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ID番号 : 08468
事件名 : 遺族補償給付等不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 :
争点 : 携帯電話のトラブル対応業務従事者のホテルでの死亡事故につき遺族補償年金の支給を求めた事案(原告敗訴)
事案概要 : 携帯電話の復変調装置(MDE)のトラブル対応等に従事する労働者が出張先のホテルの1階床で死亡した事故につき、妻が、業務起因性を否定し遺族補償年金の不支給を決定した労基署長に対し、取消しを求めた事案である。
 第一審の福岡地裁は、当該労働者が福岡事務所の責任者的地位にあり、個別的苦情を一身に受けていたこと、時間外労働時間が、虚血性心疾患発症の3か月前から1か月前にかけて増加していること、出張業務が多かったことなどから、一連の業務により血管病変等をその自然経過を超えて増悪させて虚血性心疾患を発症させ、死に至らせたと認定し、請求を認容した。
 これに対し福岡高裁は、労働者が著しい疲労をもたらす特に過重な業務に従事していたとは認められず、出張先で勤務終了後に複数の飲食店で飲食を重ね、翌朝、ビル1階の床の上で死亡している事実にかんがみると、死因は飲酒に伴う凍死である可能性が極めて高いとして業務起因性を否定し、これを肯定した原判決を取り消し、請求を棄却した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法7条
労働者災害補償保険法施行規則35条
労働者災害補償保険法施行規則別表1の2第9号
体系項目 : 労働時間(民事)/労働時間の概念/体操
労働時間(民事)/労働時間の概念/歩行時間
裁判年月日 : 2006年4月7日
裁判所名 : 福岡高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成15行(コ)29
裁判結果 : 原判決取消(上告、上告受理申立()
出典 : タイムズ1226号120頁
審級関係 : 一審/福岡地/平15. 9.10/平成12年(行ウ)29号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働時間-労働時間の概念-体操〕
〔労働時間-労働時間の概念-歩行時間〕
 第3 当裁判所の判断
 当裁判所は、太朗には心臓の基礎疾患が存した可能性があると推測されるが、太朗が従事していた業務による精神的肉体的負荷は、上記存在した可能性が推測される基礎疾患を自然経過を超えて著しく増悪させる要因となりうる程度に過重であったとは認められない上、太朗は、発症前日からの多量の飲酒により泥酔状態に陥った後、暖房がされていないホテルビル1階のタイル張りの床面に横臥して就寝したことにより、急激な体温低下及び飲酒により拡張した血管の収縮が生じ、このため心血管にも収縮が生じたことから、不整脈、心室細動などによる心筋機能障害をきたし、凍死した可能性が高いことから、太朗の心筋機能障害の発症は、同人が従事した業務に起因するものと認めることはできないと考える。〔中略〕
 3 太朗の死因について
 前記認定のとおり、太朗の死体検案をした医師は、直接死因について、急性虚血性心疾患の疑いと診断し、死亡推定時刻を平成7年10月12日午前4時ころとしたが、他方、同医師は、上記直接死因については、正確なものではなく疑いに止まる旨説明しており、太朗の遺体については解剖がされておらず、急性虚血性心疾患を発症したことを具体的に示す所見は存在しないところである。また、死亡推定時刻についても、太朗の遺体には、死体検案時、死斑及び弱ないし中程度の死後硬直が出現し、口から泡を吹いていたことが認められるところ、死斑及び死後硬直は、死後2時間ないし3時間経過後に出現し、口から泡を吹く現象(生前に呼吸機能の重度障害による肺水腫を発症していたことによる)が認められるのは死後数時間経過後であるとする医学的知見に照らすと、太朗の死亡時刻は、同日午前2時ないし3時ころであると推定するのが相当である。
 そして、前記認定の太朗の遺体発見時における身体状況、殊に太朗に心血1ミリリットル中に2.69ミリグラムのアルコールが検出されており、上記血中アルコール濃度に照らすと、太朗は泥酔状態であったと認められること、さらに太朗が横臥していた場所の状況、同日午前0時ころから午前4時ころまでの大分市の気温に加え、アルコール摂取と低体温について、酩酊状態で外気温が摂氏15度ないし19度の場所に置かれると凍死することが確認されているところ、そのメカニズムは、アルコール摂取により拡張した皮膚血管からの体熱の発散が著しく高まる上、寒冷感覚の麻痺により対寒防止機能が低下し、体温低下が急速に進行して偶発性低体温症を発症し、身体の総合的な体温調節機能が失われて、ついには心室細動が頻発し、死亡に至るというものであるとの医学的知見が存する。
 以上を総合考慮すると、太朗の死因は、飲酒に伴う凍死である可能性が極めて高いと推測される。
 4 以上のとおりであるから、太朗が心筋機能障害を発症して死亡したことは、「その他業務に起因することの明らかな疾病」(労働基準法施行規則35条、別表第1の2、9号)に基づくものであるとは認められない。
 第4 結論
 よって、本件各処分はいずれも取り消されるべきであるとして、被控訴人の請求をいずれも認容した原判決は不当であるから、これを取り消して、被控訴人の請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。