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ID番号 : 08451
事件名 : 過払給与返還請求事件
いわゆる事件名 :
争点 : 広島県が高校教諭らに対し、違法な有給取得について過払給分の不当利得返還を請求した事案(原告敗訴)
事案概要 : 広島県が、県立高校の教諭及び実習助手らに対し、いわゆる「破り年休」を利用して勤務時間中に職場を離脱し組合活動を行ったことにつき、当該勤務時間の給与額に相当する不当利得の返還を請求した事案である。
 広島地裁は、仮に職場離脱を有給休暇の行使とする旨の労使協定や、職場離脱を容認する旨の労使慣行等が存在したとしても、それらは法令や条例に反するものとして法的効力を肯定できないから、職場離脱時間に相当する給与等について法律上の原因なくして利得したとして、同教諭らは県に対して給与額相当の返還義務を負う、と判断した上で、一方、学校長等が正式に年次有給休暇を取得するよう指導するなどの職務を遂行し、公権力の行使に関する職務を怠らなければ、同教諭らは正式の年休を取得して本件職場離脱をしていたものと認められ、同教諭らは学校長等の職務懈怠の過失によって県から請求された過払給与額と同額の損害を被っているとして、教諭らによる国家賠償法1条に基づく同額の損害賠償請求権との相殺を認め、結局請求を棄却した。
参照法条 : 公務員法24条
国家賠償法1条
体系項目 : 賃金(民事)/賃金請求権の発生/争議行為・組合活動と賃金請求権
裁判年月日 : 2005年5月31日
裁判所名 : 広島地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成12(ワ)1734
裁判結果 : 請求棄却(控訴)
出典 : タイムズ1214号195頁
審級関係 :  
評釈論文 : 山田陽三・平成18年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊1245〕305~306頁2007年9月
判決理由 : 〔賃金-賃金請求権の発生-争議行為・組合活動と賃金請求権〕
 3 争点(1)(不当利得の成否)について
 (1) 前記認定のとおり、被告らは、有給休暇による場合、その他勤務しないことについて任命者の承認があった場合ではないにもかかわらず、本件各職場離脱をしたから、給与条例19条により、本件各職場離脱の時間に相当する給与等については法律上の原因なくして利得したといえる。したがって、被告らは、原告に対し、同給与等に相当する額の金銭の返還義務を負う。〔中略〕
 4 争点(2)(権利濫用又は不当労働行為の成否)について
 (1) 前記のとおり、県教委が平成11年9月から平成12年1月ころまでの間実施した本件調査は、職員に対し、職員団体の活動のために職場を離脱した時間の報告を求めるものであったこと、県教委は本件調査の結果に基づいて本件請求をしたこと、同請求の被告とされた者は高教組の組合活動に比較的熱心な者が多かったこと、県教委は、各学校長に対しては、口頭又は文書による訓告の処分にとどめたが、本件調査に回答しなかった職員に対しては、戒告処分に付したことが認められる。
 (2) しかし、県教委は、文教委員会において、委員から勤務時間中の組合活動について指摘を受けたことを契機に本件調査を開始したこと、前示のとおり、被告らの職場離脱行為は地方公務員法に違反するものであるから、その事実関係を調査し、離脱時間に相当する給与の返還を求めることは、その請求が認容されるか否かはともかくとして、むしろ県民の教育行政に対する信頼を回復、あるいは保持するために必要なことであったといえなくもないし、この点で県教委としての職務を果たすものであること、刑事責任の追及を目的としたものではない本件調査について、これが憲法38条1項に違反するということはできないこと、高教組の組合活動に比較的熱心な者であれば、同活動のために職場を離脱した時間も長時間に及ぶものとなっていること、学校長に対する訓告の対象行為と職員に対する戒告処分の対象行為は、その内容、性質からみて、処分が権衡を欠き不公平であるとは必ずしもいえないこと等の点にかんがみれば、前記(1)の各事実を考慮しても、本件調査や本件請求が、高教組の組合活動を抑圧する目的で行われた不当労働行為であり、かつ、権利の濫用であるとまでいうのは困難であり、他にこれを肯定するに足りる事実は証拠上認められない。したがって、この点に関する被告らの主張は採用できない。
 5 争点(3)(相殺の抗弁)について
 (1) 被告らに対する不法行為の成否
 ア 前記認定のとおり、被告らは、有給休暇を取得しないで本件職場離脱をした。そして、前記1(3)認定の事実からすれば、被告らの本件職場離脱当時の学校長又はその委任を受けた教頭は、当該被告らそれぞれから、高教組の会合出席のためとして、年休届の提出を受け、あるいは、口頭で年休を取得する旨を告げられ、正式な年休届の提出による有給休暇の取得をしないで職場を離脱するのを容認したことが推認される。しかし、正式な手続により年休を取得せず勤務時間中に職場を離脱して組合活動を行うことは、地方公務員法55条の2第6項に反する行為であるから、労務管理者たる学校長又はその委任を受けた教頭は、被告らに対し、上記の点を説明し、組合活動のため職場を離脱するのであれば正式な手続により有給休暇を取得するよう指導すべき義務があったというべきである。したがって、この義務を怠った点で、上記校長及び教頭には公権力の行使に関し過失があったといえる。
 イ 教育長は、教育委員会の指揮監督の下に、教育委員会の権限に属するすべての事務をつかさどる(地教行法17条1項)とともに、事務局の事務を統括し、所属の職員を指揮監督する(同法20条1項)。
 したがって、教育長は、教育行政を掌理する教育委員会の権限に属するすべての事務をつかさどる者として、県立学校の校長に対し、その職務を適法に遂行するよう指導、監督すべき業務を負っているといえる。ところが、前記アの法令に違反した職場離脱行為及び給与の支払がなされていたにもかかわらず、本件各職場離脱時の教育長は、同学校長に対し、これの是正をするよう指導、監督すべきであったといえるが、これを怠ったのであり、この点で、公権力の行使に関し、過失があったといえる。
 ウ 県教委の指導課長は、校務運営の指導を行う職務を担う地位にあり、また、県教委の教職員課長は、県立学校の教職員の勤務時間を管理する職務を担う地位にあるから、これらの両課長は、県立学校長に対し、本件職場離脱のような行為が違法である旨を教示し、教職員に対しそのような扱いが禁止されていることを周知徹底させるよう指導すべきであった。
 Bは、本件調査が対象とした期間である平成10年4月から平成11年8月までの間、県教委の指導課長又は教職員課長の地位にあった(この事実は弁論の全趣旨により明らかである。)ところ、学校長に対し上記のような指導をしなかったのであり(この点は原告も明らかに争っていない。)、この点で、公権力の行使に関し過失があったといえる。
 エ ところで、証拠(甲434)によれば、被告らは、別紙「有給休暇の残余日数と減額時間数との対比表」の「残余日数」欄記載の日数の年休を残していたことが認められ、また、被告らの本件各職場離脱の時間数が同対比表の「減額時間数」欄記載のとおりであったことは前記2(4)に認定のとおりである。そうであるとすると、学校長、教育長及びBが前記アないしウで判示したなすべき職務(各指導、監督行為)を遂行し、同判示にかかる公権力の行使に関する職務懈怠がなければ(同職務懈怠は、組織ぐるみの一体的なものであり、本件各職場離脱の期間を通じてなされた継続的な不作為を内容とする過失行為であったといえる。)、被告らは、正式の年休を取得して本件職場離脱をしていたものと推認されるから、同過失によって、本件訴訟で原告が被告らに請求する過払給与等の額と同額の損害を被ったといえる。したがって、被告らは、原告に対し、国賠法1条により、同額の損害賠償請求権を有する。
 (2) 被告らは、平成15年7月15日本件口頭弁論期日において、前記(1)の損害賠償請求権と原告の被告らに対する本訴請求債権とを対当額で相殺するとの意思表示をした。したがって、同本訴請求債権は消滅した。
 (3) 前記(1)の損害賠償請求について過失相殺をすべきかが一応問題となり得るところ、当事者からの主張がなくとも職権により過失相殺をすることができると解される(昭和43年(オ)第650号事件に関する昭和43年12月24日第3小法廷判決参照)けれども、本件は、同損害賠償請求権の債務者が地方公共団体たる県であり、その県が過失相殺を主張していないことにかんがみると、職権を行使してまで過失相殺をするのは相当でないと判断した。
 6 結論
 よって、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。