全 情 報

ID番号 08186
事件名 損害賠償請求控訴事件
いわゆる事件名 JR東日本(新宿駅介助職員安全配慮義務)事件
争点
事案概要 重度の身体障害を有するXが、駅構内において、旅客鉄道事業等を目的とする株式会社Yの駅員の介助を受けたところ、同駅員Aがホームで原告の車いすをブレーキを掛けずに一時放置したため、車いすが線路に向かって動き出し、極度の恐怖を感じさせられ、精神的苦痛を被った等として、Yに対し、旅客運送契約上の安全配慮義務違反または不法行為に基づく損害賠償を求めたケースの控訴審で、原審は、YはXとの間で介助業務を含む旅客運送契約を締結したものであり、車いす利用者対応の専門職員を配置したB駅においては、乗客に対する安全配慮義務の一つとして、必要な介助を行うことを契約上の債務として自ら負担したものである旨認定し、旅客運送契約の履行補助者であるAに債務不履行(安全配慮義務違反)がある等として、Xの請求を一部認容したが、控訴審では、旅客運送契約上の安全配慮義務を認めつつ、原審が認めたXの請求が一部棄却された事例。
参照法条 民法415条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 2003年6月11日
裁判所名 東京高
裁判形式 判決
事件番号 平成15年 (ネ) 1152 
裁判結果 一部変更、一部控訴棄却(確定)
出典 時報1836号76頁/労働判例863号62頁/第一法規A
審級関係 一審/08115/東京地/平15. 2. 5/平成13年(ワ)24052号
評釈論文
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 控訴人は、本件当日、新大阪駅で所定の運賃を支払った被控訴人から、東海道新幹線で東京駅まで乗車し、同駅で中央線に乗って新宿駅まで行くこと、介助者の同行がないことの申出を受け、新大阪駅の駅員及び東京駅の駅員更にはAを含む新宿駅の駅員がその申出に応じて被控訴人が用意した介助者と被控訴人が会う新宿駅の場所に到るまで被控訴人に対し所要の介助などの対応をすることにしたのであるから、控訴人は、被控訴人との間で、旅客運送契約を締結し、被控訴人が鉄道施設等を利用する間、その生命、身体等の安全を確保すべき契約上の義務を負ったものといわなければならないところ、控訴人の履行補助者であるAは、新宿駅9番線ホーム上から地下中央通路へ被控訴人の乗った車いすを移動させるに当たり、同ホーム上と地下中央通路との間を昇降するエスカレーターを利用するために本件当時上昇運転中であった当該エスカレーターを下降運転に切換え操作をする必要を認めたので、被控訴人の乗った車いすを9番線ホームのエスカレーター乗り口付近に置いてA自らが階段を降りて地下中央通路に赴きその切換え操作を行おうとしたのであるが、Aにおいて被控訴人との会話を通じて被控訴人に言語障害があることを感じ、また、被控訴人がその胸部付近をシートベルトで固定してようやく上体を支えていたのであるから、被控訴人の様子をよく観察し、丁寧に話を聞けば、被控訴人が静止していることができず、その腕、上体、首等が不随意・不規則に揺れ動く障害に苦しみ、しかも、被控訴人がその障害ゆえに車いすのブレーキを自ら操作することができない不自由な身であり、その車いすにブレーキを掛けないで放置すると、その車いすが被控訴人の身動きが原因となって動き出すおそれがあることを知り得たのであり、それのみならず、9番線ホームの原判決別紙図面1の△印点と×印点との間あたりは、概ね平坦であるが9番線の線路までは2メートルを相当下回る狭い間隔しか存在せず、その当時9番線には電車の入線が予定されていなかったとはいえ、10番線へ到着する電車の乗降客が、あるいはエスカレーターで昇ってきて9番線ホーム側を通って10番線ホーム側に回ろうとし、あるいは10番線ホームに降りた後に9番線ホーム側を通って階段降り口へ回ろうとして、少なからぬ人数が上記の△印点ないし×印点の付近を通過する事態が予想されるとともに、ときにはこれらの乗降客の身体ないし手荷物等が被控訴人の車いすに接触衝突して被控訴人の車いすを線路の方向に押し出す危険を生ぜしめるおそれがあることを認識し得たのであるから、Aとしては、これらのように被控訴人の車いすが動き出し、あるいは押し出される危険を生ぜしめないように少なくともその車いすのブレーキを掛けてその車いすの傍らを離れるべき注意義務があったものといわなければならない。
 そして、このような義務があるにもかかわらず、Aは、被控訴人の障害の内容・程度に何ら関心を払わず、上記の△印点ないし×印点付近における他の乗客の通過等も全く予想せず、漫然と被控訴人の車いすを上記△印点と×印点との間あたりに置き、被控訴人が自分でブレーキを掛けることができるものと速断し、そのブレーキを掛けないで、車いすの傍らを離れ、被控訴人を約2分ないし4分の間介助者なしの状態に放置したものであり、その結果、ほどなく被控訴人の身体に走った不規則な緊張によりその腕が揺れ動き、車いすが揺れ、車いすが数センチメートルないし10センチメートル程度線路の方向に動き、これがために被控訴人が車いすごと線路に落ちるのではないかとの怖い思いを余儀なくさせる精神的苦痛を負わせたものであると認められ、これらの認定によれば、控訴人は、前記の旅客運送契約に基づく被控訴人に対する安全配慮義務の履行を怠ったものと認めるのが相当であり、ないしは、その被用者であるAの同義務違反の過失による不法行為につき使用者としての責任を負うものと認めるのが相当である。