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ID番号 07953
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 宮崎刑務所職員(損害賠償)事件
争点
事案概要  元宮崎刑務所職員Xが、過去の公務災害の後遺症等により膝の具合が悪かったにもかかわらず、直接被収容者の監督に当たって相当程度の歩行を要するなど膝への負担の大きい部署(処遇部で運動・入浴・捜検係)に配属され、その後症状が悪化して入院することとなり、庶務課長からの勧奨に応じて退職したところ、本件配転命令は違法でありかつ他の職員から困難な業務に従事するよう強制されるなど肉体的精神的な嫌がらせを受け、退職を余儀なくされたと主張して、国Yに対し、不法行為及び債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償の支払を請求したケースで、本件配置転換はいまだ裁量の逸脱ないし濫用とまではいえないが、Xが診断書を提出して膝への負担の軽い配置に転換してくれるように求めた時点で、宮崎刑務所長はXの疾患が処遇部の業務に従事することにより今後増悪する蓋然性が高いことを認識していたか、少なくとも容易に認識できる状態にあったことは明らかであり、その日から後任者の手当てに必要な合理的期間が経過した時点でXの疾患が増悪することがないようにXを立業である処遇部の業務から立業でないほかの業務に配置転換すべき安全配慮義務を負担するに至ったというべきであるとしたうえで、宮崎刑務所長はXを膝の負担の軽い業務に配置転換することなくXはその後も処遇部の業務に従事し続けた結果疾患等が悪化し入院を余儀なくされたのであり、上記不作為についてYに安全配慮義務違反があることは明らかであるとし、上記入院したことについての精神的苦痛に対する慰謝料のみが相当因果関係のある損害であるとし一二〇万円(慰謝料一〇〇万・弁護士費用二〇万)についてのみ請求が認容された事例。
参照法条 国家賠償法1条
民法415条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 2002年4月18日
裁判所名 宮崎地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 502 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 労働判例840号79頁
審級関係
評釈論文 中災防安全衛生関係裁判例研究会・働く人の安全と健康4巻7号36~39頁2003年7月/保原喜志夫・月刊ろうさい54巻7号4~8頁2003年7月
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 宮崎刑務所長は、平成6年9月16日の時点で、原告の両膝変形性関節症等の疾患が立業である処遇部(運動・入浴・捜検係)の業務に従事することにより今後増悪する蓋然性が高いことを認識していたか、少なくとも容易に認識できる状態にあったことは明らかである。
 (イ) 被告は国家公務員の配置転換について裁量権を有するが、疾患を有する公務員がある業務に従事することにより当該疾患が増悪するおそれがある旨が記載された医師作成の診断書が提出された場合については、その診断書の記載内容が一見して不合理であるなど特段の事情がない限り、当該公務員を疾患が増悪するおそれのある業務に従事させる裁量までは与えられていないというべきである。
 したがって、平成6年9月16日から後任者の手当てに必要な合理的期間が経過した時点で、宮崎刑務所長は、原告の両膝変形性関節症等の疾患が増悪することがないように、原告を立業である処遇部(運動・入浴・捜検係)の業務から、立業でない他の業務に配置転換すべき安全配慮義務を負担するに至ったというべきである(なお、後任者の手当てに必要な合理的期間については、運動・入浴・捜検係の職務に特殊技能等は必要でないから、長くても1週間程度である。)。
 しかるに、宮崎刑務所長は、平成7年1月9日に至るまで原告を膝への負担の軽い業務に配置転換することなく、原告は、その後も処遇部(運動・入浴・捜検係)の業務に従事し続けたため、その結果、原告は両膝変形性関節症等が悪化し平成6年10月11日から約2か月間の入院を余儀なくされたというのであるから、上記不作為について、被告に安全配慮義務違反があることは明らかである。
 なお、宮崎刑務所長が原告に対して早出及び点検礼式免除の業務軽減措置を執ったことは認められるが、前記診断書は立業は避けることが望ましいという趣旨であることからすると、これだけの措置では不十分であり、さらに進んで立業以外の業務に配置転換する義務まで負担するものというべきである。
 エ したがって、被告は、上記安全配慮義務違反により生じた損害について、賠償する責に任ずる(原告は不法行為責任と債務不履行責任(安全配慮義務違反)について選択的に請求するので、不法行為の成否については判断しない。)。〔中略〕
 原告の症状は、平成7年1月に立業ではない処遇部教育課に配置換えになった後にいったん軽減し、その後2年以上が経過した平成9年末から平成10年初めころにかけて再度悪化して入院加療を要するようになり、これに加えて原告は特発性血小板減少性紫斑病、慢性肝炎(B型)、高血圧症など本件安全配慮義務違反とは無関係であることが明らかな疾病にも罹患し健康状態がますます悪化した(〈証拠略〉)ことが認められる。
 そうすると、原告が勤務の継続が困難な状態になり退職したことと、本件安全配慮義務違反との間に相当因果関係があるとは致底いえない。
 したがって、原告が定年の4年前に退職したことによる逸失利益は、本件安全配慮義務違反と相当因果関係のある損害であるとはいえず、運動・入浴・捜検係の業務に従事中に膝の痛みが悪化し、平成6年10月11日から同年12月10日まで約2か月間入院したことについての精神的苦痛に対する慰謝料のみが相当因果関係のある損害ということが相当である。