全 情 報

ID番号 : 08620
事件名 : 不当利得返還請求事件
いわゆる事件名 : 富士火災海上保険事件
争点 : 損保会社外務員が、保険料口座振替手数料を給与から控除するのは不当利得であるとして返還を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : 損害保険会社の外務員ら2名が、本来顧客が負担すべき口座振替手数料相当額を、外務員らの月例給与から控除することは賃金全額払いの原則に反するとして、不当利得の返還を求めた事案である。 東京地裁は、まず、法令に別段の定めがある場合、又は事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができるとする労基法24条ただし書き後段の効力は、刑事罰の免罰としての効力が認められているのみで、本件は〔1〕会社主張の給与計算方法の変更ではなく、〔2〕割賦チャージを含んだ保険料に一定の換算率を乗じて得た出来高給(実費ではない)から口座振替手数料と同額を控除しており、実費清算には当たらないこと等から、〔3〕就業規則の不利益変更の問題や、その判断の一要素として外直社員である従前の外務員らの給与に集金業務の対価が含まれていたかどうかという問題を検討判断するまでもなく、月例給与から口座振替手数料等実費を控除することは許されないものとした。
参照法条 : 労働基準法24条
体系項目 : 賃金(民事)/賃金の支払い原則/全額払・相殺
裁判年月日 : 2008年1月9日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ワ)17403
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 労働判例954号5頁
労経速報1999号3頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔賃金(民事)-賃金の支払い原則-全額払・相殺〕
(3) 以上の事実からすると、前記認定事実(2)のように、被告は従来は外直社員に各種保険の口座振替手数料実費相当額分を控除せずに一定の換算率を乗じたものを合算して支払っていたところ、平成10年以降は順次各保険ごとに当該実費相当分を月例給与から控除している。そして、平成16年4月1日からは各種取り扱い保険全部に同様の取り扱いをしている。  ところで、労働基準法24条によれば、賃金は、その全額を支払わなければならないとし、ただし、法令に別段の定めがある場合または事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができるとされている。上記認定事実からすると、被告の各種保険に関する口座振替手数料実費相当分の控除は上記ただし書きの後段である労働組合との協定がある場合に相当するものと思われる。  しかし、労働基準法24条ただし書き後段の効力は、使用者において同条の全額払いの原則に違反する賃金の支払いがあった場合の刑事罰の免罰としての効力は認められても、多数派組合のほかに少数派組合が併存し、当該少数組合がこれに同意しておらず、かつ、その組合員が個別にも上記控除の取り扱いに同意していない場合においては、彼らに対してその効力を及ぼすことはできないものというべきである。  本件においても、原告らは富士支部の組合員で、同組合が上記被告の取り扱いに同意しておらず、原告らが個別に同意してもいないことは明らかであり、被告が原告らに対する関係で各種保険料の口座振替手数料実費相当分を同人らの給与から控除した行為は、強行法規である労働基準法24条に違反するもので無効といわざるを得ない。  そして、前記認定事実(6)によれば、このような無効な控除によって原告らの給与から法律上の原因なく被告が利得した金額は分割払契約による保険料の2回目以降の支払分をはじめとする他の保険料の口座振替による支払分も含めて各人の別紙「口座振替手数料 控除額一覧表」(1)(2)のとおりであると認められる。〔中略〕  結局のところ、原告らの給与は、前記認定事実(2)のとおり各種保険ごとに従前から取り決められた換算率により算定された金額が出来高給として支給されることになっており、そこに外直社員の集金業務相当分が含まれるかどうかはともかくとして、被告が主張する外直社員の給与支給の取り扱いの変更によっても当該換算率に変更がなく月例給与としては従前どおりであること、前記に認定したように、被告の規程の文言上、「月例給与から控除する」とあり、しかもその控除するものが「実費」とされていること、給与の計算方法としては、観念的には換算率を調整するなり、当該率を乗じる対象金額から実費分相当額を除いて計算することが可能であるはずのところを敢えて月例給与そのものとは別に取り扱っていること、給与であれば、事前に支給を受ける段階で原告ら外直社員が金額的に予知特定できるものでなければならないものと考えられるところ、契約者の口座振込という不確実な要因により当該金額の有無、多寡が左右される性質のものであることからすると計算方法として一義的なものともいえないこと、外直社員の保険募集業務という労働の結果からいずれも生じてくる費用であるとしても、顧客の保険料支払方法にかかわる費用であり、募集に当たった外直社員が必然的に負担すべきものではないものであることなどからすると、当該費用が労働に関係して生じているものとみる必要はなく、上記のように給与から控除されるものの性質及び給与計算として成り立つ余地のいずれの観点からみても、これを単なる給与計算方法の変更と見ることはできないものといわなければならない。  また、上記のような被告の規程を実費の清算と見る余地があるかどうかについても検討してみるに、口座振込手数料は、保険契約者負担で割賦チャージの中に含まれており、当該割賦チャージを含んだ保険料に一定の換算率を乗じて出来高給を支給していることからすると、当該出来高給の中に実費である口座振込手数料の一部が含まれていることになる。しかし、給与(上記出来高)に含まれている口座振込手数料は換算率を掛けている関係で全額ではない。ところが、被告が外直社員の給与から控除している金額は、口座振込手数料と同一額である。このことからすると、実費を清算していることにはならない。  さらに証拠(〈証拠略〉)によれば、原告らを含む富士支部の外直社員が被告に控除された口座振替手数料の内訳を示すよう要求しているにもかかわらず被告においてその内訳が開示されていないことからしても、実費の清算としてもその明細が明らかではなく、実態としても、原告ら外直社員が支出した費用の実費を被告が弁償するものとは上記から明らかなように性質を異にしており、清算の実質を有するものと見ることも相当とは思われない。  それゆえ、被告が主張する就業規則の不利益変更の問題さらにはその判断の一要素として外直社員である従前の原告らの給与に集金業務の対価が含まれていたかどうかという問題について逐次検討判断するまでもなく、被告における外直社員である原告らに対する月例給与から口座振替手数料等実費を控除することは許されないものというべきである。  したがって、原告らの被告に対する本件不当利得返還請求には理由があることになり、同人らの債権は、期限の定めのない債務であるから履行の催告のあった訴状送達日の翌日である平成18年8月25日から遅滞になるものと考えられ、しかも商行為によって生じたものではないので、民事法定利率による年5パーセントの遅延損害金が発生するものというべきである。