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ID番号 : 08607
事件名 : 遺族補償年金等不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 : 中部電力・名古屋南労働基準監督署長事件
争点 : うつ病にり患して自殺した電力会社従業員の妻が遺族補償年金などの不支給処分の取消しを求めた事案(被告勝訴)
事案概要 : 電力会社技術者でうつ病にり患して自殺した従業員の妻が、遺族補償年金及び葬祭料などの支給申請を退けた労働基準監督署長の処分の取消しを求めた事案の控訴審である。 第一審名古屋地裁は、従業員は、同種労働者の中でその性格傾向が最もぜい弱である者に近似する性格傾向にあったところ、上司の指導・しっ責、うつ病発症の約1か月前の主任への昇格、及びその後の1か月80時間を超える時間外労働などに照らせば、同人のうつ病の発症及び増悪は、業務による心身への負荷と同人のうつ病親和的な性格が相乗的に影響し合って生じたものであり、業務に内在する危険性が現実化したものとして相当因果関係が認められると判断し、労働基準監督署長の不支給処分を取り消した。第二審名古屋高裁も、従業員にかかった心理的負荷はうつ病を発生させるに足りる危険性を有するものであったとして、業務とうつ病発症との間に相当因果関係があるとし、またうつ病と自殺との間にも相当因果関係を認めることができるとして、本件自殺の業務起因性を認定し、労働基準監督署長の不支給処分を取り消した一審の判断を支持した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法16条
労働者災害補償保険法12条の2の2
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性
労災補償・労災保険/業務上・外認定/自殺
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付)
裁判年月日 : 2007年10月31日
裁判所名 : 名古屋高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18行(コ)22
裁判結果 : 棄却(確定)
出典 : 労働判例954号31頁
労経速報1989号20頁
審級関係 : 一審/名古屋地/平18. 5.17/平成15年(行ウ)18号
評釈論文 : 岩井羊一・季刊労働者の権利273号75~78頁2008年1月
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕
8月ころを境に,Aの業務は量的,内容的に大きな変化が生じていた(増大した)ものと認められる。しかも,前記認定のように上司等の支援協力態勢も不十分であったのである。この量的・内容的に増加した業務を並行して遂行するため,Aは,前記認定のように8月86時間24分,9月93時間57分,10月117時間12分,11月(7日分)39時間52分という長時間にわたる時間外労働(休日出勤を含む。)を強いられたものであり(もっとも,9月下旬以降の増加分については,控訴人が指摘するように,うつ病により能力が下がった結果というべき部分も相当程度含まれるものと推測される。),これが,うつ病の発症及びその進行の大きな原因となったものというべきである。(判断指針も,心理的負荷の強い出来事として,「仕事内容・仕事量の大きな変化があった」を上げ,心理的負荷のかかる具体的出来事に伴う変化等を検討する視点として「仕事の量(労働時間等)の変化」を上げている。) エ業務以外の心理的負荷 前記認定のとおり,自宅新築に伴う転居,その際の負債の発生,配偶者である被控訴人の稼働開始等の出来事は,いずれも発症の6か月以上前であって,その後,Aには,発症の前後を通じて,業務以外で特段の心理的負荷を発生させるような出来事は認められない。Aの同僚の中には,社宅に住んでいた際の出来事などから,被控訴人とAとの関係に何らかの心理的負荷を生じさせる出来事があったのではないかと述べる者もあるが,いずれも憶測の域を出るものではない。 オ個体側の要因 前記認定のとおり, には,精神障害と関連する疾患につA いての既往歴はなく,その家族についても精神障害の既往歴はない。そして,前記認定によれば,Aの性格はメランコリー親和型であって,うつ病に親和的なものであったということはできるが,一般的にこのような几帳面,真面目で責任感が強く,他人の悪口を言ったりしないなどという性格は従業員としてむしろ美徳とされる性格であって,このことが直ちにうつ病を発症させるぜい弱性につながるものではなく,また,検討件名の取り掛かりに苦労するなど,Aは,環境設備課主任として期待される業務遂行能力を未だ十分に有していなかったと認められるとしても,これまでは,上司等から適切な助言があれば,その後は予定どおり業務をこなすことができたのであり,Aがうつ病発生時まで特段の問題もなく社会生活を送り,ほぼ順調に主任にも昇格していることからすると,上記の性格,能力共に,一般的平均的労働者の範囲内の性格傾向や個体差に過ぎないというべきである。〔中略〕 以上によれば,前記アないしウの業務等による心理的負荷は,一般的平均的労働者に対し,社会通念上,うつ病を発生させるに足りる危険性を有するものであったと認められるから, のうつ病の発症A は,業務に内在する危険性が現実化したものということができ,業務とAのうつ病の発症との間には相当因果関係が認められる。 そして,前記認定のAの自殺前の言動に照らし,Aの自殺と業務とは条件関係があることが明らかであり,うつ病の典型的な抑うつエピソードに,自傷あるいは自殺の観念や行為が含まれていることからすると,Aは,うつ病によって正常の認識,行為選択能力が著しく阻害され,又は,自殺行為を思い止まる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺に及んだものと推定でき〔中略〕,Aのうつ病発症と自殺との間にも相当因果関係を認めることができる。 したがって,Aの自殺と業務との間にも相当因果関係があり,Aの死亡は,業務起因性があるものと認められる。〔中略〕 以上のとおりであるから,本件各処分はいずれも違法であり,その取消を求める被控訴人の請求を認容した原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから,これを棄却する。