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ID番号 : 08579
事件名 : 債務不存在確認請求事件(5385号)、損害賠償請求事件(12937号)
いわゆる事件名 : ゴムノイナキ(損害賠償等)事件
争点 : 退職者が、本来は会社都合退職であったとして退職金の差額等の支払を求めたことに対し、会社が提訴した事案(会社敗訴)
事案概要 : ゴム製品等の製造販売会社で商品の受発注等を担当していた従業員が、自己都合扱いで退職後、本来は会社都合退職であったとして退職金の差額支払を求めたところ、会社が不法行為による賠償を反訴した事案である。 大阪地裁は、従業員の退職は、会社が業務態度不良な従業員に対し懲戒解雇等の処分に代えて、あるいはそれに先立って退職を促した結果であり、会社が退職願を直ちに受領し、翻意を促すことも引き留めることも一切なかったことからして、従業員の退職は会社にとって利益となるものであったと評価でき、そして、このような退職は「会社都合退職」に当たるとして、退職強要を受けたとの従業員の主張は採用しないものの、会社都合退職として処理すべきところを自己都合扱いで退職金を計算し、離職票を作成するなどの事務手続きを行ったという限度で会社には過失があり、不法行為に当たるとして会社の訴えを却下し従業員への賠償を命じた。
参照法条 : 労働基準法2章
民法623条
体系項目 : 退職/退職勧奨/退職勧奨
裁判年月日 : 2007年6月15日
裁判所名 : 大阪地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ワ)5385、平成18(ワ)12937
裁判結果 : 却下(5385号)、認容(12937号)(控訴後和解)
出典 : 労働判例957号78頁
労経速報1987号3頁
審級関係 :
評釈論文 : 本久洋一・法学セミナー53巻4号140頁2008年4月
判決理由 : 〔退職-退職勧奨-退職勧奨〕
前述のようなクレームがある被告に対し、上司であるBが厳しく注意し、指導するのは、むしろ当然のことであるし、本人の自覚を促すため反省文を作成させたことにも合理性が認められる。  しかも、漫然と反省を求めるのではなく、問題点を個別に書き出させ、一定期間経過後に改善状況を確認するとともに、クレームごとに問題点とあるべき業務内容を整理した一覧表を作成し、これに基づき一つ一つ事実を確認しながら指導を行うなど、その方法は具体的かつ丁寧で、退職強要に向けた嫌がらせと評価されるようなものではない。 3(1) 他方、原告も、前記認定に反し、身の振り方を考えると言い出したのは被告であり、退職を申し出たのも被告からであって、その証拠に、自ら退職願を作成して提出し、同僚らにも、「サラリーマンは自分にあっておらず、自分で商売をやることも前から考えており決断した。」などと話している旨主張し、証拠(〈証拠略〉)、証人D)中にはこれに沿う部分がある。 (2) しかし証拠(〈証拠略〉)によれば、退職願を提出した当時、被告の子どもらは学費等がかさむ年頃であったこと、住宅ローンも430万円以上残っている上、不景気でもあり、再就職先や独立の目途があるわけでもなかったことが認められ、このような状況下にあった被告が、全く自発的に退職を申し出るとは考えがたい。  退職願は、被告が自ら書面をしたため、持参したというものではなく、原告から交付された定型用紙に、Aが見ている前で記載し、提出したものであって、原告主導のもとで作成されたものにすぎないし、同僚に対する発言も、今後の見通しが付いていないのに、あたかも当てがあるかのように見栄を張っただけのものというべきであって、いずれも原告が自発的に退職を申し出た証拠にはならない。 (3) かえって、一向に改善されない業務態度に業を煮やした原告が、被告に今後の身の振り方を考えるように告げ、これをもって暗に解雇の可能性をほのめかしながら退職を勧め、決断を促した結果、原告は解雇される前に退職する途を選んだものと考えるのが自然である。  なお、被告は、「このままだと懲戒解雇になるぞ。先のことを考えたらどうか。」「懲戒解雇やったら、退職金は出ないし次の仕事も見つからんぞ。」などと、懲戒解雇を引き合いに退職を強要されたと主張する。  しかし、前述のような被告の業務態度に照らしてみれば、懲戒解雇があり得ることは合理的に予測されるところであって、およそ懲戒解雇などあり得ないのに、さも懲戒解雇は必至であるかのように虚偽の事実を告げ、強圧的に退職に追い込んだと評価される場合にはあたらない。 4 以上検討したところを総合してみれば、被告の退職は、原告が、業務態度の不良な被告に対し、懲戒解雇等の処分に代えて、あるいはそれに先立ち、退職を促した結果であるということができる。  そして、原告が被告の退職願を直ちに受領し、翻意を促すことも引き留めることも一切なかったことからして、被告の退職は原告にとって利益となるものであったと評価でき、この利益のために退職金額を高く支払うことには合理性が認められる。  なお、被告の業務態度が懲戒解雇事由に該当し、懲戒解雇であれば退職金が減額され、あるいは支給されない可能性があったとしても、原告は被告について懲戒解雇の手続きをとらなかった以上、退職金額を高くすることの合理性を否定する理由とはならない。  したがって、このような被告の退職は、会社都合退職にあたるというべきである。 5 そうすると、原告から退職強要を受けたとの被告の主張は採用の限りでないが、会社都合退職として処理すべきところを、自己都合によるものとして退職金を計算し、離職票を作成するなどの事務手続きを行ったという限度で、原告には過失があったという他なく、この点で原告の行為は不法行為にあたる。  そして、その結果、被告には、自己都合の場合の退職金しか支給されず、自己都合の場合の求職者給付(基本手当)しか受給できなかったことによる損害として、会社都合退職の場合と自己都合退職の場合の退職金差額116万円及び基本手当差額159万1200円の合計275万1200円に相当する損害が発生したということができる。  したがって、不法行為に基づく損害賠償として275万1200円及びこれに対する退職の日の翌日である平成14年8月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める被告の反訴請求には理由があるから、これを認容する。  他方、原告に前記退職金差額及び基本手当差額相当額を支払う義務がないことの確認を求める本件本訴については、被告から上記退職金差額及び基本手当差額相当額の支払いを求める反訴が提起されている以上、もはや確認の利益を認めることはできないから、原告の本訴は、不適法として却下を免れない。