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ID番号 : 08546
事件名 : 労働災害補償保険給付不支給決定処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 : 国・羽曳野労基署長(通勤災害)事件
争点 : 退勤途中の義父への介護は労災則8条1号の「日用品の購入その他これに準ずる行為」に該当するか否かが争われた事案(国敗訴)
事案概要 : 建材店勤務のXが、退勤途中に交通事故に遭い、労災保険法の通勤災害に当たるとしてY労基署長に休業給付の申請をしたが不支給処分とされたため、処分の取消しを求めた事案の控訴審である。
 第一審大阪地裁は、義父の介護はXの日常生活のために必要不可欠な行為であり、労災則8条1号の「日用品の購入その他これに準ずる行為」に含まれるとして、Xの請求を認容した。これに対しYが控訴し、これを受けた大阪高裁は、義父の介護は、労働者本人又はその家族の衣、食、住、保健、衛生など家庭生活を営むうえで必要な行為であり、「日用品の購入その他これに準ずる行為」に当たるとし、さらに、合理的な経路とは、事業場と自宅との往復の際に一般に労働者が用いると認められる経路をいい、必ずしも唯一、最短距離のものではなく、Xも本来の合理的な通勤経路に復し、その後事故に遭ったものとして、一審判決を支持し、Yの控訴を棄却した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法7条1項2号
労働者災害補償保険法施行規則8条1号
体系項目 : 労災補償・労災保険/通勤災害/通勤災害
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/休業補償(給付)
労災補償・労災保険/審査請求・行政訴訟/審査請求との関係、国家賠償法
裁判年月日 : 2007年4月18日
裁判所名 : 大阪高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18行(コ)46
裁判結果 : 棄却(確定)
出典 : 労働判例937号14頁/労経速報1985号8頁
審級関係 : 一審/08470/大阪地/平18. 4.12/平成17年(行ウ)59号
評釈論文 : 衣笠葉子・労働判例955号5~12頁2008年6月1日西村健一郎・民商法雑誌137巻6号92~102頁2008年3月東島日出夫・労働法律旬報1661号49~55頁2007年12月10日
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-通勤災害-通勤災害〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-休業補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険-審査請求・行政訴訟-審査請求との関係、国家賠償法〕
 1 当裁判所は、被控訴人の本件請求は、理由があるから認容するのが相当であると判断する。〔中略〕
 「上記(2)認定の事実(原判決11頁5行目から17行目まで)によれば、〔1〕 義父は、85才の高齢であり、両下肢機能全廃のため、食事の世話、入浴の介助、簡易トイレにおける排泄物の処理といった日常生活全般について介護が不可欠な状態であったところ、〔2〕被控訴人夫婦は義父宅の近隣に居住しており、独身で帰宅の遅い義兄と同居している義父の介護を行うことができる親族は他にいなかったことから、被控訴人は、週4日間程度これらの介護を行い、被控訴人の妻もほぼ毎日父のために食事の世話やリハビリの送迎をしてきたこと等を指摘することができる。これらの諸事情に照らすと、被控訴人の義父に対する上記介護は、「労働者本人又はその家族の衣、食、保健、衛生など家庭生活を営むうえでの必要な行為」というべきであるから、労災保険規則8条1号所定の「日用品の購入その他これに準ずる行為」に当たるものと認められる。」〔中略〕
 「しかしながら、合理的な経路とは、事業場と自宅との間を往復する場合に、一般に労働者が用いると認められる経路をいい、必ずしも最短距離の唯一の経路を指すものでないから、この合理的な経路も、一人の労働者にとって一つとは限らず、合理的な経路が複数ある場合には、そのうちのどれを労働者が選択しようが自由であると解されている。また、徒歩で通勤する場合に、この合理的な経路である限り、労働者が道路のいずれの側を通行するかは問わないと解するのが相当である。すなわち、事業場と自宅が道路の同一側に存しない場合には、いずれの側を通行することも合理的な経路となり、また、事業場と自宅が同一側に存したとしても、道路状況によっては、道路の反対側を通行するほうが安全である場合もあり、最短距離をもって合理的な経路と定めていないことに照らせば、片側のみをその合理的な経路とし、道路の反対側を通行することが合理的な経路を外れていると解釈することは相当でない。
 これを本件についてみるに、被控訴人は、自宅から事業場への往路については、原判決別紙通勤経路図の往路と記載された経路を通行し、復路については、同図の復路と記載された経路を通行していたのであり、これらの経路がいずれも合理的な経路であることは、控訴人も認めているところである。そして、上記(1)で認定したとおり(原判決14頁1行目から5行目まで)、本件交差点は特に規模の大きな交差点ではない上、証拠(〈証拠略〉)によれば、控訴人が唯一合理的通勤経路(退路)であるという本件交差点より西の東西道路北側には路側帯があるものの、傾斜していたり、電柱が路側帯内に立っていたりして、通りにくい状態であること、本件交差点では南北道路が東西道路に対して優先道路となっており、東西道路には一時停止の規制があるため、東西道路においては自動車が渋滞することもあり、時間帯によっては更に通りにくい状態となること、東西道路の南側には路側帯はないものの、平坦であって歩行に支障はないことが認められるところ、これらの具体的道路状況にかんがみると、被控訴人が本件交差点東側を南下した後、そこから西に向かって帰る経路も合理的なものとして通常の経路というべきである。また、同図面の復路と記載された経路を往路に使用したとしても、合理的な経路と認められるから、被控訴人が東西道路の南側を通行して本件交差点東側を南から北に横断することも合理的経路の一つというべきである。したがって、本件交差点付近についてみれば、本件交差点より北の南北道路の両側及び本件交差点より西の東西道路の両側と本件交差点全体が合理的な経路と解するのが相当である。
 証拠(〈証拠略〉)によれば、被控訴人は、本件交差点に至った後、その東側を南から北へ約3m渡った地点で本件事故に遭ったことが認められるのであるから、被控訴人が本来の合理的な通勤経路に復した後に本件事故が生じたものと認めるのが相当である。」〔中略〕
 しかしながら、労働政策審議会がすべての事象について議論することは困難であるから、上記「日用品の購入その他これに準ずる行為」に該当するか否かは社会常識に照らして判断されるべきであって、たとえ労働政策審議会の議論を経ていないとしても、時代の変化に応じて、これに該当すると解釈することも許されないわけではない。
 これを本件についてみるに、乙第12号証の「通勤災害保護制度についての意見書」によれば、高齢化社会を迎えて、在宅介護の要請はますます大きくなっており、通勤災害との関係でも介護等の利益を立法上考慮すべき時期に来ていることが認められるから、たとえ労働政策審議会において介護に関する議論がされていないとしても、介護が「労働者本人又はその家族の衣、食、保健、衛生など家庭生活を営むうえで必要な行為」である場合には、当該行為は「日用品の購入その他これに準ずる行為」に該当すると解するのが相当である。被控訴人の義父に対する介護が「労働者本人又はその家族の衣、食、保健、衛生など家庭生活を営むうえで必要な行為」であることは、前記認定のとおりであるから、「日用品の購入その他これに準ずる行為」に該当するものというべきである。
 3 よって、原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。