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ID番号 : 08605
事件名 : 賃金請求控訴事件
いわゆる事件名 : 協和出版販売事件
争点 : 定年延長(55歳から60歳)に伴う55歳以降の賃金減額規程を無効として差額の支払を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 : 55歳定年制から60歳定年制への移行に伴い、55歳以降は嘱託として賃金が大幅に減額されるとの給与規程を定めた書籍取次会社の労働者らが、同規程の定めを無効として54歳時との差額の支払を求めた控訴審である。 第一審東京地裁は、「秋北バス事件」(最大判昭和43年12月25日)等最高裁判例の就業規則不利益変更法理に沿いつつ、会社が経常赤字を出しており、定年延長による人件費負担の増大は楽観を許さず、経営環境も厳しいことを考慮し、また、退職金の退職前分割支給制度を設けたり勤務手当を支給するようにしたことや、労働組合とそれなりの交渉をしてきたこと等を総合すると一定の合理性が認められ、これを適用して行った給与支給も有効なものであり、適用された労働者らの差額支払請求には理由がないとして棄却した。これに対し第二審東京高裁は、本件に労働者に不利益な変更はないと不利益変更該当性を明確に否認し、結論的には一審どおりとして控訴を棄却した。
参照法条 : 労働基準法2章
労働基準法89条
体系項目 : 就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/就業規則の一方的不利益変更
裁判年月日 : 2007年10月30日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ネ)2379
裁判結果 : 棄却(上告)
出典 : 労働判例963号54頁
審級関係 : 一審/東京地/平18. 3.24/平成15年(ワ)29354号
評釈論文 :
判決理由 : 〔就業規則(民事)-就業規則の一方的不利益変更-就業規則の一方的不利益変更〕
1 争点(1)(被控訴人における嘱託給与規定の新設による55歳以降の賃金体系を控訴人らに適用することの可否)の(a)(就業規則の不利益変更に該当するか否か。)について (1) 就業規則の不利益変更に当たるか否かは、使用者が新たな就業規則の作成又は変更によって、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することになるか否かの問題である。そこで、本件就業規則の変更が、変更前の状況との比較において、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課する措置であったかという点について検討する。〔中略〕 (6) よって、本件就業規則の変更は不利益変更ではなく、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課するものではないから、最高裁判所昭和43年12月25日大法廷判決(民集22巻13号3459頁)以降、最高裁判所平成9年2月28日第二小法廷判決(民集51巻2号705頁)、最高裁判所平成12年9月7日第一小法廷判決(民集54巻7号2075頁)等に至る累次の判断により形成された、合理性の判断基準、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項がそのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるか否かの判断基準によって、変更の法的効力を判断すべき場合ではない。  本件就業規則の変更が不利益変更であることを前提とする控訴人らの主張は採用できない。 (7) 控訴人らは、仮に本件就業規則の変更が不利益変更ではないとしても、不利益変更の場合に準ずるものとして、不利益変更の場合と同様の判断基準によって変更の法的効力を判断すべきであると主張するが、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課するものとはいえない就業規則の変更について、高度の必要性に基づいた合理的な内容か否かの判断基準により法的効力を判断するのは相当ではない。  しかし、本件就業規則の変更が不利益変更ではないからと言って、その変更内容がどのようなものであっても変更の法的効力があるものではない。  労働条件を定型的に定めた就業規則は、それが合理的な労働条件を定めているものであるかぎり、経営主体と労働者との間の労働条件は、その就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、その法的規範性が認められるに至っているのであり、労基法は、このような就業規則の内容を合理的なものとするために必要な監督的規制を講じ(89条、90条、91条、92条、106条1項)ているのであるが、就業規則が使用者と労働者との間の労働関係を規律する法的規範性を有するための要件としての、合理的な労働条件を定めていることは、単に、法令又は労働協約に反しない(労基法92条1項)というだけではなく、当該使用者と労働者の置かれた具体的な状況の中で、労働契約を規律する雇用関係についての私法秩序に適合している労働条件を定めていることをいうものと解するのが相当である。特に本件就業規則の変更が改正後の高齢者雇用安定法の施行により、60歳を下回って定年を定めることができないものとされたことに対応するためのものであったところ、上記改正後の高齢者雇用安定法では、定年延長後の雇用条件について、延長前の定年直前の待遇と同一とすることは定められておらず、賃金等の労働条件については、基本的に当事者の自治に委ねる趣旨であったと認められるが、就業規則に定められた従前の定年から同法に従って延長された定年までの間の賃金等の労働条件が、具体的状況に照らして極めて苛酷なもので、労働者に同法の定める定年まで勤務する意思を削がせ、現実には多数の者が退職する等高年齢者の雇用の確保と促進という同法の目的に反するものであってはならないことも、前記雇用関係についての私法秩序に含まれるというベきである。〔中略〕 本件就業規則の変更後の新就業規則の内容は、被控訴人及び控訴人らの置かれていた具体的な状況の中で、労働契約を規律する雇用関係についての私法秩序に適合しており、被控訴人における控訴人ら従業員の労働条件を定めるものとしての法規範性を認めるための合理的な労働条件を定めているもので、必要最小限の合理性があったと考えるのが相当である。〔中略〕本件就業規則の変更による満55歳以降の控訴人らの月額給与は、54歳までのそれと比べて相当程度減額されることになり、ローン返済や学齢期の子供を養ったりしながら生活するには厳しい金額であるが、上記認定判断にかかる当時の具体的状況に照らして極めて苛酷なもので、控訴人らに定年まで勤務する意思を削がせ高齢者雇用安定法の目的に反し、雇用関係についての私法秩序に反するとまでは評価することはできず、その意味で必要最小限の合理性はあるということができる。〔中略〕  結局、被控訴人は、上記一連の行為により、会社の財務対質を改善し、賃貸収入など新たな収入源を創出したことが窺われるが、そのような行為により利益が現実化した時点で、従業員に対してその利益の中から応分なものを賃金に上乗せするなどして配分することが要請されるとしても(被控訴人は、現に、新嘱託社員に対しても、基本給をその後19万5000円(平成12年4月から)、20万円(平成13年4月から)、21万円(平成17年4月から)と増額し、勤務手当の増額を行っている。)、本件就業規則の変更の時点で、財務体質が既に改善されていた、又は、改善されることが確実であったとは認められない。