全 情 報

ID番号 : 08576
事件名 : 退職金等請求事件
いわゆる事件名 : 日刊工業新聞社事件
争点 : 専門新聞社の退職従業員らが退職金規程の不利益変更の無効確認及び旧規程による支給を求めた事案(原告敗訴)
事案概要 : 工業新聞社の退職従業員ら(一部死亡した従業員の相続人を含む)が、退職金規程の不利益変更は無効であるとして、無効確認及び旧規程による退職金支給を求めた事案である。 東京地裁はまず、給与規程変更無効確認請求に係る訴え自体は訴訟物の特定を欠くものではないし、また履行期が未到来で、金額等も確定していないとしても確認の利益があるとして、訴えを肯定した。そのうえで、退職金の50パーセントを削減する退職金規程の不利益変更につき、会社の倒産回避という切迫した事情があったことから変更につき高度の必要性があり、削減による不利益の程度は大きいものの、会社を清算した場合の労働債権への配当見込みも低率であったことを考えれば変更内容は不相当とはいえず、過半数組合が同意するなど従業員の多数の理解も得られているとして、変更には合理性があったと判断し、旧規程に基づく退職金の支払請求及び無効確認請求をいずれも棄却した。
参照法条 : 民事訴訟法133条
民事訴訟法134条
労働基準法89条
体系項目 : 賃金(民事)/退職金/退職金請求権および支給規程の解釈・計算
就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/退職金
裁判年月日 : 2007年5月25日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ワ)19102
裁判結果 : 棄却(控訴)
出典 : 労働判例949号55頁
労経速報1976号3頁
審級関係 : 控訴審/08628/東京高/平20. 2.13/平成19年(ネ)3384号
評釈論文 :
判決理由 : 〔賃金(民事)-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
〔就業規則(民事)-就業規則の一方的不利益変更-退職金〕
 1 原告X8の訴えの適否  被告は、原告X8の給与規程の変更無効確認請求に係る訴えが、訴訟物の特定を欠く上、その履行期が未到来で、金額等も確定していないから、不適法である旨主張する。しかし、上記確認請求は、原告X8が退職時においてA規定に従った退職金請求権を有することの確認を求める趣旨と解されるから、これをもって、訴訟物の特定を欠くものということはできない。また、同原告が退職するまでの間において退職金規程の改定等があった場合、その請求が認められた場合でもA規定に従った退職金請求権は生ぜず、その意味において現時点での確認請求は、一般には確認の利益を欠くものと判断せざるを得ないことになる。しかしながら、本件では、原告X8の定年退職日は本件口頭弁論終結の日からわずか1か月余り後であり、その間退職金規程が改定されることが予想される具体的事情も窺われないことからすると、確認の利益を否定するには当たらない特段の場合であるとみることができるから、同原告の確認請求については、その利益を肯認することができ、適法なものというべきであるので、原告の上記主張は採用し得ない。  2 B規定への改定の適法性〔中略〕   (2)本件は、被告が就業規則である給与規程のうちの退職金の支給率につき従業員に不利益に改定したものであるところ、このように就業規則を労働者の不利益に変更することは一般的には許されないが、労働条件の統一的な処理という就業規則の性質上、当該内容が合理性を有する場合には、労働者においてその適用を拒むことが許されないと解され、上記合理性の判断に当たっては、変更の必要性及び変更後の規定の内容からみて、労働者の被る不利益を考慮しても法規範性を是認できるだけの合理性を有するかを検討すべきものであって、特に、本件では退職金という重要な権利が問題となっている場合であるから、高度の必要性が認められて初めて合理性を肯認し得るというべきであり、労働者の被る不利益の程度、変更後の就業規則の内容の自体の相当性、関連する労働条件の改善状況、労働組合との交渉の経緯、他の労働組合又は従業員の対応等の事情を総合考慮すべきものと解される。〔中略〕  以上を総合すると、退職金規程のB規定への改定は、退職金の50パーセント削減という不利益性の強いものではあるが、被告の倒産回避という切迫した事情のもとにされたもので、これが行われずに倒産に至った場合には、原告らをはじめとする被告従業員は、破産による清算でより少額の配当を受けるにとどまったばかりか、職を失うおそれがあったこと、そして、そのもととなる再建計画は、第三者であるPwCの意見も聴いて作成されたものであり、合理性を有するものと解されること、Y労組、新労働組合の2労働組合をはじめ、他の従業員は、改定に積極的に反対するものとは認められないことなどをはじめとする諸般の事情を考慮すれば、B規定をもって、法規範性を是認し得るに足りる合理性を有するものであるというべきである。  なお、原告らは、被告の経営陣が責任をとらず、退職金削減によりこれを従業員に転嫁していることは不合理であると主張する。確かに、被告が経営危機に至ったことについては、その主たる原因は経営陣の責任によるものと推察され、その意味で原告らが、退職金の削減という形でその責任の一端を担わされる結果となることが不合理と感じることは理解し得るところではある。しかし、雇用は経営を前提として確保されるとの制度が採られている以上、経営の失敗が雇用関係に影響を与えることはやむを得ないところであるといわざるを得ない。また、本件再建計画にも、経営責任として、役員報酬の削減、退職金の不支給、経営陣の総退陣などが掲げられている。このうち、経営陣の総退陣については、りそな銀行の意向により2名の取締役が残留することとなったことは前記認定のとおりであるが、このことは、主力銀行の意向に沿ったことであり、また、経営の継続性の観点からも本件再建計画実現の上で相当なことと解されるから、これをもって経営責任が果たされていないということはできない。また、役員報酬についても、証拠(証人C)によれば、計画立案以前からの役員報酬を削減していたところ、これを継続したことで、10パーセント削減の計画は満たされているものと認められるから、役員報酬の削減が実施されていないとの主張もまた認め難い。  よって、B規定への改定が無効であるとの原告の主張は、採用することができない。   (3)次に、原告らは、C規定への改定の無効を主張するが、原告らの本訴請求は、現在原告らに適用される退職金規程がA規定であることを前提とするものであるところ、上記説示のとおり、A規定は有効にB規定に改定されており、すでに原告らにつきA規定を適用する余地はない以上、B規定をC規定に改定した就業規則変更の効力を検討するまでもなく、理由がないものというべきであるから、上記主張に対する判断の必要はないことに帰する。