全 情 報

ID番号 : 08449
事件名 : 手当金請求控訴事件
いわゆる事件名 : 熊谷組事件
争点 : 中高年早期退職制度で退職後、同制度により締結した嘱託契約の更新拒絶の正当性が争われた事案(労働者敗訴)
事案概要 : Y社従業員であったXらが、「ニューライフ支援制度」を選択して早期退職し、かつ転進支援制度の適用を受け「非常勤嘱託契約」を締結したところ、Y社が更新を拒絶したため、Xらがそれぞれ本来の定年月までに支払われるべき嘱託手当金の支払い等を求めた事案の控訴審である。
 第一審東京地裁は請求をすべて棄却したためXらが控訴。第二審東京高裁は、〔1〕Y作成の「ニューライフ支援制度Q&A」の「非常勤嘱託契約を締結した場合には、月額20万円の手当を定年年齢まで支給します」等の記述は、満60歳までの手当支給を約したものではなく、〔2〕本件嘱託規程の見直しにおいて、「(委嘱期間は)1か年とする。但し、業務の都合により更新することがある。」とする規定が改正されることなく従前のままとされ、本件はこれを受けた非常勤嘱託契約書中の有効期間1年が合意されたものと認められること、〔3〕非常勤嘱託契約による手当の支給は、退職優遇措置の一つではあるが退職及びこれに伴う退職金の支給とは別個のもので、転進支援制度に基づく非常勤嘱託契約による給付であり、本件嘱託規程上も当初から有効期間を1年間としていたもの、等からXらが主張する満60歳までの本件手当支給の約定の成立は認められないとした。
参照法条 : 労働基準法2章
労働基準法89条
労働基準法90条
民法1条2項
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/信義則上の義務・忠実義務
労働契約(民事)/労働契約の期間/労働契約の期間
賃金(民事)/退職金/退職金の法的性質
賃金(民事)/退職金/早期退職優遇制度
解雇(民事)/短期労働契約の更新拒否(雇止め)/短期労働契約の更新拒否(雇止め)
裁判年月日 : 2004年11月24日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成16(ネ)2456
裁判結果 : 棄却(確定)
出典 : 労働判例927号76頁
審級関係 : 一審/08295/東京地/平16. 3.31/平成15年(ワ)11306号
評釈論文 : 柳澤武・労働法律旬報1660号15~23頁2007年11月25日
判決理由 : 〔労働契約-労働契約の期間-労働契約の期間〕
〔賃金-退職金-早期退職優遇制度〕
〔賃金-退職金-退職金の法的性質〕
 控訴人らは、平成12年1月1日付け本件取扱規程の改定による優遇施策の一部見直しの公表を受けて、現行制度の適用を受けるべく、ニューライフ支援制度のうち本件支援制度の併用を選択し、被控訴人を退職するとともに、被控訴人との間で非常勤嘱託契約を締結したこと、同契約の有効期間は1年間であり、当事者双方の特段の意思表示がない限り控訴人らが満60歳に達する月の月末まで更新されるという内容の契約であることが認められる。〔中略〕被控訴人が従業員向けに発刊した「ニューライフ支援制度Q&A」等の解説において、「非常勤嘱託契約を締結した場合には、月額20万円の手当を定年年齢まで支給します」等と記載され図示されているが、これらの記載、図示によって、被控訴人が、控訴人らに対し、控訴人らが本件支援制度の併用を選択した場合、控訴人らが満60歳に達するまで本件手当を支給する旨約したと断定することはできない。ニューライフ支援制度の平成10年4月1日実施に際し、本件取扱規程が制定され、転進支援制度選択者との間に非常勤嘱託契約が締結されることに関連して本件嘱託規程が改定され、委嘱年齢限度(5条)は、従来「契約時に個別に決定する」とされていたのに加えて、「転進支援制度選択者は、満60歳までとする。」旨、嘱託手当(6条2項)は、従来「契約の都度決定する。」とされていたのに加えて、「転進支援制度選択者は月額20万円とする。」旨の規定が設けられる等の整備がされ、また、委嘱期間は「1か年とする。但し、業務の都合により更新することがある。」旨の規定(4条)は転進支援制度選択者の関係での改定はされず、当然に適用されるものとされていたものであり、上記改正規定や委嘱期間の規定を受けて、控訴人らと被控訴人間の非常勤嘱託契約の嘱託契約書においても、上記のとおり、有効期間は1年間とし、当事者双方の特段の意思表示がない限り控訴人らが満60歳に達する月の月末まで更新されると合意し、嘱託手当についても月額20万円と合意したものと認められる。したがって、非常勤嘱託契約の契約内容は、控訴人らが本件支援制度を選択する以前の平成10年4月時点で既に定められていた本件嘱託規程の内容に沿うものである上、控訴人ら自らが合意し、確認した嘱託契約書の記載内容を無視することは到底できない。他方、控訴人らが指摘する上記「非常勤嘱託契約を締結した場合には、月額20万円の手当を定年年齢まで支給します」の記載も、非常勤嘱託契約が締結された場合にその契約の効力として手当が支給される旨を記載したものであることが明かである。控訴人ら指摘の上記甲号各証の記載内容は、本件嘱託規程、嘱託契約書の記載内容と比較検討すると、非常勤嘱託契約が当事者双方の特段の意思表示がなく満60歳に達するまで更新される通常予想される場合に取得することができる手当の内容を記載したものと解することができる。〔中略〕本件支援制度に基づく非常勤嘱託契約による本件手当の支給は、退職の際の優遇措置の一つを定めたものではあるが、退職及びこれに伴う退職金の支給とは別個のもので、転進支援制度に基づく非常勤嘱託契約による給付であり、本件嘱託規程上も当初から有効期間を1年間としていたものであるから、上記認定判断を左右するものではない。
〔労働契約-労働契約の期間-労働契約の期間〕
〔解雇-短期労働契約の更新拒否(雇止め)-短期労働契約の更新拒否(雇止め)〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-信義則上の義務・忠実義務〕
 (1) 控訴人らは、〔中略〕本件嘱託規程及び嘱託契約書記載の条項は、被控訴人における一般の嘱託の地位にある者に関するものである等として有効期間1年の定め及び本件自動更新約定は、控訴人らに適用がない旨主張する。しかしながら、〔中略〕本件嘱託規程は、転進支援制度選択者も対象者としており、嘱託契約書もこれを前提に作成されているのであって、控訴人らの主張は理由がない。〔中略〕これら問い合わせ窓口である部署には嘱託契約書が備え置かれていたこと、控訴人らは、本件支援制度を選択した際、若しくは非常勤嘱託契約を締結した際、被控訴人から、非常勤嘱託契約が有効期間1年の定めであり、60歳まで更新され得る約定となっていることについての個別の説明は受けていなかったが、控訴人らにおいて、非常勤嘱託契約の内容に関して被控訴人に積極的に説明を求めたり、上記問い合わせ窓口を利用したりした者はいなかったことが認められる。〔中略〕控訴人らは、有効期間を1年間とし、当事者双方の特段の意思表示がない限り満60歳まで更新されると明記された嘱託契約書に自ら署名し、内容を確認しているが、その際、控訴人らから、これらの事項について異議や不服が述べられたことはなかった。これらの事情を考慮すると、被控訴人は、控訴人ら主張の事項に関して、殊更契約内容を隠したりしたものとは認められず、他方、控訴人らにおいて、非常勤嘱託契約締結時点では、その有効期間が1年であり、これが問題なく60歳まで更新されるものと考えていたと認められる。
 そうすると、被控訴人による説明義務違反、信義則違反、禁反言の法理違反との控訴人らの主張は、理由がない。〔中略〕非常勤嘱託契約の契約書には、期間満了の1か月前に被控訴人において特段の意思表示をした場合には契約の更新拒絶ができる旨規定されており、非常勤嘱託契約には、本件取扱規程、本件嘱託規程の適用があり、これらの規程には「事業の都合上やむを得ないと認められたとき」には、ニューライフ支援制度の適用の解除、嘱託を解職することができる旨規定しているのであるから、被控訴人は、「事業の都合上やむを得ない」事由が存在する場合には、期間満了1か月前までに特段の意思表示をすることにより、非常勤嘱託契約の更新を拒絶することができるものと解される。〔中略〕
〔労働契約-労働契約の期間-労働契約の期間〕
〔賃金-退職金-早期退職優遇制度〕
〔賃金-退職金-退職金の法的性質〕
 本件支援制度に基づく非常勤嘱託契約による手当は、退職に際しての優遇措置の一つを定めたものではあるが、退職金の支給とは別個のもので、非常勤嘱託契約に基づく給付であるから、退職金の延べ払いの性格を有するものではない。〔中略〕
〔労働契約-労働契約の期間-労働契約の期間〕
〔解雇-短期労働契約の更新拒否(雇止め)-短期労働契約の更新拒否(雇止め)〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-信義則上の義務・忠実義務〕
 ニューライフ支援制度の適用を解除する旨の条項である本件取扱規程6条〔4〕項の「就業規則第28条により解雇される場合」の適用に関しては、ニューライフ支援制度の取扱に関して制定された本件取扱規程の趣旨にかんがみれば、転進支援制度の適用を受けて退職せず被控訴人に継続して在籍している従業員の場合に限定的に適用されるものではなく、非常勤嘱託契約を締結した転進支援制度選択者についても、そのような解雇事由がある場合には転進支援制度の適用を解除することができる旨を定めたものと解するのが相当である(なお、本件取扱規程6条〔5〕項では、「その他前各号に準ずる程度の行為があった場合」と規定されており、仮に〔4〕項には該当しないとしても、〔5〕項には該当するものと解される。)。
 控訴人らは、本件嘱託規程についても控訴人らには適用がない旨主張するが、上記認定説示のとおり、本件嘱託規程は、転進支援制度選択者が非常勤嘱託契約を締結することに関連して改定整備された経過が認められ、控訴人らに解嘱について定めた9条の適用があることは明かである。