全 情 報

ID番号 07986
事件名 出向命令効力停止等仮処分命令申立事件
いわゆる事件名 JR東海中津川運輸区(出向)事件
争点
事案概要  旅客鉄道輸送等を業とする株式会社YのA運輸区に所属し主任運転士一級の資格を有しまた組合のA区分会長でもあった社員Xが、列車の運転業務従事中に列車の手歯止めを撤去しないまま出区してしまうミスを犯し、運転士としての適格性について再教育と審査・再審査を受けたが、いずれも不合格となり他職適と判定され、また就業規則及びYと労組との定年協定において定められている原則として出向が命じられる年齢(五四歳)にも達していたことから、関連会社への出向を命じられたところ、Yに対し、再教育と審査・再審査の結果に基づく本件出向命令という一連の手続は不明確な基準による恣意的運用によるものである、あるいは出向命令権の濫用あるいは不当労働行為にも該当し、本件出向命令は無効であると主張して、A区所属の主任運転士一級としての業務に従事する労働契約上の地位にあることの仮の確認及び本件出向命令の効力停止を求める申立てをしたケースで、本件出向命令はYの業務上の必要性に基づくものということができ、それによってXが「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」を強いられるものということはできないから本件出向命令が権利の濫用に該当することはできない、などを理由に、本件配転命令は有効であるとしてXの申立てが却下された事例。
参照法条 労働基準法2章
民法1条3項
体系項目 配転・出向・転籍・派遣 / 出向命令権の限界
裁判年月日 2002年7月3日
裁判所名 名古屋地
裁判形式 決定
事件番号 平成13年 (ヨ) 537 
裁判結果 却下
出典 労働判例838号42頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔配転・出向・転籍・派遣-出向命令権の限界〕
 東亜ペイント最判(編注、最高裁昭和61年7月14日判決)は、使用者のした転勤命令について、「当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。」と判示しており、使用者の出向命令に関わる権利濫用の有無についても、上記判旨と同様の判断基準によってこれを判断するのが相当であるというべきである。
 ところで、業務上の必要性の意義について、東亜ペイント最判は、「当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当ではなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤労意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」と判示している。
 そうすると、55歳から60歳に定年を延長しようとする場合、人件費の増大を抑え、人事の停滞を回避するための措置として、54歳以上の社員の原則出向の措置をとることは、一般に業務上の必要性の存在を肯定し得るものというべきである。〔中略〕
 本件出向により、債権者の通勤時間がおおむね2時間近く(ママ)なるが、債権者以外にも出向先に2時間程度かけて通勤している者は多数おり、出向後の通勤時間の方が長くなった社員も枚挙にいとまがないこと、本件出向先における債権者の業務は清掃業務であるが、本件出向先は運転士経験者のほとんどが出向している会社であり、清掃業務に従事している者は債権者だけではないこと、本件出向により、債権者の年間休日数の減少や労働時間の増加があるが、そのような例は債権者に限ったことではなく、「社員の出向に関する協定」に基づき、賃金上の特別措置を行っていること、債権者の本件出向前の平成12年7月から同年9月までの3か月間の諸給与支給総額は1か月当たり平均で53万6885円であり、本件出向後の平成13年1月から同年3月までの3か月間のそれは55万0438円であり、本件出向後の方が約1万3000円以上も支給総額が増加していること、本件出向後、債権者は夜勤業務も行っているが、本件出向前も深夜時間帯に運転業務に従事することは珍しくなかったことが一応認められる。
 そうすると、本件出向により、債権者の労働条件の悪化が著しいということはできず、債権者が主張する本件出向に伴う不利益を最大限しんしゃくしたとしても労働者が通常甘受すべき程度の不利益にすぎないものというべきである。
(5) 以上によれば、本件出向命令は、債務者の業務上の必要性に基づくものということができ、それによって、債権者が「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」を強いられるものということはできないから、本件出向命令が権利の濫用に該当するということはできないというべきである。