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ID番号 : 08567
事件名 : 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 : ヤマダ電機(競業避止条項違反)事件
争点 : 家電量販店退職早々に競業他社に入社した元社員に対し、前所属会社が競業避止に基づく損害賠償を求めた事案(原告一部勝訴)
事案概要 : X家電量販店店長等に務め、退職翌日には競業他社A1へ派遣就労し、その1か月半後には派遣先の家電量販店A2(A1の親会社)に入社した元社員に対し、競業避止条項違反を理由とする損害賠償を求めた事案である。 東京地裁は、元社員が退職に際して、最低1年間は同業種へ転職しないとした競業避止条項、違反した場合の損害賠償他違約金として退職金の半額減額及び直近給与6か月分に対する法的処置に異議を申立てないとした誓約書の有効性について、〔1〕X社の販売方法や人事管理等に関する知識・経験からすれば、同人が競業に転職した場合にX社が不利益を受けることを防ぐために競業避止義務を課すことは格別不相当ではないこと、〔2〕X社の競業他社に転職するまでの競業避止条項違反が軽微なものでないこと、〔3〕全国展開していることからすれば競業避止の期間1年、地理的制限がないことも不相当とはいえないこと、〔4〕誓約書の提出に強制的な面があったとしても自由意思が抑圧されていたわけではないことなどから、競業避止義務の代償措置に不十分なところはあるとしても、条項は公序良俗に反せず有効であるとした上で、退職金の半額相当分と賃金1か月相当分の限度で請求を認めた。
参照法条 : 民法415条
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/競業避止義務
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/労働者の損害賠償義務
裁判年月日 : 2007年4月24日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ワ)24499
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 労働判例942号39頁
労経速報1977号3頁
審級関係 :
評釈論文 : 土田道夫、坂井岳夫・Law&Technology38号79~91頁2008年1月 原俊之・季刊労働法220号127~137頁2008年3月
判決理由 : 〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-競業避止義務〕
〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-労働者の損害賠償義務〕
3 争点(2)(本件競業避止条項の有効性)   (1)本件競業避止条項は,原告の従業員であった被告が退職後に同業者に転職しないことを約したものである。会社の従業員は,元来,職業選択の自由を保障され,退職後は競業避止義務を負わないものであるから,退職後の転職を禁止する本件競業避止条項は,その目的,在職中の被告の地位,転職が禁止される範囲,代償措置の有無等に照らし,転職を禁止することに合理性があると認められないときは,公序良俗に反するものとして有効性が否定されると考えられる。   (2)前記認定のとおり,被告は,原告の成田店,横浜本店及び茅ヶ崎店の店長を歴任したことにより,原告の店舗における販売方法や人事管理の在り方を熟知し,母店長として複数店舗の管理に携わり,さらに,地区部長の地位に就き,原告の役員及び幹部従業員により構成される営業会議に毎週出席したことにより,原告の全社的な営業方針,経営戦略等を知ることができたと認められる。このような知識及び経験を有する従業員が,原告を退職した後直ちに,原告の直接の競争相手である家電量販店チェーンを展開する会社に転職した場合には,その会社は当該従業員の知識及び経験を活用して利益を得られるが(被告がc社に入社した後に給与等の面で優遇されたのは,被告の入社により同社が利益を得ることを示すものと考えられる。),その反面,原告が相対的に不利益を受けることが容易に予想されるから,これを未然に防ぐことを目的として,被告のような地位にあった従業員に対して競業避止義務を課することは不合理でないと解される。  また,この目的を達成するために,守秘義務(本件誓約書1項)及び情報記録媒体の持ち出し等の禁止(同2項)に加え,競業避止義務を課することにも格別不相当なところはないというべきである。  なお,原告は本件競業避止条項の目的は原告固有のノウハウ等の保護にあると主張しつつも,その具体的内容につき十分な立証を尽くしたとはいい難い。しかし,原告とc社の店舗における販売方法,人事管理等が全く同一であるとは考え難いこと,被告は,原告を退職後間もなくc社に入社した者として,両社の相違点やその優劣を容易に知り得る立場にあるのであって,原告固有のノウハウ等につき原告が具体的に主張立証しなくても,被告の防御権が侵害されることはないと解されること,原告が本件訴訟において原告の営業秘密にわたる事項を具体的に開示すると,被告を通じてc社に伝わり,原告に更なる不利益が生じかねないことに加え,〔中略〕本件における本件競業避止条項違反の態様が軽微なものではないことを考慮すると,この点は本件における有効性の判断を左右するものではないと考えられる。   (3)次に,転職が禁止される範囲についてみると,まず,本件競業避止条項の対象となる同業者の範囲は,家電量販店チェーンを展開するという原告の業務内容に照らし,自ずからこれと同種の家電量販店に限定されると解釈することができる。また,退職後1年という期間は,原告が本件競業避止条項を設けた前記目的に照らし,不相当に長いものではないと認められる。さらに,本件競業避止条項には地理的な制限がないが,原告が全国的に家電量販店チェーンを展開する会社であることからすると,禁止範囲が過度に広範であるということもないと解される。  なお,退職後の競業避止義務に関する約定が,その文言上,従業員の転職を極めて広く制限し,又は禁止の範囲があいまいにすぎるときは,約定自体が無効となる場合があると解され,また,被告は,この点に関して,原告の店舗の取扱商品が家電製品に限られず多岐にわたるので,転職禁止の範囲が極めて広範になる,本件競業避止条項の「最低1年間」という文言が禁止期間の定めとして不明確であるなどと主張する。しかし,本件競業避止条項にいう同業者の範囲は上記のとおり限定的に解釈することが可能である。また,原告と直接競合する家電量販店チェーンを展開するc社ないしこれと密接な関係にある会社が同業者に当たること,退職の翌日に転職することが本件競業避止条項により禁止されることは,その文言上明らかということができる。そうすると,本件においては,これを無効と解すべきほど条項の文言が不明確であるということはできないと解される。   (4)他方,本件誓約書により退職後の競業避止義務が課されることの代償措置については,原告が,役職者誓約書の提出を求められるフロアー長以上の従業員に対し,それ以外の従業員に比して高額の基本給,諸手当等を給付しているとは認められるものの(甲5),これが競業避止義務を課せられたことによる不利益を補償するに足りるものであるかどうかについては,十分な立証があるといい難い。しかし,代償措置に不十分なところがあるとしても,この点は違反があった場合の損害額の算定に当たり考慮することができるから,このことをもって本件競業避止条項の有効性が失われることはないというべきである。 〔中略〕 6 争点(5)(損害賠償の額)について〔中略〕   (2)本件においては,まず,退職金の半額とする部分についてみると,退職金が原告の退職金規程に従って支払われるものであり,自己都合による退職金は定年等の場合の退職金の額に所定の修正率を乗じた額に減じられる旨の定めがあることなどに照らすと,退職金には賃金の後払としての性格と共に功労報償的な性格もあると解することができる。そうすると,本件違約金条項は,被告が本件誓約書に違反して同業者に転職したことにより,原告に勤務していた間の功労に対する評価が減殺され,退職金が半額の限度でしか発生しないとする趣旨であると解することが可能であるから,退職金の全額を支給した原告がその半額を違約金として請求することは不合理なものでないと考えられる。 〔中略〕 少なくとも1か月程度は給与の支払を受けられない期間があったであろうこと,被告が家電量販店又はその関連会社以外の職種に転職した場合には,給与等の面で優遇を受けられなかったであろうことといった本件の諸事情を考慮すると,給与の1か月分相当額の限度で,これを違約金とすることに合理性があるというべきである。