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ID番号 : 08467
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : 新国立劇場運営財団事件
争点 : 合唱団員が、雇い主である劇場に対し、出演契約の不更新を無効として地位保全と賃金支払を求めた事案
事案概要 : 国立劇場合唱団の団員が、劇場を相手取り、それまで締結・更新していた期間1年の出演契約の不更新を無効として、地位保全と賃金の支払いを求めた事案である。
 東京地裁は、1年間の出演基本契約を数回にわたり締結した劇場運営財団と合唱団メンバーとの関係は、メンバーが個別契約締結について諾否の自由をもち、音楽監督や指揮者との間に存する指揮監督関係や場所的・時間的拘束も業務の性質そのものに由来するものであって労働者性肯定の要素とみることはできず、業務の代替性がないことも労働者性肯定の要素とはいえず、専属性も認められず、又、報酬は労務対償的部分も一部存するが、全体としては労働者性を肯定するほどではないから、労働基準法の適用される労働契約関係であると認めることはできないとして、当該メンバーからの当該財団に対する労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び賃金支払の請求をいずれも棄却した。
参照法条 : 労働基準法9条
体系項目 : 労基法の基本原則(民事)/労働者/演奏楽団員
裁判年月日 : 2006年3月30日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ワ)4266
裁判結果 : 棄却(控訴)
出典 : タイムズ1241号110頁/労働判例918号55頁/労経速報1936号18頁
審級関係 : 控訴審/東京高/平19. 5.16/平成18年(ネ)2490号
評釈論文 : 根岸忠・労働法律旬報1649号81~86頁2007年6月10日大内伸哉・ジュリスト1333号141~145頁2007年4月15日國武英生・季刊労働法215号212~222頁2006年12月
判決理由 : 〔労基法の基本原則-労働者-演奏楽団員〕
 1 本件出演基本契約は労基法上の労働契約か(争点(1))
 (1) 労基法上、労働者とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいい(同法9条)、賃金とは、名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うものをいう(同法11条)とされているところ、同法の立法趣旨等からすると、この「労働者」とは、「使用者」との間の契約の形式を問わず、実質的に事業主の支配を受けてその規律の下に労務を提供し(指揮監督下の労働)、その対償として事業主から報酬を受ける者をいうと解すべきである。そして、指揮監督下の労働であるか否かの判断は、仕事の依頼や業務に従事すべき旨の指示等に対する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮監督の有無、場所的時間的拘束性の有無、代替性の有無等を、また労務対償性については報酬の性格を検討し、さらに、当該労務提供者の事業者性の有無、専属性の程度、その他の事情をも総合考慮して判断するのが相当である。〔中略〕
 ア 仕事依頼等の諾否の自由について〔中略〕
 これらの事情からすると、契約メンバーには、基本的には個別公演について出演契約を締結して出演するか否かの諾否の自由はあったというべきであり、個別公演の一部に出演しなかった契約メンバーに対して、被告が次シーズンの契約メンバー出演基本契約締結の申入れを行わないという扱いをしていたとしても(したがって、次シーズンも契約メンバーとして再契約を望むメンバーが事実上個別契約の締結に応ぜざるを得なかったとしても)、そのことをもって、諾否の自由がなかったとはいえない。
 イ 業務遂行上の指揮監督、時間的・場所的拘束性について〔中略〕
 しかし、これは被告が主張するように、そもそもオペラ公演というものが多人数の演奏・歌唱・演舞等により構築される集団的舞台芸術であり、オペラの合唱団パートとしてその一翼を担うという、契約メンバーの業務の特性から必然的に生じるものであって、そのような集団性から生じる指揮監督関係をもって直ちに、労働者性の判断指標となる労務提供における指揮監督と同視することはできない。公演、稽古における場所的・時間的拘束性も、同様に、オペラという舞台芸術の集団性から必然的に生じることがらであって、このことから直ちに指揮監督下の労務提供であることの根拠とすることはできない。〔中略〕
 ウ 代替性について
 契約メンバーの業務提供に代替性がないことは出演基本契約にも明記されている(前記(2)ア(イ)の【7】)。しかし、これはメンバーが一芸術家(歌手)として演奏(芸術表現)をするという業務内容の特性から当然に生じるものであり、これをもって契約メンバーの労働者性を示す指標とみることはできない。
 エ 専属性について
 契約メンバーが被告以外が主宰する公演に出演したり、教室を運営して生徒に教えたりすることは自由であって、音楽家としてのそのような活動が禁止されていないことは原告も認めるところである(むろん、個別出演契約を締結した以上、その稽古や公演の参加が義務づけられるから、出演公演の本番及び稽古に指定された時間に支障のない限度においてではあるが、前記イのとおり1日の拘束時間が3時間に止まる日も少なからずあることに照らすと、事実上の専属性も認められない。)。
 オ 労務対償性について〔中略〕
 これら事実からすると、合唱団メンバーの報酬には、主として拘束時間により定まる部分が含まれており、その意味では、報酬における労務対価性を完全には否定できない。しかし、メンバーの業務内容の中核は、公演本番に出演して歌唱を行うところにあり、稽古への参加はその業務遂行のための従たるものにすぎないと考えられ、本番出演料自体は、拘束時間とは関係なく出演回数1回当たりの定額で定められていることを考慮すると、合唱団メンバーの報酬全体としては、その労務対価性を肯定することはできない。
 カ 以上のとおり、出演基本契約を締結した被告と合唱団契約メンバーとの関係をみると、メンバーは個別契約締結について基本的には諾否の自由があり、音楽監督や指揮者との間に存する指揮監督関係や場所的・時間的拘束性は業務の性質そのものに由来するものであって、これを労働者性肯定の要素とみることはできず、業務の代替性がないことも労働者性肯定の要素とはいえず、専属性も認められず、また、報酬は労務対償的部分も一部存するが、全体としてはこれを肯定するには至らないのであって、これらを総合すると、原告が労働者であること、いいかえれば、原告と被告との関係が労基法の適用される労働契約関係であることを認めることはできず、他にこれを認めるべき証拠はない。
 2 結論
 本件において、原告は被告に対し労働契約上の権利を有することの確認を求め、かつ労働契約関係が存することを前提に、賃金たる金銭の給付を求めるところ、1において説示したとおり、原告と被告との間に労働契約関係を認めることができない以上、原告の上記請求は、その余について判断するまでもなく理由がないこととなる。