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ID番号 : 08471
事件名 : 配転命令無効確認等請求控訴事件
いわゆる事件名 : ネスレ日本事件
争点 : 通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる配転命令が配転命令権の濫用に当たり無効であるとした事案(労働者勝訴)
事案概要 : Y社姫路工場に勤務するX1、X2に対してなされた配転命令は無効であるとして、配転先に勤務すべき雇用契約上の義務の不存在確認と配転命令後の賃金の支払いを求めた事案の控訴審判決である。
 第一審神戸地裁姫路支部は、YはX1らの個別の同意なしに転勤を命ずる権限を有するが、本件配転命令は、業務上の必要性に基づいてなされたにせよ、X1らに対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるもので、配転命令権の濫用に当たるとしてX1らの主張を認めた。
 第二審大阪高裁は、X1らが配転による不利益に関する書面を個別面談後に明らかにしたことについて、YはX1らの個別事情について事前に確認調査をせず、一律に配転を命令した後に事情聴取をするという方法をとり、また配転困難事情の申告についても期限を決めて通知したわけでもないことから、Y社が定めた異動期限及び異動できない場合の申出期限内になされたX1らの申出・主張は信義則に反するものではないとし、そのうえで、信義則が問題となるのは、使用者側が裏付け資料の提出を求めたにもかかわらず労働者が相当期間内に提出しないような場合であるとして、控訴を棄却した。
参照法条 : 労働基準法15条
民法623条
民法1条3項
育児介護休業法26条
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/信義則上の義務・忠実義務
配転・出向・転籍・派遣/配転命令の根拠/配転命令の根拠
配転・出向・転籍・派遣/配転命令権の濫用/配転命令権の濫用
裁判年月日 : 2006年4月14日
裁判所名 : 大阪高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ネ)1771
裁判結果 : 棄却(上告)
出典 : 労働判例915号60頁/労経速報1935号12頁
審級関係 : 一審/08410/神戸地姫路支/平17. 5. 9/平成15年(ワ)918号
評釈論文 : 村田毅之・労働法律旬報1648号64~68頁2007年5月25日
判決理由 : 〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令の根拠-配転命令の根拠〕
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令権の濫用-配転命令権の濫用〕
 当裁判所も、控訴人の当審補充主張を勘案しても、原判決と同様に、本件配転命令は被控訴人らに通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるもので、配転命令権の濫用にあたり、無効であって、被控訴人らは霞ヶ浦工場に勤務する雇用契約上の義務はなく、また、被控訴人らの賃金支払請求は原判決の認容した限度で理由があると判断する。〔中略〕
 「被控訴人らは、業務上の必要性があるか否かは、配転の対象となる労働者の受ける不利益との相関関係において判断されるべきであり、本件配転命令によって被控訴人らのように同居している家族に対する援助又は介護が困難になるという重大な損害の場合には、業務上の必要性は高度のものであることを要すると主張する。しかし、使用者は業務上の必要に応じその裁量により労働者の勤務場所を決定する権限があり、勤務場所を限定する合意がない場合においては、配転を命ずることはその権限の範囲内に属するというべきである。そして、当該配転命令が企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは業務上の必要性が肯定されるべきである。したがって、被控訴人らの主張は採用できない。」〔中略〕
 (ア) 被控訴人甲野の妻春子は、本件配転命令当時、非定型精神病に罹患していたところ、非定型精神病は、医学事典(〈証拠略〉)によれば、発病は急激であるが、予後は比較的良好とされる病気で、精神障害者がその障害を克服して社会復帰をし、自立と社会経済活動への参加をしようとする努力に対し、協力することは国民の義務とされる(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律3条)ことをも考慮すれば、配偶者たる被控訴人甲野は、春子を肉体的、精神的に支え、病状の改善のために努力すべき義務を当然負っていたというべきである。〔中略〕
 (オ) したがって、本件配転命令が被控訴人甲野に与える不利益は非常に大きいものであったと評価できる。〔中略〕
 (エ) そうすると、被控訴人乙山が本件配転命令による転勤として単身赴任した場合には、被控訴人乙山が主として行っていた夜間の松子の行動の見守りや介助及び援助は、竹子が行わざるを得なくなることになる。松子の行動の見守りや介助は、昼間も常時必要であるため竹子が担当しているから、被控訴人乙山が単身赴任した場合には一日中見守り行為及び各種の補助をしなければならないことになり、実際上不可能である。これについては、ある程度は介護保険によるサービスで賄うことが可能と解されるが十分とは考えられない上、その場合には相当額の費用負担も必要となる。
 (オ) 他方、松子が老齢であって、新たな土地で新たな生活に慣れることは一般的に難しいことを考慮すると、被控訴人乙山と同行して転居することは、かなり困難であったことは明らかである。」〔中略〕
 「控訴人は、このような判断は、企業内の実情を知らず、経営に責任を持たない裁判所が判断すること自体失当であると主張するが、少なくとも改正育児介護休業法26条の配慮の関係では、本件配転命令による被控訴人らの不利益を軽減するために採り得る代替策の検討として、工場内配転の可能性を探るのは当然のことである。裁判所が企業内の実情を知らないというのであれば、控訴人は、具体的な資料を示して、工場内では配転の余地がないことあるいは他の従業員に対して希望退職を募集した場合にどのような不都合があるのかを具体的に主張立証すべきであるのに、抽象的に人員が余剰であると述べるだけで済ませ、経営権への干渉であるかのようにいうことの方が失当というべきで、前記の判断を左右するに足りない。」
〔労働契約-労働契約上の権利義務-信義則上の義務・忠実義務〕
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令権の濫用-配転命令権の濫用〕
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令の根拠-配転命令の根拠〕
 控訴人は本件配転命令において事前に対象となる従業員の個別事情について確認調査することなく、一律に配転を命じた上で事後的に事情聴取をするという方法を取ったもので、その際に、転勤が困難である事情についての申告期限を特に決めて通知したわけでもないのであって、人事異動が緊急を要するにしても、控訴人自身において、異動の期限を平成15年6月23日と定め、また異動ができない場合には同年5月23日までに申し出るように表明しているのであるから、その申出期限内に書面でなされた被控訴人らの転勤困難の申出や具体的な事情の主張が信義則に反すると解すべき理由はない。
 確かに、個別面談は、その行われた時期からいって、転勤を困難とする事情について従業員側から聴取するためのものであったと考えられるが、転勤を困難にする事情は人によって異なり、一義的に判断できる資料があるわけではないから、個人面談において申し出がなされても引き続き調査が必要になることも多いと考えられ、申出や資料提出が個人面談後になされたとしても、それだけで手続全体が大きく遅延するというものでもないと考えられる。
 また、判断の対象となるのが個人の家庭内の事情であって、使用者側の調査が困難であり、裏付けとなる資料の提出も必要であるとしても、どのような裏付けが必要かは千差万別であるから、個別の事案において、使用者側でこのような点を裏付ける資料を提出するように求めたにもかかわらず、相当期間内に労働者側がその資料を提出しないというような場合に初めて信義則が問題になると考えられる。
 しかるに、B課長の陳述書(〈証拠略〉)及びB証人の証言によっても、被控訴人甲野及び被控訴人乙山はそれぞれ妻が病気であること、母親が年配であることを述べ、転勤が困難であると悩んでいることを窺わせる事情を述べているにもかかわらず、B課長の方は具体的な事情を聴取し裏付けを求めるようなこともしていないのである。それにもかかわらず、被控訴人らが同面談で積極的に申出や資料提出をしなかったとして、その後文書で、被控訴人甲野において、妻が非定型精神病であり、母が高齢であること等を理由に転勤が困難であるとの趣旨で姫路工場にとどまりたいと申し入れ、被控訴人乙山において、母親が要介護2と認定されており妻による介護が必要であること、見知らぬ土地へ行けば症状が悪化すること等を告げて、配転命令について再考を求めているのに、それを信義則に反するとして無視するのは明らかに不当である。控訴人の主張は採用できない。」〔中略〕
 「控訴人はこの点の判断を非難するが、仮に転勤者の中に被控訴人らより大きな不利益を受ける者がいたとしても、それによって、直ちに、そのような大きな不利益が通常甘受すべきものとなるわけでもないし、被控訴人らにおいて自らの著しい不利益を甘受しなければならないものでもないから、この点も結論を左右し得るものではない。」
 3 したがって、本件配転命令は被控訴人らに通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるもので、配転命令権の濫用にあたり、無効であって、被控訴人らは霞ヶ浦工場に勤務する雇用契約上の義務はなく、また、被控訴人らの賃金支払請求は原判決の認容した限度で理由がある。よって、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は棄却すべきであるから、主文のとおり判決する。