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ID番号 : 08454
事件名 : 損害賠償請求控訴事件
いわゆる事件名 :
争点 : 柔道整復師の診断書の作成費用を療養補償不支給とした労基署処分に対し損害賠償等を求めた事案(原告敗訴)
事案概要 : 患者の依頼に基づき柔道整復師が作成した本件診断書の作成費用が、労基署長により療養補償の支給対象とされなかったことに対し、同整復師自身が、国家賠償法1条に基づく損害賠償又は民法703条に基づく不当利得返還を求めた事案である。
 第一審の横浜地裁は、労基署長が医師・歯科医師の診断書に限り診断書の作成費用を支給しているのは労基署長の裁量を逸脱するものではないとして、柔道整復師の訴えを棄却した。
 控訴審の東京高裁は、柔道整復師が作成した診断書が労働者の障害の有無、程度を判断する上において参考資料となるとしても、医師・歯科医師の専門的判断に代わるとの法律上の根拠はないし、柔道整復師が行うことができる施術の範囲は、法律上、大きく限定されている上、柔道整復師が行う施術が労災保険の診療補償の対象となるには医師の同意を得ていることが必要とされていることに照らせば、法制度上、医師又は歯科医師の専門的判断と柔道整復師の専門的判断の間には明らかな差異が設けられているうえ、実際上の運用からして代替性もないから、労災保険制度において支給対象となるのは医師・歯科医師作成の診断書に限定しているのは不当ではないなどとして、損害賠償請求も不当利得金返還請求も斥け、控訴を棄却した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法13条2項3号,3項
労働者災害補償保険法施行規則14条の2第3項
国家賠償法1条1項民法703条
体系項目 : 労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/診断書作成費用
裁判年月日 : 2005年11月9日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ネ)3792
裁判結果 : 棄却(上告・上告受理申立て)
出典 : 訟務月報53巻3号823頁
審級関係 : 上告審/最高二小/平18. 3.17/平成18年(オ)245号等
一審/横浜地/平17. 7. 5/平成16年(ワ)2070号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-診断書作成費用〕
 1 争点(1)について
 (1) 前記争いのない事実等及び弁論の全趣旨によれば、労働者が労災保険法に基づいて保険給付を請求する場合は、次のように定められていることが認められる。
 ア 労働者が受けることのできる保険給付の内容は、労災保険法12条の8第1項の1号ないし7号に規定されているとおりであるが、そのうち、本件で問題となっている療養補償給付の内容については同法13条2項で、療養の給付に代わる療養の費用の支給については同法13条3項で、そして障害補償給付の内容については同法15条でそれぞれ定められている。
 そして、これらのうち、療養の給付に代わる療養の費用を支給することができる場合とは、療養の給付をすることが困難な場合その他労働省令で定める場合に限られていること(労災保険法13条3項)も明らかである。
 そこで、療養の給付に代わる療養の費用について支給することを求める者は、上記の要件に該当することを主張、立証する必要があると解される。
 イ 次に、労働者が障害補償給付の支給について請求する場合は、支給請求書に医師又は歯科医師の診断書を添付することが必要である(労災保険法施行規則14条の2第3項)。その趣旨とするところは、労働基準監督署長が、労働者に対する障害補償給付の要否、障害等級等の判断を適切にするために、医師又は歯科医師の専門的判断を求めることにしたものと解されるところであって、柔道整復師その他の医療関係者の意見ないし所見をもって、医師又は歯科医師の上記専門的判断に代えることができるとは定められておらず、そのように代えることができるとの運用がされているとも認められない。
 なるほど、労災保険法施行規則14条の2第3項では、必要があるときは、そのなおったときにおける障害の状態の立証に関するエックス線写真その他の資料を添えなければならないとも規定しているが、同規定があることで、医師又は歯科医師の診断書が不要とされるものとは解されないので(実際に、本件患者が障害補償給付の支給を請求したときも、医師又は歯科医師の診断書の添付が求められ、結局、D病院のC医師が作成した診断書〈証拠略〉を添付していることは前記第2の1(4)のとおりである。)、エックス線写真その他の資料を添付しなければならないと定められている趣旨は、請求者の側で、障害の状態を立証するのに必要な資料を提出しなければならないことが定められているにすぎず、上記の資料の提出があれば、医師又は歯科医師の診断書が不要となるものではない。
 そして、これらの診断書及び上記資料の中で、医師又は歯科医師の診断書の作成費用は療養の給付に代わる療養の費用として支給され(前記第2の3(1)アの本件通達)、柔道整復師の施術を行うに当たりレントゲン診断が行われた場合の費用も療養補償の対象として支給されること(労働基準局長の昭和41年3月22日付け基発第245号)とされているが、それ以外の資料の提出に係る費用については支給される根拠もなく、運用もされていないのである。
 (2) ところで、控訴人は、柔道整復師である控訴人が作成した本件診断書〈証拠略〉が、上記医師又は歯科医師の診断書に準じて取り扱われるべきものであり、仮に、そうではないとしても、上記の資料の提出に当たるということができるから、その作成費用は、療養の給付に代わる療養の費用として支給されるべきものであると主張する。
 しかし、控訴人が作成した本件診断書が、労働者の障害の有無、程度を判断する上において重要な資料の1つとなるであろうことは容易に推認することができるとしても、柔道整復師の作成した本件診断書をもって医師又は歯科医師の専門的判断に代わることができるとまで断定するだけの法律上の根拠は明らかでない。柔道整復師が行うことができる施術の範囲は、法律上、大きく限定されている上に(前記柔道整復師法16条、17条)、柔道整復師が行う施術が労災保険の診療補償の対象となるには医師の同意を得ていることが必要とされていること(医務局長及び保険局長連名の昭和31年7月11日付け医発第627号)に照らせば、法制度上、医師又は歯科医師の専門的判断と柔道整復師の専門的判断の間には明らかな差異が設けられていると解される。そして、実際上の運用からしても、柔道整復師の作成した診断書が、医師又は歯科医師の専門的判断に代えられているとも認められない(そうでなければ、本件患者が、本件診断書を添付した障害補償給付支給請求書〈証拠略〉を提出した際、更に医師又は歯科医師の診断書の添付が求められるはずがないのである。本件患者が、その後、D病院のC医師の診断書〈証拠略〉を提出していることは前記第2の1(4)に認定したとおりである。)。控訴人は、医師又は歯科医師の専門的判断と柔道整復師の専門的判断との間に差異はないと主張するようにも思われるが、以上、説示したところに照らして採ることができない。
 控訴人は、また、上記その他の資料の提出費用も、療養の給付に代わる療養の費用として支給されるべきであると主張する。しかし、労災保険法13条3項は、療養の費用として支給することができる場合を、療養の給付をすることが困難な場合その他労働省令で定める場合に限定しているのであるから、そのような規定の趣旨に照らし、控訴人の上記主張は採ることができない。なるほど、本件療養の費用の請求書に添付された本件診断書は、C医師が本件患者について障害の有無、程度を判断する上で、更に亀戸労働基準監督署長が同様の判断をする上で、1つの重要な参考資料として参照されたものと推認することができるが、それは一つの判断材料を提供しているものであって、重要な資料であるからといって、医師又は歯科医師の専門的意見、判断と同一視できるということにはならない。したがって、控訴人主張のとおり、医師又は歯科医師の診断書に準じて取り扱うべきであるとも認められない。〔中略〕
 2 争点(2)について
 上記1(3)に説示のとおりであるから、控訴人については、控訴人主張に係る損失が発生しているとは認めることができない。したがって、その余の点(被控訴人の不当利得の有無)について判断するまでもなく、控訴人の不当利得に基づく利得金返還請求も理由がない。