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ID番号 : 08577
事件名 : 遺族補償給付等不支給決定処分取消請求事件
いわゆる事件名 : 興国鋼線索・中央労働基準監督署長事件
争点 : 米国子会社出向中の労働者の死亡につき、妻が遺族補償給付等の支払を求めた事案(原告勝訴)
事案概要 : 米国子会社に出向中の自動車部品製造会社生産・技術部門担当副社長が、打合せ会議中に突然発作を起こし、くも膜下出血により死亡したことにつき、妻が遺族補償給付及び葬祭料を申請したところ不支給とされたため、これの取消しを求めた事案である。 大阪地裁は、本件発症における業務起因性の成否について、副社長が従事した仕事が血管病変等をその自然的経過を超えて著しく憎悪させ、発症に至らしめるほどの過重負荷になるものであったか否かという観点から判断するのが相当であるとした。その上で、〔1〕平成5年上期以降、常に所定労働時間を超え、土日も出勤することがほとんどであった、〔2〕平成5年上期以降、出張や深夜勤務など特別な業務がない月の場合、80時間前後の時間外労働はむしろ平均的なもので、発症前2年間はこれと同程度の時間外労働を続けていたと推認できるとし、副社長が従事していた業務が過重であることが原因となって本件疾病を発症させたと認めることができるとして、業務と本件発症とに相当因果関係を認め、業務起因性があるとして請求を認めた。
参照法条 : 労働者災害補償保険法16条
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性
労災補償・労災保険/業務上・外認定/脳・心疾患等
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付)
裁判年月日 : 2007年6月6日
裁判所名 : 大阪地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17行(ウ)241
裁判結果 : 認容(確定)
出典 : 労働判例952号64頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕
 太郎には、脳動脈瘤を有していた以外に、特段基礎疾患といえるものはなかったということができる。 (2) リスクファクターについて  証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、太郎は、もともと1日に4~5本の喫煙習慣があったところ、発症前2か月ころからは急に喫煙量が増え、1日10本程度吸うようになっていたことが認められる。  もっとも、証拠(〈証拠略〉)によれば、この程度の喫煙はくも膜下出血のリスクファクターとしては小さいものということができる。 6 本件疾病の業務起因性  これまで認定してきた太郎の業務内容、労働時間、健康状態等の事実関係をもとに、本件疾病の業務起因性について検討する。 (1) 前記3のとおり、太郎の労働時間は、本件会社に出向し渡米してから発症までの8年間に渡り、常に所定労働時間を超え、土日も出勤することがほとんどで、24時間操業の工場で何か問題が起こると深夜に呼び出されることもあり、本件発症前の6か月をみると、多くの月で1か月間の時間外労働時間が80時間前後に達していたことが認められ(なお、日本への長期出張のあった平成6年12月から翌平成7年1月にかけては、時間外労働は少ないが、飛行機による長時間をかけての移動を伴うことなどを考えると、80時間を超える時間外労働のあった月と同様の扱いをすることが相当と考える。)、平成5年上期以降の2年間の勤務実態も変わりがなかったことが窺われる。また、発症前1か月の時間外労働時間は90時間を超え、とりわけ発症2週間前の日曜日から発症前日の日曜日までの3週間は、4時間の日曜深夜勤務が続いた上、翌月曜日も通常どおり出勤し、3時間半の残業まで行う状況にあった。 (2) 太郎の業務内容は、生産・技術部門の指導・教育・設備管理に加え、生産に不可欠な従業員の管理・確保・教育指導と多岐にわたり、操業当初から太郎とともに技術を担当していたCが第2会社へ異動して以降は、唯一の日本人技術者として、太郎の負担は増し、平成7年3月に副社長に任命されてからは、名実ともに生産・技術部門の責任者としての役目を果たすことが期待される状況にあった。しかし、平成5年以降、米国内の景気が回復するにしたがい、本件会社では、従業員とりわけ熟練工が他企業に流出し、従来から多かった欠勤と相まって、生産に必要な最低人員が確保できず、未熟練工の増加により作業効率も低下し、好景気による高い需要に対応できないという深刻な事態に陥った。経常赤字に陥っていた興国本社は本件会社に人的・物的支援を行う余裕がなく、太郎は生産・技術部門の責任者として、現場作業員の確保と未熟練工のトレーニングに努めたが、一向に収まらない欠勤者数や定着率の悪さに疲弊し、平成7年度上期の報告書では生産量の縮小を示唆せざるを得ない状況下にあった。 (3) このように、太郎は、発症前1か月間の90時間に及ぶ時間外労働に加え、8年間もの長期間にわたり恒常的な長時間労働に従事し、発症前2年間は1か月80時間前後の時間外労働が常態化していたと窺われること、唯一の日本人技術者であり、かつ生産・技術部門の副社長として、責任ある立場にあったこと、生産量を維持するために安定した労働力の確保が急務であり、労務管理に腐心していたものの、その成果が上がらず、雇用状況ひいては生産量の改善の見通しが立たないという業務遂行が困難な状態にあったことを総合してみれば、太郎が発症前に従事していた業務は、本件疾病の基礎疾患である脳動脈瘤をその自然経過を超えて著しく増悪させ、発症に至らせるほどの過重負荷になるものであったと認めることができる。〔中略〕 (5) そして、太郎には、脳動脈瘤以外の基礎疾患はなく、喫煙もその量からして明らかなリスクファクターとはいえないことからすれば、太郎の従事していた業務が過重であることが原因となって、太郎の有していた血管病変をその自然経過を超えて著しく増悪させ、本件疾病を発症させたと認めることができる。 (6) 以上によれば、太郎の業務と本件疾病の発症との間には相当因果関係があるものということができる。  したがって、本件疾病には業務起因性が認められるから、本件処分は違法なものとして取消しを免れない。