全 情 報

ID番号 08202
事件名 遺族補償年金不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 豊田労基署長(トヨタ自動車)事件
争点
事案概要 自動車会社であるT社に勤務していた亡Aが飛び降り自殺をしたのは業務に起因するうつ病によるものであるとして、亡Aの妻である被控訴人Xが、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金及び葬祭料の各給付を請求したが、控訴人である労基署長Yが本件不支給処分をしたことから、Xがその取消しを求めたところ、原審はXの請求を認め、Yの本件処分を取り消したため、Yが控訴した事案で、高等裁判所は、業務とうつ病の発症・増悪との間の相当因果関係の存否を判断するに当たっては、うつ病に関する医学的知見を踏まえて、発症前の業務内容及び生活状況並びにこれらが労働者に与える心身的負荷の有無や程度、さらには当該労働者の基礎疾患などの身体的要因や、うつ病に親和的な性格等の個体側の要因等を具体的かつ総合的に検討し、社会通念に照らして判断するのが相当であるとし、本件認定事実によれば、業務と本件うつ病の発症との間には相当因果関係を肯定することができ、本件自殺は、本件うつ病の発症として発現したものであることから、労働者災害補償保険法12条の2の2第1項の「故意」には該当しないものであり、本件うつ病の発症とそれに基づく本件自殺には業務起因性が認められるとして、Yの控訴を棄却した事例。
参照法条 労働者災害補償保険法7条1項1号
労働者災害補償保険法12条の2の2
労働基準法施行規則別表1の2第9号
体系項目 労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 業務起因性
労災補償・労災保険 / 業務上・外認定 / 自殺
裁判年月日 2003年7月8日
裁判所名 名古屋高
裁判形式 判決
事件番号 平成13年 (行コ) 28 
裁判結果 控訴棄却(確定)
出典 労働判例856号14頁/第一法規A
審級関係 一審/07769/名古屋地/平13. 6.18/平成7年(行ウ)11号
評釈論文 水野幹男・季刊労働者の権利252号72~78頁2003年10月/水野勝・労働判例860号5~14頁2004年2月15日
判決理由 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 労災保険給付の対象となる業務上の疾病については、労基法75条2項に基づいて定められた施行規則35条により同規則の別表第1の2に列挙されており、精神疾患であるうつ病の発症が労災保険給付の対象となるためには、同別表第9号の「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当することが必要であるところ、業務災害に関する遺族補償及び葬祭料の各給付は、一定の事由が生じた場合に請求権を有する者の請求に基づいて補償が行われる制度であることに照らせば、これらの給付を受けようとする者が、請求にかかる各給付について自己に受給資格があることを証明する責任があるというべきであるから、業務起因性の立証責任は保険給付の請求者にあると解すべきである。
(2) 業務と傷病等との間に業務起因性があるというためには、労働者災害補償制度の趣旨(労働者が従事した業務に内在ないし通常随伴する危険が発現して労働災害を生じた場合に、使用者の過失の有無を問わず、被災労働者の損害を補填するとともに、被災労働者及びその遺族の生活を補償するものである。)に照らすと、単に当該業務と傷病等との間に条件関係が存在するのみならず、社会通念上、業務に内在ないし通常随伴する危険の現実化として死傷病等が発生したと法的に評価されること、すなわち相当因果関係の存在が必要であると解せられる。
(3) 精神疾患の発症や増悪は様々な要因が複雑に影響し合っていると考えられているが、当該業務と精神疾患の発症や増悪との間に相当因果関係が肯定されるためには、単に業務が他の原因と共働して精神疾患を発症もしくは増悪させた原因であると認められるだけでは足りず(よって、被控訴人主張の共働原因論は採用できない。)、当該業務自体が、社会通念上、当該精神疾患を発症もしくは増悪させる一定程度以上の危険性を内在または随伴していることが必要であると解するのが相当である。〔中略〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕
 うつ病の発症メカニズムについてはいまだ十分解明されていないけれども、現在の医学的知見によれば、環境由来のストレス(業務上ないし業務以外の心身的負荷)と個体側の反応性、脆弱性(個体側の要因)との関係で精神破綻が生じるかどうかが決まり、ストレスが非常に強ければ個体側の脆弱性が小さくても精神障害が起こるし、逆に脆弱性が大きければストレスが小さくても破綻が生ずるとする「ストレス―脆弱性」理論が合理的であると認められる。
(4) もっとも、ストレスと個体側の反応性、脆弱性との関係で精神破綻が生じるか否かが決まるといっても、両者の関係やそれぞれの要素がどの様に関係しているのかはいまだ医学的に解明されている訳ではないのであるから、業務とうつ病の発症・増悪との間の相当因果関係の存否を判断するに当たっては、うつ病に関する医学的知見を踏まえて、発症前の業務内容及び生活状況並びにこれらが労働者に与える心身的負荷の有無や程度、さらには当該労働者の基礎疾患等の身体的要因や、うつ病に親和的な性格等の個体側の要因等を具体的かつ総合的に検討し、社会通念に照らして判断するのが相当であると考えられる。〔中略〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
 労災保険法12条の2の2第1項は、労働者の故意による事故を労災保険の給付の対象から除外しているが、その趣旨は、業務と関わりのない労働者の自由な意思によって発生した事故は業務との因果関係が中断される結果、業務起因性がないことを確認的に示したものと解するのが相当である。それゆえ、自殺行為のように外形的に労働者の意思的行為と見られる行為によって事故が発生した場合であっても、その行為が業務に起因して発生したうつ病の症状として発現したと認められる場合には、労働者の自由な意思に基づく行為とはいえないから、同規定にいう故意には該当しないものと解される。そして、判断指針においては、業務による心理的負荷により精神障害が発病したと認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたものと推定し、原則として業務起因性を認めるものとしているが、この考え方は妥当なものである。
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕
 前記認定事実によれば、亡Aは7月下旬ないし8月上旬ころ本件うつ病に罹患し、本件うつ病による心神耗弱状態の下で本件自殺をしたものであり、訴外会社における亡Aの業務が本件うつ病発症の要因の1つになっていたこと(すなわち、業務と本件うつ病発症との間に条件関係が存在していたこと)自体は明らかである。そこで、業務上の出来事が亡Aの心身にどのような負荷を与えたかについて以下検討すると、いわゆる業務の過重性について本人を基準とする見解、すなわち本人が感じたままにストレスの強度を理解すれば足りるとする見解は採用できないけれども、ストレスの性質上、本人が置かれた立場や状況を充分斟酌して出来事のもつ意味合いを把握した上で、ストレスの強度を客観的見地から評価することが必要であり、本件においては、亡Aが従事していた業務が、自動車製造における日本のトップ企業において、内容が高度で専門的であり、かつ、生産効率を重視した会社の方針に基づき高い労働密度の業務であると認められる中で、いわゆる会社人間として仕事優先の生活をして、第1係係長という中間管理職として恒常的に時間外労働を行ってきた実情を踏まえて判断する必要があるというべきである。〔中略〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕
 結局、上記の加(ママ)重、過密な業務等による心身的負荷は、亡Aに対し、社会通念上、うつ病の発症だけではなく増悪においても、一定程度以上の危険性を有するものであったと認められるから、業務と本件うつ病の発症との間には相当因果関係を肯定することができ、本件自殺は、本件うつ病の症状として発現したものであるから、労災保険法12条の2の2第1項の「故意」には該当しないものである。
 以上の次第で、本件うつ病の発症とそれに基づく本件自殺には業務起因性が認められる。