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ID番号 : 08573
事件名 : 労災損害賠償請求控訴事件
いわゆる事件名 : O技術(労災損害賠償)事件
争点 : 土木工事中の死亡事故につき下請会社労働者の遺族が元請会社に対し損害賠償を求めた事案(原告一部勝訴)
事案概要 : 土木工事を請け負っていた元請会社の工事現場において、孫請会社に雇用されて就労していた労働者が、作業中に鉄板が倒れて下敷きになって死亡した事故につき、労働者の相続人2名が元請会社に対し安全配慮義務違反に基づく損害賠償を求めた控訴審である。 第一審那覇地裁沖縄支部は、元請会社は労務提供の過程を指揮監督する立場にはなかったとして、訴えを棄却した。 これに対し第二審福岡高裁は、元請会社の現場代理人を通じ、孫請会社の従業員の日々の作業を管理して指示を与えるなどの指揮監督をしていたことなどに照らせば、元請会社は、「特別な社会的接触の関係」にあり、孫請会社の従業員に対してもその安全に配慮する注意義務を負っていたとした上で、鉄板が倒れる危険があったことにつき予見が可能であり、現場代理人を通じてそれによる事故を防ぐために必要な注意指導をすべき注意義務があったのにこれを怠ったと認定し、一審判決を変更し、請求を一部認容した。
参照法条 : 民法415条
民法709条
民法715条
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 : 2007年5月17日
裁判所名 : 福岡高那覇支
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ネ)131
裁判結果 : 原判決変更、一部認容、一部棄却(上告、上告受理申立)
出典 : 労働判例945号24頁
審級関係 : 一審/那覇地沖縄支/平18. 8.31/平成17年(ワ)38号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 1 安全配慮する注意義務について  安全配慮義務は通常は,雇用契約などの契約に伴って認められるものではあるが,直接の契約が認められない元請業者と下請業者の従業員との間においても,元請業者が下請業者の従業員との間に特別な社会的接触の関係に入った場合には,信義則あるいは条理上,下請業者の従業員に対して安全配慮義務を負う場合があると解される。  そこで,被控訴人が亡一郎に対して,信義則上・条理上,安全配慮する義務を負うような特別な社会的接触の関係が認められるか否かを検討する。  この点について,控訴人は,土木建築工事においては,元請業者は常に下請業者等の従業員に対して安全配慮義務を負う旨の主張をしているが,この主張に理由がないことは,原判決11頁17行目から12頁3行目に記載のとおりである。  2 被控訴人が亡一郎に対して安全配慮する注意義務を負っていたか。   (1) 先に認定したように,B産業による本件工事の施工は,B産業が自ら準備した作業器具等は使用しており,各工事の具体的な施工方法について,被控訴人の現場代理人Dが細かく指示を出していたとは認められない。B産業が孫請業者としての独立性を完全に喪失し,B産業の従業員が被控訴人の社外工として稼働していたとまでは認められない。   (2) しかしながら,前記認定の事実関係によれば,〈1〉本件工事は,被控訴人が発注者である沖縄市から請け負い,A土木に下請させ,更にB産業に孫請されている形式をとっているが,本件現場では,被控訴人の現場代理人DとB産業の現場代理人Eとが常駐し,被控訴人は,現場代理人を通じて,B産業の従業員の日々の作業を管理して指示を与えるなどの指揮監督していた(必要があれば,被控訴人の現場代理人は,B産業の従業員を直接指揮することも可能であった),と認められる,〈2〉被控訴人の現場代理人は,B産業のA班が本件現場に入るに当たって,A班のメンバーに労働災害を防止するための基本的な事項について直接に注意指導をしている,〈3〉被控訴人は,沖縄市の指導に従い,本件請負契約の締結に際し,財団法人建設業福祉共済団が行う建設労災補償共済制度に加入し,下請業者の労働者も被共済者としている(これは,被控訴人が下請業者の労働者に対しても労働災害の発生を防止することを要請されていたことを推認させるし,本件事故について共済金4000万円が被控訴人に支払われている。)〈4〉被控訴人は,本件工事現場の作業中,B産業の従業員に被控訴人の名前の入った作業服を支給して,同作業服を着用するように指示している,との事情が指摘できる。  上記指摘の事情及び前記認定の事実関係に照らせば,本件工事に従事したB産業は,本件工事の施工に当たり,注文者からの指揮監督を受けない独立した事業者である請負人ではなく(民法716条参照),被控訴人から,現場代理人を通じて,間接・直接に指揮監督される関係にあった,と認めるのが相当であるから,被控訴人は,信義則及び条理上,孫請であるB産業の従業員であった亡一郎に対してもその安全に配慮する注意義務を負っていた,と認められる。   (3) 被控訴人は,被控訴人の現場代理人であるDは,亡一郎らに対し,具体的な指示をしていなかったから安全配慮義務は負わないなどと主張している。しかし,前記認定のような関係が被控訴人とB産業の従業員との間で認められる以上,Dが亡一郎に具体的な指示をしていなかったことは,被控訴人が安全配慮義務を負うと認めることの妨げにはならない。被控訴人が主張するところは,上記(2)の認定説示を妨げるものではない。  3 本件事故に関し,被控訴人に安全配慮する注意義務違反があったか。   (1) 先に認定した事実によれば,被控訴人の現場代理人Dは,埋め戻し工事において仕切として鉄板を建てて作業することを知らされていたこと,使用される鉄板は重量800kgとかなりの重さがあったこと,A班が行った鉄板の建て方は,桟木が外れたり土壁が崩れたりすれば鉄板が倒れる可能性があり,鉄板の建て方としては安全性に欠けるものであったこと(A班の作業内容が,通常は考えられないような異常な工事方法であったとまでは認められない。),本件作業に当たり,鉄板の固定を十分に行い,鉄板が倒れないようにその安全を確認して玉掛けを外すなどの注意をすれば,本件事故の発生は避けられたものと認められること,被控訴人の現場代理人D及びB産業の現場代理人Eとも,そのような注意指示を行っていないことが指摘できる。   (2) とすれば,被控訴人は,鉄板を用いた本件作業を施工すれば,鉄板が倒れる危険性があることは予見が可能であったから,現場代理人を通じて,鉄板が倒れることによって発生する事故を防ぐために必要な注意指導をするとの労働者の安全に配慮する注意義務があったにもかかわらず,この注意義務に違反した過失があった,と認めることができる。   (3) したがって,被控訴人は,上記安全配慮をする注意義務に違反した過失によって,亡一郎に生じた損害を賠償する民法709条の責任があるし,被控訴人の被用人であるDの過失によって本件事故が生じているとも認められるから,亡一郎に生じた損害を賠償する民法715条の責任がある,と認められる。