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ID番号 : 08504
事件名 : 遺族補償給付不支給処分取消等請求事件
いわゆる事件名 : 加古川労基署(保育士過労自殺労災)事件
争点 : 無認可保育所の保育士の退職後の自殺を労災として、遺族らが遺族補償年金等を求めた事案(原告勝訴)
事案概要 : 無認可保育所の保母が心身症的疾患と診断され、退職後療養中、自殺したことが労災に当たるとして、遺族らが遺族補償年金及び葬祭料の支払を請求したところ、不支給となった処分の取消しを求めた事案である。
 東京地裁は、人手不足の幼児園で多忙を極め、経験が浅いにもかかわらず責任者となるべく指示を受け極めて大きな精神的負荷を与えられて適応障害を発症して退職した保育士が、その約1か月後に行った自殺は、業務に起因して精神障害に罹患し、その状態のまま自殺に至ったものと認めるのが相当であるとして、業務起因性が認められると判断した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法7条
労働者災害補償保険法12条の2の2
労働者災害補償保険法16条
労働者災害補償保険法16条の6
労働者災害補償保険法17条
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性
労災補償・労災保険/業務上・外認定/自殺
裁判年月日 : 2006年9月4日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17行(ウ)268
裁判結果 : 認容(確定)
出典 : 時報1953号162頁/タイムズ1229号91頁/労働判例924号32頁/労経速報1951号3頁
審級関係 :  
評釈論文 : 岡正俊・経営法曹153号24~43頁2007年6月上原紀美子・労働法律旬報1647号48~53頁2007年5月10日
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕
 キ 小括
 以上の検討結果によれば、春子は、保母としての経験が浅かったのに、丁川園で課せられた業務内容は極めて過酷なものであったというべきである。かかる丁川園での過酷な業務に加え、春子に対し、本件二月七日指示及び園児送迎バス時刻表作成業務が課せられたのであり、かかる業務内容は、春子に対し精神的にも肉体的にも重い負荷をかけたことは明らかであり、春子ならずとも、通常の人なら、誰でも、精神障害を発症させる業務内容であったというべきである。ましてや、春子は、これまで精神病や神経症の既往歴はなく、上記精神科医らの意見書等をも考慮すると、春子は、本件会社の過重な業務の結果、平成五年三月三〇日ころ、ICD―10でF43・2「適応障害」に分類される精神障害を発症したというべきであり、当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。〔中略〕
 エ 当裁判所の判断
 (ア) 前記(2)で認定した事実及び前記アないしウで認定した事実及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
 うつ状態の特徴的な症状は抑うつ気分、意欲・行動の制止、不安、罪責感、睡眠障害であるところ、春子には丁原病院退院後本件自殺に至るまでの間に上記のようなうつ状態の特徴的な症状がみられた。ことに、春子から両親及び甲川保母に宛てた手紙には自己を責める自責の念が現れている。また、うつ状態の場合、身体面での疲労感が軽減した後でも精神面での不安及び抑うつ気分は容易に回復しがたく、かなりの期間遷延するのが一般的であるところ、春子が精神障害に罹患してから自殺までの間は一か月足らずであったこと、春子は丁原病院入院中を含め自殺までの間精神科の治療を一切受けていないことをも考慮すると、春子は、丁原病院退院後も、自殺に至るまでの間、三月三〇日ころ罹患した精神障害であるうつ状態に特徴的な症状がたびたび出ていたと認めるのが相当であり、自殺するまでの間に、春子の症状が寛解したと認めるに足りる的確な証拠は存在しないというべきである。
 (イ) 上記判断に対し、被告は、春子の両親及び甲川保母に宛てた手紙の記載内容は、良識ある社会人として当然の内容であり、ことさら罪責感を現した記載内容とみるのは相当ではないと主張する。しかし、前記(2)で認定したとおり、春子が本件会社を退職するに至った経緯を見れば、その原因はすべて本件会社側にあると言える一方で、春子に関しては、使用者側においてさえ、職務につき高い評価をしており、特に目立った失敗などをした形跡も窺われず、退職につき責められるべき点は認められない。そうだとすると、前記各手紙における春子の自罰的表現は、自己の退職について、自らを必要以上に強く責める内容のものであるということができ、これを社会人として当然の行動と見るのは困難であり、むしろ、うつ状態による自責感を反映した文面と見る方が自然である。
 (ウ) また、前記前提事実(3)イによれば、春子は、本件会社を退職後、離職票を速やかに入手することができなかったり、保母の職を探し始めたが本件会社以外に求人が見つからなかったことが認められる。問題は、これらの事実が、春子の退職後のうつ状態の症状の原因となっているかという点である。確かに、そのような可能性が全くないわけではない。しかし、本件全証拠を検討するも、上記のような事由について、春子が特段強く気に掛けていたとは認めるに足りる証拠は存在せず、前記のような仮説は成り立たないというべきである。
 (エ) 小括
 以上によれば、春子は、平成五年三月三〇日ころ、本件会社の業務に起因して精神障害に罹患し、その状態のまま、本件自殺に至ったものと認めるのが相当であり、当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。