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ID番号 : 08615
事件名 : 遺族補償年金等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 : トヨタ自動車・豊田労働基準監督署長事件
争点 : 自動車の品質検査業務終了後の心停止発症、死亡について妻が遺族補償年金等の支給を求めた事案(妻勝訴)
事案概要 : 自動車製造過程の品質検査業務に従事していた労働者が、所定終業時刻後工場内の詰所で心停止の発症及び死亡したことにつき、妻が、遺族補償年金等の不支給処分の取消しを求めた事案である。 名古屋地裁は、死因がウイルス性心筋炎による重症不整脈であったとする被告の主張について、り患していた心筋炎は軽微であり、心停止の主たる発症因子となったと認めることはできず、被災者が心筋炎にり患していた事実によっても本件災害と業務との条件関係が否定されることはない、との判断をした。そして、他に心停止の確たる発症因子のあったことがうかがわれず、被災者が従事した業務による疲労の蓄積や本件災害直前の強い精神的ストレスが被災者の素因等をその自然の経過を超えて増悪させ、心停止の発症に至らせたものとみるのが相当であるとして、業務起因性を認め、不支給処分を取り消す旨の判断をした。
参照法条 : 労働者災害補償保険法7条1項1号
労働者災害補償保険法12条の8
労働基準法75条
労働基準法79条
労働基準法80条
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/脳・心疾患等
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/療養補償(給付)
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付)
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/葬祭料
裁判年月日 : 2007年11月30日
裁判所名 : 名古屋地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17行(ウ)34
裁判結果 : 認容(確定)
出典 : 時報1996号143頁
タイムズ1275号190頁
労働判例951号11頁
労経速報1993号3頁
審級関係 :
評釈論文 : 甲斐義幸・白門〔中央大学〕60巻7号6~15頁2008年7月 夏井高人・判例地方自治304号95~97頁2008年7月 田巻紘子・法学セミナー53巻8号4~5頁2008年8月
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-療養補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-葬祭料〕
死亡前2か月前から6か月前における労働時間数やいわゆるトヨタ生産方式の詳細について判断するまでもなく,したがって,これに対する被告の主張についても判断を要せず,被災者は,量的及び質的にも過重な業務に従事して疲労を蓄積させた上,本件災害直前において極度に強い精神的ストレスを受けたものと認められ,被災者が従事した業務は,心室細動などの致死性不整脈を成因とする心臓突然死を含む心停止発症の原因となるものであったということができる。 〔中略〕 (3) 被災者の死因及び心筋炎について 前記(1)の認定事実に争いのない事実等(6)アを併せれば,死因については,致死性不整脈の出現が引き金となった心臓突然死を含む心停止と認められる。 しかし,被災者がり患していた心筋炎は軽微であり,これが直ちに致死性不整脈出現の原因たる基礎疾患となったとも,同出現に対する確たる発症因子となったとも認めることはできない。 すなわち,前記認定の知見によれば,心筋炎の診断は困難であるとともに,一般に急性に経過し,予後良好なものが多いというのであるから,心筋炎にり患しながら発見されることなく,無事に経過する例が多いと推認され,また,全剖検報告例中,心筋炎が主病変であったものの割合がわずかであることや事故死者の約5%に心筋炎が認められたとの報告があることも考慮すると,軽度の心筋炎があることが,上記心停止の危険性を相当程度増大させると解する根拠は見出せない。他に特段の所見が認められない場合に,心筋炎が原因で致死性不整脈の出現に至ったと推定する見解(前記(1)ウ)は,この限度で採用することができない。 また,上記判断に反し本件発症の原因が心筋炎である旨の医師の意見書(甲82,乙20,21)は,いずれもその結論を導く合理的な根拠が示されているとは認め難く,上記判断を左右するものではない。これを,F医師の意見書(乙20)につき説明すると,被災者の心筋炎が発症から1,2週間の時期にあったこと,それがウイルス性で,不整脈死を引き起こすに十分な程度のものであったことを根拠とするもののようであるが,後者は前記認定の所見と矛盾し,前者もそれが急性期にあるとの趣旨であれば同様である から,それらの根拠は容易に採用し難い上に,これらの根拠から上記結論を導く推論過程も十分な説明がないものといわざるを得ない。 したがって,本件災害と業務との条件関係が認められないとの被告の主張も採用できない。 4 検討 本件において,被災者は,致死性不整脈を発症しているのであるから,その発症の基礎となり得る素因等を有していた可能性があることは否定し難いが,前記(1)で認定したとおり,脳・心臓疾患専門部会の委員らが,病理解剖の結果を踏まえて協議しても,基礎疾患があるとは判断できなかっただけでなく,被災者は,本件災害当時30歳と比較的若年であり,心臓疾患に関連のある既 往歴は特に有しておらず,周囲の者からは健康状態に格別異常はないと見られていたというのであるから,本件発症の基礎となり得る何らかの素因等があり,これが喫煙習慣等により一定程度増悪したとしても,確たる発症因子がなくてもその自然の経過により致死性不整脈による心停止に至らせる寸前にまで進行していたとみることはできない。そして,心筋炎や喫煙習慣は本件発症の確たる発症因子であったとは認められないことは前記のとおりである。 そして,被災者が従事した業務は,過重なもので,本件発症の原因となるものであったから,上記素因等をその自然の経過を超えて増悪させ本件発症に至らせる要因となり得るものというべきである。 以上によれば,他に確たる発症因子のあったことがうかがわれない本件においては,被災者の従事した業務による疲労の蓄積や本件災害直前の極度に強い精神的ストレスが素因等をその自然の経過を超えて増悪させ,本件発症に至らせたものとみるのが相当である。したがって,本件災害の発生は,被災者の業務に内在する危険が現実化したことによるものとみることができるから,被災者の業務と本件災害との間には,相当因果関係の存在を肯定することができる。