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ID番号 : 08536
事件名 : 賃金等請求控訴事件
いわゆる事件名 : クリスタル観光バス(賃金減額)事件
争点 : 観光バス会社買収後になされた労働条件の不利益変更の効力等が争われた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 買収されたY1観光バス会社が、就業規則を改正して賃金体系等を変更したことについて、運転士X1ら4名が、就業規則の改正は合理性を欠き無効として、Y1に、住宅補助金を含む賃金減額相当分等の支払いと、退職手当支給規程の効力確認を求めた事案の控訴審である。なお、二審係属中にY1社を吸収合併したY2社が被告承継人となった。
 第一審大阪地裁は、X4を除くX1ら3名の住宅補助金を含む賃金減額相当分の請求を認め、退職手当支給規程の効力確認請求については確認の利益がないとして却下、付加金請求を棄却した。これに対して、双方の控訴を受けた大阪高裁は、就業規則変更の効力発生時期について、労基署への届出は必ずしも要件ではなく、X1らが所属するA労組に通告書を送付した日頃であるとした上で、Y2の行った新賃金体系の導入は、有効な代償措置をとらず、また、経過処置を設けることもなく直ちに導入しなければならないほどの差し迫った必要性は認められないことから、不利益の程度が大きく、しかも改定に同意していないX1ら3名に対しては効力を生じないとして、一部拡張請求を認め、一審判決を維持した。
参照法条 : 労働基準法89条
労働基準法90条
労働基準法106条
労働基準法114条
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約の承継/労働契約の承継
就業規則(民事)/就業規則の届出/就業規則の届出
就業規則(民事)/就業規則の周知/就業規則の周知
就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/退職金
就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/賃金・賞与
裁判年月日 : 2007年1月19日
裁判所名 : 大阪高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ネ)1379
裁判結果 : 原判決一部変更、各棄却(上告)
出典 : 労働判例937号135頁
審級関係 : 一審/大阪地/平18. 3.29/平成16年(ワ)8243号
評釈論文 :
判決理由 : 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-退職金〕
 本件において、1審原告らは、退職手当支給規程が効力を有することの確認を求めるものであるが、1審原告らの1審被告承継人に対する退職金請求権は、1審原告らが1審被告承継人を退職してから初めて具体的に発生するものであり、現在において、発生しているものではないこと、また、1審被告承継人は、現在は退職金制度は存しない旨主張しているものの、1審原告らの退職まで、1審被告承継人の退職金制度或いはこれに代わる制度についての有無ないしその内容がどのように変遷するか不確定な部分が多く、現時点では即時確定の利益を欠くものというべきである。
 そうすると、1審原告らの訴えのうち、退職手当支給規程が効力を有することの確認を求める訴えには、確認の利益が認められず、不適法なものといわなければならない。〔中略〕
〔就業規則-就業規則の周知-就業規則の周知〕
〔就業規則-就業規則の届出-就業規則の届出〕
 1審被告は、新賃金体制への変更については、各労組との交渉を経て、平成15年10月28日付でクリスタル観光バス大阪労働組合及びクリスタル観光バス関西労働組合との間で協議が成立し、その旨の協定書が作成され、その合意の内容どおりに新賃金体制への変更をしたこと、建交労分会に対しては、合意に至らなかったものの、他の2組合との合意どおりの新賃金体制に移行する旨の平成15年11月11日付通告書を送付しているのであり、1審被告において、就業規則を新賃金体制へ変更する旨決定し、その内容は、上記団体交渉や協定書の作成、建交労分会への通告により、従業員に周知されたものと認めることができる。
 ところで、変更後の就業規則の内容について、従業員に対し周知の方法をとることは効力発生のための絶対的要件であるが、実質的に周知する方法をとれば、労働基準法106条に定める周知方法をとらなかったとしても、その変更の効力が生じると解することができるから、新賃金体制への就業規則変更の効果は、遅くとも、建交労分会へ上記通告書を送付した平成15年11月11日ころに発生しているということができる。なお、労働基準監督署への届出等は必ずしもその効力要件ではないから、1審被告が平成16年9月15日に就業規則を労働基準監督署に届け出るまでその変更の効力が生じないとの1審原告らの主張は採用できない。
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-退職金〕
〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕
 新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されない。しかし、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。そして、当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受認させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。以上の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。〔中略〕
 1審原告3名の賃金は、月によって異なるものの、おおむね月額40万円ないし50万円であったから、月額賃金の2割程度が減額されたこととなる。〔中略〕
 上記の通り支給額が減額されているのに逆に労働時間が増加しており、1時間当たりの実質的賃金は、新賃金体系導入前後で、1審原告Bは、19パーセント減、1審原告Cは、18パーセント減、1審原告Aは、19パーセント減となっている。
 エ これに加えて、1審原告3名については、新賃金体系の導入により、年間30万円の住宅補助金が支給されないこととなっており、月額賃金の減額と併せると、年間150万円以上の減額となり、その減額率は、30%以上に上る。〔中略〕1審原告3名の賃金減額の程度は大きく、1審原告3名の被った不利益の程度は大きなものといわざるを得ない。〔中略〕
 本件買収時である平成15年1月に、増資によって南海観光バスの債務超過は解消されていたにもかかわらず〔中略〕、1審被告は、本件買収から半年も経たない同年6月に賃金規程の見直し等を提案し、同年10月には新賃金体系を適用するに至っているのである〔中略〕。そして、新賃金体系に変更する必要性は、賃金総額の減少を主目的としたものというよりも、従来の年功序列型の賃金体系を成果主義型の賃金体系に変更することに主眼があったことに照らすと、当時において、有効な代償措置をとることなく、また、経過処置を設けることなく、直ちに、新賃金体系を導入しなければならないほどの差し追った必要性があったということはできない。〔中略〕
 そして、新賃金体系の導入に当たっては、急激な不利益変更を緩和するための経過措置も執られておらず、他の労働条件が改善されたものとも認められない。〔中略〕
 以上を踏まえて検討するに、新賃金体系の導入により、1審原告3名の被った不利益の程度は大きいものといわざるを得ず、これに対する代償措置は十分なものではないし、経過措置も執られていない。そして、新賃金体系の導入についても、その必要性が差し迫っていたものともいえないし、中堅層の労働条件の改善の一方で、高年齢層の労働条件が引き下げられたものということができる。
 そうすると、既に説示した点を考慮しても、新賃金体系の導入は、高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできず、これに同意していない1審原告3名に対し、効力を生じないものというべきである。
〔労働契約-労働契約の承継-労働契約の承継〕
 南海観光バスにおいては、建交労分会との間で、臨時給与を支給しない代わりに、年間30万円の住宅補助金を支給するとの協定書が交わされ、以後、これに基づいて住宅補助金が支給されていたものであり、個別の合意は、支給対象者や支給日等の細目を定めるものにすぎず、これによって支払義務が生じるものではないというべきである。
 したがって、個別の合意が成立していないことを理由に、1審被告が、住宅補助金の支払義務を負わないということはできない。
 そうすると、新賃金体系についての効力が生じていない1審原告3名については、住宅補助金について1審被告に請求することができることになる。