全 情 報

ID番号 07994
事件名 賃金仮払等仮処分命令申立事件
いわゆる事件名 杉本石油ガス事件
争点
事案概要  LPガスの販売等を業とする株式会社Y(従業員約六六名)の正社員X1~X15及び契約社員X16(いずれも組合員)が、YではLPガス値下げによる売上減少で約一九億円の負債を負ったとして、就業規則の賃金に関する規定が一方的に変更(住宅手当・販売促進手当の規定の削除、責任手当の最低金額の減額変更)され、それによりX1~X15については賃金の約二五%に相当する額が、X16については基本(日給)額及び責任者手当が、それぞれ減額されたことから、Yに対し、本件就業規則の不利益変更には合理性がなく無効であるなどと主張して、従前の賃金の支払を受ける地位にあることの仮の確認と減額された賃金の仮払いを求めたケースで、本件変更はXらの重要な労働条件を不利益に変更するものであるというべきであるとしたうえで、Yにおいて経費削減の必要性は認められるものの、このため賃金を二五%まで削減する高度の必要性があったとはいえず、かつ、変更後の就業規則の内容は、Yの恣意的な賃金削減額の調整を可能とする不合理な内容で、担当業務の軽減はなく、労働組合の交渉においても説明が不十分で誤解を招く点もあったところ、かかる本件変更は、高度の必要性に基づいた合理的なものであるとはいえず無効であるとして、X1~X15は本件変更前の賃金請求権を有しているとし、X16も、本件変更後の賃金(日給額)の減額は、根拠がないこと、また、責任者手当については本件変更が無効であることから(いずれも根拠がないとして)従前の賃金の請求権が認められ、Xらの被保全権利(差額賃金総額)のうち、認容額の範囲で仮払いの必要性が認められた事例(認容額がゼロとなる者の差額賃金仮払いの申立て及び地位保全の申立てはすべて却下)。
参照法条 労働基準法89条2号
労働基準法93条
体系項目 就業規則(民事) / 就業規則の一方的不利益変更 / 賃金・賞与
裁判年月日 2002年7月31日
裁判所名 東京地
裁判形式 決定
事件番号 平成14年 (ヨ) 21064 
裁判結果 一部認容、一部却下
出典 労働判例835号25頁/労経速報1829号7頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 本件変更に係る給与規程は、労働基準法89条「就業規則」であるところ(同条2号)、就業規則の変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないが、労働条件の集団的処理、特にその統一的、画一的決定を建前とする就業規則の性質上、当該条項が合理的なものである限り、個々の労働者においてこれに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない(最高裁大法廷昭和43年12月25日判決、民集22巻13号3459頁参照)。
 そして、当該変更が合理的なものであるとは、当該変更が、その必要性及び内容の両面からみて、これによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。この合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況を総合考慮して判断すべきである。〔中略〕
 本件変更によって、債権者ら(ただし、債権者16を除く。)の賃金の約25パーセントに相当する賃金が減額されたことが認められる(このうち、責任者手当の削減額の根拠は、本件変更後の給与規程により必ずしも明らかとはいえないが、変更前の規定で定める責任者手当の最低限の金額が外勤者について33パーセント、内勤者について48パーセント削減された金額となっていることから、この程度の減額を各人の責任者手当において行うことを根拠付けるものといえる。)。また、債権者16についても、変更直前の1月分給与の4.2パーセントに当たる2万2500円分責任者手当を減額するものであることが認められる。
 したがって、本件変更は債権者らの重要な労働条件を不利益に変更するものであるというべきである。〔中略〕
 本件変更は、前記のとおり、経費削減を達成するべく、全従業員の賃金一律25パーセント削減を目的とするものであった。そうであるなら、本件変更後の給与規程に基づき支給される賃金は、暫定的、一時的な事情による変動を除いて全従業員においてほぼ一律に25パーセント削減するものでなければならないと解される。仮に、債務者の判断で、従業員によって削減額を調整するのであれば、前記変更の目的に沿わない恣意的調整を防止するため、調整の客観的合理的基準をあらかじめ定める必要があったというべきである。しかるに、本件変更後の給与規程は、このような基準をあらかじめ定めることなく、債務者の判断で、従業員によっては削減率を20パーセントから6パーセントにとどめ得るとするものであったから((3)サ)、債務者の恣意的調整が可能であって合理的ではないというべきである。少なくとも本件変更後の給与規程の運用は合理的ではなかったというべきである。
 また、本件変更は、賃金の減額を行う一方、担当業務については負担軽減を行うものではなく、特に代償措置といえるものはない。〔中略〕
 以上から、債務者においては、経費削減の必要性は認められるものの、このため賃金を25パーセントまで削減する高度の必要性があったとはいえず、かつ、変更後の就業規則の内容は、債務者の恣意的な賃金削減額の調整を可能とする不合理な内容で、担当業務の軽減はなく、労働組合の交渉においても説明が不十分で誤解を招く点もあったところ、かかる本件変更は、高度の必要性に基づいた合理的なものであるとはいえない。