全 情 報

ID番号 08025
事件名 未払給与等請求事件
いわゆる事件名 トピック事件
争点
事案概要  自動車の販売及びリース、自動車修理及び整備などを業とする株式会社Yに年俸六〇〇万円(月五〇万円)として雇用されていたX(すでにYを退職している)が、〔1〕Yは経営悪化を理由にXが承諾していないにもかかわらず二回にわたる給与減額(一回目が四五万円に、二回目は三五万円に)をしたことからその未払賃金の支払を、また、〔2〕Yは解雇の意思表示をしたと主張して解雇予告手当の支払及び〔3〕解雇に対する慰謝料の支払を請求したケースで、〔1〕Xが給与の減額を明示又は黙示的に承諾した事実を認めるに足りる証拠はないとして、請求が認容されたが、〔2〕〔3〕についてはYがXを解雇した事実は認められないとして請求が棄却された事例。
参照法条 労働基準法3章
民法623条1項
民法627条1項
民法20条1項
体系項目 賃金(民事) / 賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
解雇(民事) / 解雇予告 / 解雇の意思表示の有無
裁判年月日 2002年10月29日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成14年 (ワ) 4001 
裁判結果 一部認容、一部棄却
出典 労経速報1824号16頁
審級関係
評釈論文
判決理由 〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕
 被告は、前年よりも営業状態が不振であったことから、役員報酬を減額するとともに、責任者的立場にあり給与額の高い二名の従業員の給与の減額を実施した。原告は、二度にわたり給与が減額されたが、退職するまでの約七か月間、被告に対し、給与の減額について明確な方法で異議を述べたり、減額された差額分の支払を求めたことはなかった。
 しかし、従業員である原告は、使用者である被告と対等な関係にあったとはいえないから、原告が異議を述べたり、差額を請求しなかったからといって、当然に給与の減額を許容していたとはいえない。原告の被告に対する前記の電子メールには、「給与も最初の約束よりかなり減り」との記載があり(書証略)、被告は、これは給与の減額を肯定したものであると主張するが、当初の給与額の三割(一五万円)もの大幅な減額を何らの異議を述べずに承諾するのは不自然といわざるを得ないし、原告は、当初の約束どおり一年間は給与が支払われるつもりで現在のアパートに居住している、そのため定期預金を取り崩して生活費に充てているとも述べ(書証略)、減額後の給与のままでは正常な生活を維持することが困難であると訴えており、給与の減額を肯定していたとは認められない。また、原告と同時期に給与を減額された下方も、給与の減額を合意したことはなく、被告は減額分を平成一三年八月の決算後にボーナスの形で支給することを約束したと述べる(書証略)。
 そうすると、被告の主張に沿う被告代表者の供述等は、客観的な裏付けが十分とはいえないから、採用することができない。被告が原告から給与や待遇などの雇用条件を明記した文書の作成を求められたにもかかわらず、これに応じなかったのは、減額後の金額をそのまま給与額として文書化すると原告が容易に同意しないなど、文書化することを不都合とする事情があったからであると疑わざるを得ない。この他に、原告が給与の減額を明示または黙示に承諾した事実を認めるに足りる証拠はない。〔中略〕
〔解雇-解雇予告-解雇の意思表示の有無〕
 イ 平成一三年七月二日、被告の板金工場内で、毎月定期的に行われる会議である全体会議が行われたところ、原告は、報告すべき事項を準備してこなかった。そのため、被告は、後日、原告に対し、会議における準備不足を指摘するとともに、「会社で教育を担当する者がそれでは困る。どう改善するか、進退も含めて考えて下さい」と注意した。もっとも、被告が明確に解雇を通告したり、退職日を具体的に指定したことはなかった(証拠略)。
 ウ 原告は、この件をきっかけに、被告に在職し続けることはできないと考えるようになった(証拠略)。
 エ 被告は、平成一三年七月一九日、原告に対し、原告は被告の勧奨により同月二〇日をもって被告を退職したとの内容の退職証明書を交付した。原告は、同月二〇日まで通常勤務をしたが、被告からコンピューターの処理などの残務処理をするよう求められたので、同月二三日と二四日、これに従事した(証拠略)。
 オ 被告は、離職理由を「労働者の個人的な事情による離職」とする離職票を発行し、「具体的事情記載欄(事業主用)」に「転職のため」と記入した。他方で、原告は離職票の「具体的事情記載欄(離職者用)」に「七月一〇日に社長から解雇された」と記入した(書証略)。
 カ 原告の雇用保険受給資格者証には、離職理由として、事業主の働きかけによる正当な理由のある自己都合退職と記載されている(書証略)。〔中略〕
〔解雇-解雇予告-解雇の意思表示の有無〕
 被告は、平成一三年七月二日の全体会議の後、原告に対し、進退も含めて考えるよう述べたが、これは、その経緯に照らすと、原告の地位や職責に対する自覚を促したものと解され、これ自体が解雇の意思表示であると解することはできない。この他に、被告が原告に対し退職を働きかけた事情は見いだせないし、被告が原告の退職日を具体的に指定したこともなかった。原告と同時期に退職した下方も、原告は自主退社するよう計画的に仕向けられたとは述べるものの、解雇されたとは述べていない(書証略)。
 そうすると、会議の後における被告の原告に対する前記の発言は、解雇の意思表示であると評価することはできない。この他に、被告が原告に解雇の意思表示をした事実を認めるに足りる証拠はない。