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ID番号 : 08553
事件名 : 損害賠償請求控訴事件
いわゆる事件名 : 中山商事事件
争点 : 水道管取替工事の死亡事故において被害者の妻が安全配慮義務違反等による損害賠償を求めた事案(原告一部勝訴)
事案概要 : 市発注の工水管取替工事現場で、水道管に乗って作業をしていた下請会社従業員が、同僚の運転するバックホウがその水道管をつったままアーム部を持ち上げたため水道管と土留切梁との間に挟まれ死亡したことにつき、注文者である市と工事業者を相手取り、従業員の妻が損害賠償を求めた控訴審である。 第一審神戸地裁は、注文者・工事業者双方の責任を認定して一部損害賠償を認めたところ、双方が控訴。これに対し第二審大阪高裁は、まず工事業者の責任について、この事故は労働安全衛生規則が想定する危険性が現実のものとなったということができ、工事業者には車両系建設機械による危険を防止する安全配慮義務の不履行があり、それと死亡事故との間には相当因果関係があるとして損害賠償責任を認定した。次に注文者の責任については、バックホウの使用を認めながらこれを中止しなかったこと、及び事故当日合図者の配置を指示しなかったことに注意義務違反は認められないとして、一審敗訴部分を取り消し、工事業者への請求を棄却した。
参照法条 : 民法709条
民法715条
民法716条
労働安全衛生規則164条1項
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労働安全衛生法/危険健康障害防止/注文者・請負人
労働安全衛生法/機械・有害物に関する規制/機械
裁判年月日 : 2006年11月17日
裁判所名 : 大阪高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ネ)3588
裁判結果 : 一部取消、一部控訴棄却(上告)
出典 : 時報1981号18頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
〔労働安全衛生法-危険健康障害防止-注文者・請負人〕
〔労働安全衛生法-機械・有害物に関する規制-機械〕
 (2) バックホウの使用  ア 一審被告中山商事は、平成一四年六月一四日、法定の除外事由がないのに、労働者に車両系建設機械の主たる用途以外の用途であるドラグ・ショベルによる荷のつり上げを行わせ、もって、機械による危険を防止するために必要な措置を講じなかったとして労働安全衛生法違反の罪により起訴され、これを受けて、同月一八日、一審被告中山商事は、起訴事実を認めた上で、略式命令に服したことは、争いのない事実等のとおりであるところ、上記事実に《証拠略》を総合すると、一審被告中山商事は、労働安全衛生規則一六四条に違反して、バックホウを用いて荷のつり上げを行った点について、一審被告中山商事に安全配慮義務違反ないし過失が認められる。  イ これに対して、一審被告中山商事は、一般論としては、国に対する公法上の義務を定めた法規の内容が、使用者の雇用契約上の労働者に対する安全配慮義務の具体的内容となることがあり得ることは否定しないが、本件においては、労働安全衛生規則一六四条一項の立法趣旨が、主として、主たる用途ではない荷のつり上げにより荷や建設機械が不安定となり、荷が落下したり、建設機械が転倒したりすることを防止するためにあることは明らかであり、また、本件事故の直接の原因は、本件水道管がバックホウにつり上げられたまま、しかも、労働者がその水道管にまたがった状態で、水道管からベルトを外そうとしたことに起因するものであり、これは、移動式クレーンを使うか、バックホウを使うかにかかわるものではないから、労働安全衛生規則に違反したことが直接、本件死亡事故の原因となっているものではないし、労働安全衛生規則に違反したことが、直接、本件事故についての安全配慮義務違反の根拠となりうるものではないと主張している。  しかし、そもそも労働安全衛生法は、労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的とする法律であり(同法一条)、労働安全衛生規則も、職場における労働者の安全と健康を確保するという上記法の目的に沿って制定されたものであることは明らかである。そして、労働安全衛生規則は、一六四条一項において、事業者は、車両系建設機械をパワーショベルによる荷のつり上げ等当該車両系建設機械の主たる用途以外の用途に使用してはならない旨定める一方、同条二項二号は、同条一項を適用しない法定の除外事由として「荷のつり上げ作業以外の作業を行う場合であって、労働者に危険を及ぼすおそれのないとき」を挙げ、また、同条三項は、同条二項一号に定める法定の除外事由に該当する荷のつり上げの作業を行う場合にも、事業者は、「労働者とつり上げた荷との接触、つり上げた荷の落下又は車両系建設機械の転倒若しくは転落による労働者の危険を防止するため」の措置を講じなければならないと規定していることからも明らかなように、労働者の危険を防止することをもその目的としているのであって、一審被告中山商事の主張するように、その立法趣旨が主として、主たる用途ではない荷のつり上げにより荷や建設機械が不安定となり、荷が落下したり建設機械が転倒したりすることを防止するためであるとは考えられない。  そして、労働安全衛生規則に違反することは、労働者に危険を及ぼすこととなるのであるから、本件死亡事故の発生については、相当因果関係の有無を検討する必要はあるとしても、労働安全衛生規則の違反は、本件事故についての安全配慮義務の違反に結びつくものとみるのが相当である。〔中略〕  しかし、本件事故の上記状況は、水道管をバックホウにつり下げて作業を行っている際に、労働者が行う作業として通常考えにくいものであるとはいえないし、むしろ上記のとおり、本件事故は、労働安全衛生規則一六四条一項が想定する危険性が現実のものとなった場合であるということができるから、太郎の死亡は、上記安全衛生規則一六四条一項と内容を同じくする安全配慮義務の不履行から、通常生ずべき損害であるということができ、相当因果関係があると認められる。〔中略〕 本件現場において、一審被告神戸市の監督員丁原が、客観的な状況からは、荷のつり上げ作業に移動式クレーンを使用しても、転倒により事故が発生するおそれがあるため、バックホウが使用されていると認識したことは相当であったというべきであるから、本件現場における災害の発生の危険性が具体的・客観的に明らかであったとはいえない。よって、一審被告神戸市において、近畿建設又は一審被告中山商事に対し、工事の安全性を確保するためにバックホウを使用せず、移動式クレーンを使用するよう指示をしなければならない義務を負っていたものとは認められない。このことは、本件事故の発生態様、すなわち、本件水道管の据付作業に従事していたオペレーターである一審被告中山商事従業員の乙山が、バックホウのバケットからつりバンドで掘削部につるしていた本件水道管とつりバンドが外れたと誤信し、バックホウのアーム部を持ち上げたところ、本件水道管にまたがってつりバンドを外す作業をしていた太郎が、本件水道管と土留切梁に挟まれて死亡したという事故であることに照らしても明らかというべきである。  また、本件事故現場において、合図者がおらず、合図者等に関する基準が遵守されていなかったことは後記認定のとおりであるが、一審被告神戸市の監督員丁原は、本件事故前において、一審被告中山商事においてバックホウを使用して荷のつり上げ作業を行う際に合図者を配置していることを確認しており、同丁原が本件工事現場に常駐しているものでないのであるから、本件事故当日に合図者が配置されていなかったとしても、近畿建設又は一審被告中山商事に対し、その配置を指示しなければならない具体的な義務は生じていなかったというべきである。〔中略〕  キ 以上によれば、一審被告神戸市の監督員が、本件事故現場において一審被告中山建設がバックホウを使用していたのは移動式クレーンが使用できないためであると判断し、これを放置していたことは、近畿建設あるいは一審被告中山商事に対し、その使用を中止するよう指示する注意義務に違反したものであると認めることはできないし、本件事故当日に、バックホウを使用する際に求められる合図者の配置を指示しなかったとしても、これを指示すべき注意義務に違反したものであると認めることはできない。  (2) そうすると、その余について判断するまでもなく、一審被告神戸市に対する本件請求は理由がない。〔中略〕 丙川は、太郎の「おーい」という声を聞いていないと明確に証言しており、《証拠略》によれば、丙川は、本件事故当時太郎の約二メートル後ろにいたと認められることからすると、乙山の上記供述調書から本件事故時、太郎が「おーい」と合図と見られる声を上げたとは認められない。