれを判断するのが相当である。そして、この場合の公務の加重性は、亡Aと同種の公務に従事し、又は当該公務に従事することが一般的に許容される程度の心身の健康状態を有する職員を基準として判断すべきである。〔中略〕
 亡Aは、昭和53年から各地の消防署において係長の役職にあったが、平成3年4月に長田消防署管理係長の職に就くまでは、管理係の所管業務である経理、庶務等の業務を行ったことがなかったこと、B署長と亡Aは、昭和48年4月1日から同年9月末日までの間、消防課管制第2係で上司・部下の関係にあったが、B署長のワンマンぶりに我慢できず、亡Aから異動を申し出たことがあったことが認められ、これらの事実によれば、平成3年4月の管理係長への就任は、亡Aに対し、初めて携わる経理・庶務等の業務に対する不安及び緊張並びに過去に軋櫟のある上司との人間関係に対する極度の不安及び緊張といった、通常の配置転換に伴う不安や緊張等のストレスを超えた、かなりの精神的負荷を与えたことが窺われる(なお、過去に軋櫟のある上司と同じ職場になることは極めて稀なことではないから、これを相当因果関係の判断の基礎事情として考慮しうることは当然である。)。〔中略〕
 以上の事実を総合すれば、亡Aがうつ病を発症するについては、そのメランコリー親和型性格等の素因が介在していたことは否定できないとしても、公務上のストレスがより大きな要因となって発症に至ったものと認めるのが自然であるし、かつ、上記認定の公務の内容・状況に照らせば、社会通念上、公務の遂行が亡Aにとって精神的及び肉体的に相当程度の負担と認められる程度の過重な負荷を加え、これによって、素因が自然的経過を超えて急激に増悪し、発症したものと認めるのが相当である。そうすると、亡Aのうつ病の発症は当該公務に内在又は随伴する危険が現実化したものとして、当該公務とうつ病との間に相当因果関係を認めることができる。〔中略〕
 業務上の精神障害によって、正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたと認められる場合には、結果の発生を意図した故意には該当せず、労災保険法第12条の2の2第1項の「故意」によるものではないと解するのが相当である。〔中略〕
 以上のとおり、亡Aは、本件過重な公務によりうつ病に罹患し、その自殺念慮によって自殺したものといえるから、公務起因性を認めるのが相当であり、これを否定した本件処分は違法である。