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ID番号 : 08477
事件名 : 損害賠償請求控訴事件(5332号)、同附帯控訴事件(200号)
いわゆる事件名 :
争点 : 強盗殺人事件で殺されたリサイクルショップ店長の遺族が、使用者の安全配慮義務違反による損害賠償を請求した事案
事案概要 : リサイクルショップ店内で発生した強盗殺人事件によって被害者Aが犯人に殺害されたのは、従業員の増員や安全教育等を怠った使用者の安全配慮義務違反によるものとの理由に基づき、被害者Aの遺族が損害賠償を請求した事案である。
 第一審さいたま地裁越谷支部は、使用者の安全配慮義務違反を認め、この義務が履行された場合の結果回避可能性を3分の1とし、この割合に応じて使用者の損害賠償額を算定した。
 これに対し、雇用主が控訴し、第二審の東京高裁は、夜間店舗荒らし等の被害の発生は十分予見し得たことであり、これに対して従業員の安全を確保するための十分な人員の配置などの措置がなされていなかったことは控訴人Xらの安全配慮義務の不履行によるものといえ、この事故によって被害を被った者に対し損害を賠償すべき義務があるとして控訴人Xらの請求を棄却した。
参照法条 : 民法415条
民法623条
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 : 2006年5月10日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ネ)5332
裁判結果 : 控訴棄却、附帯控訴変更(上告受理申立)
出典 : 時報1941号168頁/タイムズ1213号178頁
審級関係 : 一審/さいたま地越谷支/平17.10. 7/平成16年(ワ)45号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 使用者は、労働者に対する報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提供のため設置する場所、設備若しくは器具等を使用し又は使用者の指示の下に労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っているものと解するのが相当であり、その具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであるところ(昭和五九年判決参照)、前記〔1〕のような春日部本店の立地状況、特に夜間の状況、同店に所在する現金や商品の価値、同店の安全管理状況、特に従業員出入口の施錠が通常はされていなかったこと、安全管理に関する控訴人らの従業員に対する指示や指導がほとんどされていなかったことに加え、一般に知られている昨今の犯罪状況、特に夜間店舗荒らし等の被害が少なからず発生していたことなどに照らすと、控訴人甲野の春日部本店においても夜間店舗荒らし等の被害に遭う可能性があること、そして、その際に従業員と犯人が顔を合わせると犯人が凶悪な行動に出て従業員に危難が及ぶ危険性が高いことは、本件の強盗殺人事件の発生前においても、控訴人らにおいてその危険性を予見し得たものというべきである。〔中略〕
 〔3〕 控訴人らは、強盗侵入の予見可能性について、一郎の担当していた業務の性質や、春日部本店に所在する現金や商品の価値、戊田らの犯行の可能性をうかがわせるに足りる本件事件前の客観的状況の有無などを検討することなく、『昨今の犯罪状況』なる一般的、抽象的な事由をもって直ちに控訴人らの予見可能性を肯定することはできない旨主張する。
 しかしながら、本件においては、前記のとおり、本件事件の被害者である一郎は、夜間でも国道四号線沿いの通行はかなりあるものの、裏手は住宅地で夜間は人目も少ない場所に位置する春日部本店内において業務に従事していたものであって、同店舗内には一〇数万円の取扱商品が置いてあり、二〇万円から三〇万円の現金が保管されており(小売店舗であり、従業員が同店舗に残っている以上、一般的に一定金額の現金を保管していることが予想されるものであるし、本件においては、本件事件の加害者である戊田は同店のアルバイト店員であってこれを認識していた。)、本件事件当時には、金融機関や高価品を取り扱う店舗のみならず、コンビニエンスストア等における強盗事件等も発生しており、深夜の小売店舗での業務はそれ自体強盗の被害に遭うリスクがあることが認識されていたこと、本件当時同店では、従業員用出入口は店の裏手駐車場側にあり、通常無施錠であって、来客や部外者が出入りすることも度々あって、従業員を始めかなりの者がそこが通常無施錠であることを知っていたこと(控訴人らは、この点につき事実誤認であると主張するが、乙野作成の陳述書(甲一一)によれば、『この出入口は店内に人がいる間は常時鍵がかかっておらず、店の営業時間中も、お客様が間違ってこの出入口から出入りすることもよくありました。ですから、従業員だった戊田だけでなく、多くのお客様がこの出入口から店内には入れることを知っていたはずです。』との記載があること、検証調書(乙一)によれば、春日部本店の裏側(東側)にも駐車場があり、そこからは国道に近い北西側の出入口よりも従業員出入口の方が近いため、従業員出入口が開いていればそこから出入りすることが十分考えられ、上記記載を裏付けていることに照らし、採用できない。)に照らすと、本件事件当時一郎の遂行していた業務は、強盗犯による生命、身体に対する侵害の危険性を内包するとともに、強盗犯による生命、身体に対する具体的な危険性を有しており、かつ、かかる危険が使用者にとって十分に管理可能であったことを認めることができるものである。
 控訴人らは、本件事件当時、一郎が従事していた業務は、レイアウト変更の手伝いという日常的なものであり、それ自体に危険性を内包するものではなかったとも主張するが、この業務内容自体には危険性がなくても、上記のように夜間に付近の人通りも少ない店舗内で出入口の施錠をしない状態で作業を行うことについて危険性があることは否定できない。
 控訴人らは、業務遂行上、閉店後も従業員出入口を開放しておく事情があり、常に開放の際の監視要員を配置することは控訴人らに難きを強いることになるとも主張するが、それ自体犯罪被害に対する無防備を正当化する理由とすることはできないものであることに加え、被控訴人花子本人は、事前に控訴人らの本部に電話であらかじめ依頼した上、一郎の一周忌の同じ時間帯である午後九時過ぎに線香と花を持って春日部本店に出向いたところ、従業員出入口は施錠されていたことが認められるから、これ自体は本件事故があってからの措置とはいえ、施錠をすることがそれほど困難であったということもできない。そして、春日部本店の業務遂行上、閉店後も従業員出入口を開放しておく事情があったのであれば、従業員の安全を確保するため、施錠に代わる方策として、出入口に監視する人員を置き、店内に相応の人員を配置するなどの方策を執るべき義務があったものというべきである。〔中略〕
 〔4〕 上記認定の事実関係に照らすと、控訴人らには、一郎に対する上記安全配慮義務の不履行があったものといわなければならず、かつ、控訴人らにおいて上記のような安全配慮義務を履行していれば、本件のような一郎の殺害という事故の発生を未然に防止し得たというべきであるから、上記事故は、控訴人らの上記安全配慮義務の不履行によって発生したものということができ、控訴人らは、上記事故によって被害を被った者に対しその損害を賠償すべき義務があるものといわざるを得ない。
 原判決は、本件の強盗殺人等の事件については、戊田らの強固な意志に加えて、上記戊田が共犯者の甲田と互いに弱みを見せないように張り合った部分も窺えるとしているが、本件事件は、侵入を発見された盗犯が従業員を殺害したという典型的な強盗殺人事件であって、控訴人らはこれを予見することが可能であった上、前記のような安全配慮のための方策を執っていれば、これを防止することができたものといえるから、安全対策による結果回避の可能性の割合を限定すべき理由を見出すことはできない。この点に関する原判決の判断は相当とはいえない。