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ID番号 : 08507
事件名 : 国歌斉唱義務不存在確認等請求事件
いわゆる事件名 : 国旗・国歌斉唱予防訴訟第一審判決
争点 : 教育委員会の国歌斉唱等の通達につき違反処分の事前差止、慰謝料等を求めた事案(原告一部勝訴)
事案概要 : 東京都教育委員会が通達「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について」を発した行為は、職員らの思想・良心の自由、信教の自由、表現の自由、教育の自由等を侵害するものであると主張して、東京都立学校職員らが、都教育委員会に対し、式典で国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する義務、国歌斉唱の際にピアノ伴奏をする義務のないことの確認及び義務違反を理由とする処分の事前差止めを求めるとともに、東京都に対し、通達及びこれに基づく各校長の職務命令等によって精神的損害を被ったと主張して、国家賠償法1条1項に基づき、慰謝料の支払を求めた事案である。
 東京地裁は、上記義務付けは思想・良心の自由に対する制約であり、学習指導要領の国旗・国歌条項が同義務を教職員に課しているとは解釈できず、また、入学式などにおける国旗掲揚及び国歌斉唱の実施についての通達及び東京都教育委員会の都立学校の各校長に対する指導は公共の福祉の観点から許容されている制約の範囲を超えているとして、義務の不存在確認請求を認容し、右職務命令違反を理由とする処分の差止請求も認容した。また教職員らは違法な通達及びこれに基づく各校長の職務命令により精神的損害を被ったとして、国家賠償請求権も認容した。
参照法条 : 教育基本法10条
日本国憲法19条
国家賠償法1条
国旗及び国歌に関する法律1条
国旗及び国歌に関する法律2条
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇/懲戒権の濫用/懲戒権の濫用
懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/業務命令拒否・違反
裁判年月日 : 2006年9月21日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成16行(ウ)50
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 時報1952号44頁/タイムズ1228号88頁/労経速報1950号3頁/判例地方自治285号78頁
審級関係 :  
評釈論文 : ・法学セミナー51巻12号114頁2006年12月・法学セミナー52巻1号46~53頁2007年1月安西文雄・平成18年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1332〕14~15頁2007年4月井上禎男・法学セミナー52巻1号107頁2007年1月稲葉一将・速報判例解説〔1〕〔法学セミナー増刊〕39~42頁2007年10月佐々木弘通・判例セレクト2006〔月刊法学教室318別冊付録〕5頁2007年3月市川須美子・季刊教育法151号84~89頁2006年12月市川須美子・法律時報79巻2号72~76頁2007年2月水口洋介・季刊労働者の権利268号81~86頁2007年1月成嶋隆・法政理論〔新潟大学〕39巻4号496~539頁2007年3月成嶋隆・法律時報79巻2号62~66頁2007年2月雪竹奈緒・法学セミナー52巻1号46~48頁2007年1月早瀬勝明・法政論叢〔山形大学〕39号47~74頁2007年3月渡辺康行・ジュリスト1337号32~39頁2007年7月1日土屋英雄・法学セミナー52巻1号49~53頁2007年1月尾山宏・労働法律旬報1637号4~9頁2006年12月10日浮田徹・速報判例解説〔1〕〔法学セミナー増刊〕13~16頁2007年10月
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用-懲戒権の濫用〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-業務命令拒否・違反〕
 (1) 国民は、憲法一九条により、思想・良心の自由を有するところ、宗教上の信仰に準ずる世界観、主義、主張等を全人格的にもつことは、それが内心の領域にとどまる限りはこれを制約することは許されず、外部に対して積極的又は消極的な形で表されることにより、他者の権利を侵害するなど公共の福祉に反する場合に限り、必要かつ最小限度の制約に服すると解するのが相当である。
 ところで、我が国において、日の丸、君が代は、明治時代以降、第二次世界大戦終了までの間、皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として用いられてきたことがあることは否定し難い歴史的事実であり、国旗・国歌法により、日の丸、君が代が国旗、国歌と規定された現在においても、なお国民の間で宗教的、政治的にみて日の丸、君が代が価値中立的なものと認められるまでには至っていない状況にあることが認められる。このため、国民の間には、公立学校の入学式、卒業式等の式典において、国旗掲揚、国歌斉唱をすることに反対する者も少なからずおり、このような世界観、主義、主張を持つ者の思想・良心の自由も、他者の権利を侵害するなど公共の福祉に反しない限り、憲法上、保護に値する権利というべきである。この点、確かに、入学式、卒業式等の式典において国歌斉唱の際に起立しないこと、国歌斉唱しないこと、ピアノ伴奏をしないことを選択する理由は様々なものが考えられ、教職員に対して、入学式、卒業式等の式典において国歌斉唱の際に、国旗に向かって起立し国歌を斉唱すること、ピアノ伴奏をすることを命じたとしても、特定の思想、良心を抱くことを直接禁止するものとまではいえない。しかし、前記日の丸、君が代に関する現在の状況に照らすと、宗教上の信仰に準ずる世界観、主義、主張に基づいて、入学式、卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することを拒否する者、ピアノ伴奏をすることを拒否する者が少なからずいるのであって、このような世界観、主義、主張を持つ者を含む教職員らに対して、処分をもって上記行為を強制することは、結局、内心の思想に基づいてこのような思想を持っている者に対し不利益を課すに等しいということができる。したがって、教職員に対し、一律に、入学式、卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱すること、ピアノ伴奏をすることについて義務を課すことは、思想・良心の自由に対する制約になるものと解するのが相当である。〔中略〕
 カ 小括
 以上の検討結果によれば、学習指導要領の国旗・国歌条項は、法的効力を有しているが、同条項から、原告ら教職員が入学式、卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する義務、ピアノ伴奏をする義務までを導き出すことは困難であるというべきである。〔中略〕
 (6) 小括
 以上検討したとおり、原告ら教職員は、思想・良心の自由に基づき、入学式、卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することを拒否する自由、ピアノ伴奏をすることを拒否する自由を有しているところ、違法な本件通達に基づく各校長の職務命令に基づき、上記行為を行う義務を負うことはないものと解するのが相当である。そうすると、被告都教委が、原告ら教職員が本件通達に基づく各校長の職務命令に基づき、入学式、卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立しないこと、国歌を斉唱しないこと、ピアノ伴奏をしないことを理由として懲戒処分等をすることは、その裁量権の範囲を超え若しくはその濫用になると認められるから、在職中の原告らが上記行為を行う義務のないことの確認のほかに、被告都教委が上記懲戒処分等をしてはならない旨命ずるのが相当である(平成一六年法律第八四号による改正後の行政事件訴訟法三七条の四第五項参照)。
 原告らの請求は、前記「第一 請求」の第一ないし第四項の記載を文字通り読めば、原告ら教職員は、学校の入学式、卒業式等の式典会場で、およそいかなる場合においても、国旗に向かって起立する義務がないこと、国歌を斉唱する義務がないこと、ピアノ伴奏をする義務がないこと、前記各義務を怠ったために懲戒処分されないことを求めているもののように解される。しかし、上記で検討したとおり、本件通達及びこれに基づく各校長の職務命令が違法なのであって、原告らの請求は、本件通達及びこれに基づく各校長の職務命令に従う義務がないことを求め、また、上記職務命令に違反したことを理由に処分されないことを求める限度で理由があるので、その限度で認容し、その余は理由がなく棄却するのが相当である。
 四 争点(3)(国家賠償請求権の存否)について
 前記二で検討したことに加えて、《証拠略》によれば、原告らは、本件通達に基づく各校長の職務命令に基づき、入学式、卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する義務、ピアノ伴奏をする義務を負わないにもかかわらず、違法な本件通達及びこれに基づく各校長の本件職務命令によって、入学式、卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱するか否か、ピアノ伴奏をするか否かの岐路に立たされたこと、あるいは自らの思想・良心に反して本件通達及びこれに基づく各校長の本件職務命令に従わされたことにより、精神的損害を被ったことが認められる。これらの損害額は、前記違法行為の態様、被害の程度等を総合考慮すれば、一人当たり三万円を下らないものと認定するのが相当であり、当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。