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ID番号 : 08489
事件名 : 退職金等請求事件
いわゆる事件名 :
争点 : 死体遺棄罪による逮捕・起訴で懲戒解雇された元従業員が慰謝料等と年金支給を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 : ビル関連設備・システムのメンテナンス及び管理を業とする会社の従業員が死体遺棄罪の容疑で逮捕・起訴されたこと(本件刑事事件)に関し、就業規則所定の「刑罰にふれる行為があって、社員としての体面を著しく汚したとき」に該当するとして懲戒解雇されたことにつき、従業員が慰謝料等の支払と年金の支給を求めた事案である。
 東京地裁は、本件刑事事件は悪質であり、従業員は有罪の確定判決を受けていること、従業員は管理職であり、本件刑事事件が職場に少なからぬ影響を与えたこと、本件刑事事件は繰り返し報道され、顧客や取引先に知られるところとなったことなどから、懲戒解雇事由に該当し、懲戒権濫用も認められないとして懲戒解雇を有効とした。また、年金規則上の「懲戒解雇の場合も、事情によっては所定額の2分の1の範囲内において年金を支給することがある」旨の規定されていても、刑事事件を引き起こした元従業員の背信性は高く、年金を一切支給しないとした処分が裁量権を逸脱した違法なものとまでいうことはできないとして、退職年金の支払請求も棄却した。
参照法条 : 労働基準法11条
労働基準法18条の2
民法709条
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇/懲戒権の濫用/懲戒権の濫用
懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/信用失墜
裁判年月日 : 2006年5月31日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ワ)17022
裁判結果 : 棄却(控訴)
出典 : 時報1938号169頁/タイムズ1224号248頁
審級関係 :  
評釈論文 : 本多幸嗣・平成18年度主要民事判例解説〔判例タイムズ臨時増刊1245〕291~292頁2007年9月
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用-懲戒権の濫用〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-信用失墜〕
 (3) 本件懲戒解雇の有効性についての判断
 ア 被告は、原告が本件刑事事件を起こしたことを理由に本件懲戒解雇に及んでいるが、原告は、本件刑事事件は原告の就労時の行為ではなく、被告の就業規則一条は「本規則は、当社社員の就業に関する事項を定める」と規定していることからも明らかなとおり、就労時でない原告の行為を捉えて懲戒解雇することはできないと主張する。
 確かに、被告の就業規則は社員の就業に関する事項を定めると規定しているが、社員の就労時以外の行為を捉えて社員を懲戒解雇することはできると解するのが相当である。なぜなら、会社は営利を目的とする存在であるところ、当該会社の名誉、信用その他の社会的評価を維持することは会社の存立ないしは事業の運営にとって必要不可欠であり、会社の社会的評価に重大な悪影響を及ぼすような社員の行為については、当該行為が職務の遂行と直接関係のない私生活上のものであっても、会社は懲戒解雇の処分をもって臨むのが相当であるからである。このようなこともあって、被告の就業規則八六条一六号は、「刑罰にふれる行為があって、社員としての体面を著しく汚したとき」には当該社員は懲戒解雇となる旨規定している。すなわち、前記規定の趣旨は、社員が刑罰にふれる行為を行うことにより、〔1〕他の社員に心理的動揺を与え、職場のモラルや従業員の士気を乱して企業秩序に悪影響を及ぼしたり、〔2〕そのような社員との雇用関係を継続していくことは会社の信用や名誉を毀損するため、企業にとってもはや雇用関係をこのまま維持していくことが困難であると考えられる場合があるからである。
 以上によれば、社員の就労時以外の行為であっても、「刑罰にふれる行為があって、社員としての体面を著しく汚したとき」には当該行為を行った社員に対する懲戒解雇は有効であると解するのが相当である。問題は、どういう事情が存在する場合に、前記要件を満たすといえるかである。この点については、「刑罰にふれる行為」の性質、情状のほか、会社の種類・態様、社員の会社における地位等を総合的に判断し、当該「刑罰にふれる行為」のために「社員としての体面を著しく汚した」と客観的に評価される程度に至っているか否かによって決するのが相当である。〔中略〕
 (エ) 以上のような事情を考慮すると、原告の起こした本件刑事事件により、被告の社会的な名誉と信用は相当程度傷つけられ、被告の企業秩序は乱れたということができ、かかる原告の行為は、被告の就業規則八六条一六号に規定する「刑罰にふれる行為があって、社員としての体面を著しく汚したとき」に該当するということができる。
 (オ) 確かに、原告は、本件刑事事件を起こすまでは、非違行為等で被告から処分されたことはなく、被告に入社以来約二七年間にわたり勤続し、その間、被告の昇降機保守に関する技術開発、品質管理等の部門において活躍し、その功績が認められ、その結果、感謝状、表彰状を授与されたり、参事にまで昇進したことは認められるが(前記争いのない事実等(1)イ、同(3)、弁論の全趣旨)、これら原告に有利な事情を考慮してもなお、原告の犯した本件刑事事件の罪責は重く、原告を懲戒解雇した処分が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとまではいうことはできず、懲戒解雇権の濫用があったということはできない。よって、本件懲戒解雇は有効というべきである。
 ウ ところで、被告の年金規則一一条によれば、「懲戒解雇の場合は、第二条の規定(年金受領資格者の要件について規定)にかかわらず年金受給資格はなくなるものとする」旨規定しているところ、前記のとおり、本件懲戒解雇が有効な本件にあっては、原告の被告に対する退職年金の支払請求は理由がないということになる。
 エ なお、被告の年金規則一一条によれば、「懲戒解雇の場合は、第二条の規定(年金受領資格者の要件について規定)にかかわらず年金受給資格はなくなるものとする。ただし、事情によっては所定額の二分の一の範囲内において、特に年金または一時金を支給することがある」旨規定しているところ、原告は、一貫して、本件懲戒解雇は無効であることを前提に、退職時の年金全額の請求をしており、予備的に、被告の年金規則一一条但書きを適用し、所定額の二分の一の範囲において年金の支給を求めてはいないように理解するのが相当と思われる。しかし、仮に、前記主張がされていると善解することができるとしても、その主張は、次のとおり、理由がないというべきである。
 確かに、原告は、本件刑事事件を起こすまでは、非違行為等で被告から処分されたことはなく、被告に入社以来約二七年間にわたり勤続し、その間、被告の昇降機保守に関する技術開発、品質管理等の部門において活躍し、その功績が認められ、その結果、感謝状、表彰状を授与されたり、参事にまで昇進しており(前記イ(オ))、加えて、被告の年金には賃金の後払い的要素も有しているなど原告に有利な事情も存在する。しかし、前記イの(ア)ないし(エ)によれば、〔1〕本件刑事事件は、実父の遺体を箱に詰めた上、約四か月間、自宅のベランダに放置した事案であり、原告は、これにより、懲役二年執行猶予三年の刑に処せられていること、〔2〕原告は、本件刑事事件を引き起こした当時、管理職の地位にあり、職場に与えた影響は少なからぬものがあったこと、〔3〕本件刑事事件は、メディアにより、事件の内容とともに原告の実名、住所が報道されたため、原告が被告社員であることを知る取引先や顧客ないし関係者は、被告をこのような不可解な犯罪を犯した人間が勤務していた会社として認識することになり、被告の信用が毀損されたことなど原告のこれまでの長年の勤続の功労を否定する事情も存在する。これらの諸事情を勘案すると、本件刑事事件を引き起こした原告の背信性は高く、被告において年金規則一一条但書きを適用することなく年金を一切支給しないとした処分が、過酷すぎてその裁量権を逸脱した違法なものとまでいうことは困難というべきである。
 二 本件懲戒解雇の無効・違法の存否(争点二)
 原告は、本件懲戒解雇は無効かつ違法であることを根拠に、不法行為に基づき、被告に対し、損害賠償請求をする。しかし、前記一で判断したとおり、本件懲戒解雇は有効である。したがって、原告の不法行為に基づく請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。