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ID番号 : 08499
事件名 : 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 : トンネルじん肺東京訴訟第一審判決
争点 : 通称「トンネルじん肺訴訟」において、患者・遺族が国に対し慰謝料等の支払を求めた事案(原告一部勝訴)
事案概要 : 通称「トンネルじん肺訴訟」といわれるもののうちの東京訴訟第一審判決である。本件じん肺に罹患したのは、〔1〕国のトンネル建設工事についての規制権限(省令制定権限、行政指導権限及び監督権限)行使義務違反、〔2〕トンネル建設工事の発注者としての国の安全配慮義務違反あるいは民法716条ただし書に基づく不法行為によるものであると主張して、患者と死亡患者の遺族が、国に対し慰謝料等の支払を求めた事案である。
 東京地裁は、〔1〕の責任について、湿式削岩機と防塵マスク使用の重畳的義務付け、粉塵濃度測定及びそれに対する評価の義務付けなどの省令を制定し、また監督権限を行使すべきなのにしなかったのは著しく合理性を欠き、国家賠償法1条1項の適用上、昭和61年末ごろから違法が生じていたとして、国は右時点以降にじん肺を発症させる程度の粉じんに暴露したと認められない者を除いた右患者ら及びその遺族に対して慰謝料の支払義務を負うと判断した。
 〔2〕については、〔1〕で認定済みの損害賠償が認められる患者らについては、安全配慮義務違反の成否について事実認定を行う必要はなく、〔1〕の損害賠償が認められない患者らについては、当該患者らが従事していた工事における個別の事情についての主張、証拠がなく、国の安全配慮義務違反も不法行為も判断不能とした。
参照法条 : 国家賠償法1条1項
民法415条
民法716条
体系項目 : 労基法の基本原則(民事)/国に対する損害賠償請求/国に対する損害賠償請求
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 : 2006年7月7日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成14(ワ)25458
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 時報1940号3頁/タイムズ1221号106頁
審級関係 :  
評釈論文 : 下山憲治・判例評論583〔判例時報1971〕184~190頁2007年9月1日山下登志夫、岩城邦治、須納瀬学、阿部潔・労働法律旬報1645号6~57頁2007年4月10日須納瀬学・季刊労働者の権利267号63~70頁2006年10月
判決理由 : 〔労基法の基本原則-国に対する損害賠償請求-国に対する損害賠償請求〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 エ 〔中略〕昭和六一年末ころには、被告にとっては、従来から行われてきた粉じん則による規制、事業者に対する行政指導による監督、指導のみでは足りず、これに加えて、粉じん障害防止対策として、適時かつ適切な措置を講ずべき義務が生じており、その裁量の幅はなくなっていたというべきである。
 そうすると、労働大臣は、昭和六一年末ころには、〔1〕湿式さく岩機と防じんマスク使用を重畳的に義務付けること、〔2〕NATM工法の標準化及び普及に伴い、コンクリート吹付作業時等のエアライン・マスクの使用を義務付けること、〔3〕粉じん濃度測定及びそれに対する評価を義務付けることを各内容とする省令を制定をすべきであるにもかかわらず、これを怠ったというべきである。
 また、上記各省令を制定した上、上記各省令に基づき安衛法ないしじん肺法に基づく監督権限を適切に行使し、上記各省令で規定されたじん肺対策の速やかな普及・実施を図るべきであったにもかかわらず、上記各省令に基づく監督権限を適切に行使しなかった監督義務違反があるというべきである。そして、上記各規制権限が昭和六一年末ころにおいて適切に行使されていれば、トンネル建設工事における作業のうち、粉じんが大量に発生する作業につき、トンネル建設工事に従事する労働者の粉じん暴露を抑制する対策を講じることができ、その後の上記労働者の粉じん被害の発生、拡大を相当程度防止することができたというべきである。
 オ したがって、粉じん作業であるトンネル建設工事について、事業者に対し、上記省令制定権限及びこれに基づく監督権限を行使することを怠り、その結果、粉じん被害の発生及び拡大の防止が遅れたことにかんがみると、昭和六一年末には、労働大臣等が付与された権限を行使しなかったことは、粉じん作業に従事する労働者の生命、身体に対する危害を防止し、その健康を確保するため、省令制定権限を労働大臣に、また、監督権限を労働大臣を含む労働基準監督機関にそれぞれ付与した旧労基法、安衛法及びじん肺法の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、その許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くものとして、国賠法一条一項の適用上、違法となっていたものである。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 以上によれば、上記被告が主張するように、「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係」を、当事者間に、「雇用契約ないしこれに準ずる法律関係」が存在し、かつ、「直接具体的な労務の支配管理性が存在する法律関係」が認められる場合に限定されるとまでは解することはできず、上記場合以外の法律関係においても、上記安全配慮義務違反が認められる場合があり得ると解するのが相当である。
 そして、原告ら主張のように、トンネル建設工事の発注内容に、建設工事現場の作業環境に対して直接指揮監督するのと同視し得るような具体的な内容が含まれているとすれば、被告が発注者にすぎないことをもって、直ちに本件じん肺患者に対する安全配慮義務を負わないと結論付けることはできない。〔中略〕
 本件において、原告らが主張する被告の安全配慮義務とは、トンネル建設工事を発注した被告の、建設工事現場の労働者に対する安全配慮義務である。したがって、上記第二の規制権限行使義務違反とは異なり、本件じん肺患者各自に対応する被告発注に係る個別の建設工事ごとの判断が必要となるものといわざるを得ないから、その限りにおいて、被告の主張は理由がある。
 (4) そして、原告らの主張する上記〔1〕ないし〔7〕の安全配慮義務及びその義務違反について検討するに際しては、被告に、本件じん肺患者各自に対し個別に上記安全配慮義務違反に基づく損害賠償義務を課すか否かを判断するものであることからすると、本件じん肺患者各自が就労してきた被告発注に係るトンネル建設工事につき、個別に工事請負契約、共通仕様書、特記仕様書及び施工計画書等の内容、監督職員の具体的対応等を検討する必要があるといえる。
 すなわち、個別に工事請負契約、共通仕様書、特記仕様書及び施工計画書等の内容、監督職員の具体的対応等を検討した上で、さらに、〔1〕については、工期の内容を、〔2〕については、NATM工法、タイヤ工法等の採用・指定の有無を、〔3〕については、積算基準等中の「安全費」の内容を検討するなど、〔1〕ないし〔7〕の安全配慮義務及びその義務違反の有無を工事ごとに個別具体的に判断する必要がある。〔中略〕
 原告戊本及び原告甲沢らが就労した被告発注に係るトンネル建設工事については、いずれも工事請負契約、共通仕様書、特記仕様書及び施工計画書等の内容、監督職員の具体的対応等について主張がなく、また、それを認めるに足りる証拠も存しない。
 以上によれば、原告戊本及び原告甲沢らについて、原告らが主張する上記〔1〕ないし〔7〕の安全配慮義務及びその義務違反があったと判断することはできず、同原告らの主張は採用できない(このように、安全配慮義務違反に基づき被告の責任を追及するには、具体的な主張、立証上の困難さがあるといわざるを得ない。)。〔中略〕
 原告らが主張する上記〔1〕ないし〔7〕の注意義務及びその義務違反の有無について検討するに際しては、被告に本件じん肺患者各自に対し上記注意義務違反に基づく損害賠償義務を課すか否かを判断するものであることからすると、安全配慮義務及びその義務違反の有無を検討する場合と同様に、本件じん肺患者ら各自が就労してきた被告発注に係るトンネル建設工事につき、個別に工事請負契約、共通仕様書、特記仕様書及び施工計画書等の内容、監督職員の具体的対応等を検討する必要があるといえる。
 すなわち、個別に工事請負契約、共通仕様書、特記仕様書及び施工計画書等の内容、監督職員の具体的対応等を検討した上で、さらに、〔1〕については、工期の内容を、〔2〕については、NATM工法、タイヤ工法等の採用・指定の有無を、〔3〕については、積算基準等中の「安全費」の内容を検討するなど、上記〔1〕ないし〔7〕の注意義務及びその義務違反の有無を判断する必要がある。
 (4) 〔中略〕
 原告戊本及び原告甲沢らの就労した被告発注に係るトンネル建設工事は、上記第三の三(3)のとおりであるところ、上記原告戊本及び原告甲沢らが就労した被告発注に係るトンネル建設工事については、いずれも工事請負契約、共通仕様書、特記仕様書及び施工計画書等の内容、監督職員の具体的対応等について主張がなく、また、それを認めるに足りる証拠も存しない。
 以上によれば、原告戊本及び原告甲沢らについて、原告らが主張する上記〔1〕ないし〔7〕の注意義務及びその義務違反があったと判断することはできず、同原告らの主張は採用できない(このように、民法七一六条ただし書に基づき被告の責任を追及するには、安全配慮義務違反に基づく場合と同様の、具体的な主張、立証上の困難さがあるといわざるを得ない。)。