全 情 報

ID番号 : 08637
事件名 : 賃金請求事件
いわゆる事件名 : 大道工業事件
争点 : ガス配管工事請負会社従業員らが、シフト中の不活動時間に係る時間外割増賃金等の支払を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 : ガス配管工事請負会社従業員4名が、シフト中の不活動時間に係る時間外割増賃金等の支払を求めた事案である。 東京地裁は、労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、実作業に従事していない時間については、使用者の指揮命令下にあったか否かで客観的に決まるとした。その上で、不活動時間について、事実上寮への寄宿を余儀なくされていたものの、〔1〕不活動時間中は私服、生活拠点である自室でテレビ鑑賞、パソコンに興じるなどしている、〔2〕本件拠点には賄い担当者のほかはおらず、従業員の管理等を行う者は置かれていなかったこと、〔3〕シフト時間帯の不活動時間帯での外出に特段の規制はなく、携帯電話を所持して買い物に出たり、中には近くのパチンコ店や飲酒店へ行く者もいたこと、などの事実を認めた。そして、これら実態は、自宅からの通勤労働者が自宅で過ごすのとさほど異ならないものであるといえ、当該従業員ら主張の指揮命令下にある「手待時間」というよりも、抽象的な場所的・時間的拘束に類する「呼出待機」といえ、労働時間には当たらないとして請求を棄却した。
参照法条 : 労働基準法32条
体系項目 : 労働時間(民事)/労働時間の概念/手待時間・不活動時間
労働時間(民事)/労働時間の概念/労働時間の始期・終期
裁判年月日 : 2008年3月27日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ワ)6713
裁判結果 : 棄却(控訴)
出典 : 労働判例964号25頁
労経速報2004号21頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働時間(民事)-労働時間の概念-手待時間・不活動時間〕
〔労働時間(民事)-労働時間の概念-労働時間の始期・終期〕
 以上によると,原告ら従業員の本件不活動時間帯の活動・行動様式は,社会通念に照らすと,自宅からの通勤労働者が自宅で過ごすのとさほど異ならないものであったと評するのが相当である。   (4) そこで,上記(2),(3)を前提として,本件不活動時間の労働時間該当性につき判断すると,労務提供の可能性があるという意味では,本件不活動時間であっても,原告ら従業員の活動・行動には一定の制約が及んでいたことは否定できないものの,原告ら従業員が1回のシフト時間帯に現実に労務を提供する回数や実稼働時間,そして,その逆の関係となる本件不活動時間の長さに加え,本件不活動時間中の原告ら従業員の活動・行動様式をも勘案すると,シフトの開始・終了時刻が,始業時刻・終業時刻と同様な意味での拘束性を有するものとは直ちに評し難く,むしろ,本件不拘束時間において,原告ら従業員は高度に労働から解放されていたとみるのが相当である。すなわち,本件不活動時間が被告の指揮命令下に置かれていたとは評価するには足りない。〔中略〕  (ア) まず,原告らの主張<1>は,証拠(甲2の1ないし同の4,原告X4)に照らしてもこれを認めることはできず,かえって,上記証拠に加えて,証拠(乙13,証人C,被告代表者)をも勘案するならば,本件委託業者からの修理依頼が入った際も,シフト担当の従業員の多くは私服で,依頼があってから初めて作業服に着替えるなどして集合体制を整えて始めていたため(なお,中には,修理依頼があってから,食事を摂り始める者や,パチンコ店へ外出していたため,同店舗へCが出動依頼があったことを告げにいったこともあった。),通常,修理依頼が入ってから,所要の人員が集合して出動に至るまでに約10ないし15分程度を要していたこと,また,現場へ到着するのに1時間以上の時間を要した場合もあったが,そのような場合でも,東京ガスや本件委託業者から苦情・注意がされたことはなかったことが認められ,してみると,原告ら従業員が原告らが主張するほどに迅速な出動が義務付けられていたとはいえない。そして,このことに,前示のとおり,本件不活動時間が長時間にわたることがほとんどであったことをも勘案すると,修理依頼があるまでの不活動時間帯と同依頼に応じて現実に労務を提供する時間とは,時間的な連続性を欠くものというべきであって,これを一体のものと評価するのは相当でないというべきである。  (イ) 次に,原告らの主張<2>については,確かに,シフトの間隔,そして,これに伴う出動の頻度や実稼働時間の長さと次の作業までの間隔の長短等によっては,労働時間該当性の判断に影響を及ぼす事情となることは否定できないところであり,また,証拠(甲2の1ないし同の4)によれば,原告らの実稼働のパターンとして,例えば,平成17年11月2日から3日にかけての原告X1のように,11月2日午後1時50分に出動して午後8時28分に本件寮に戻り,また,午後8時45分に出動して翌日午前3時ころに本件寮に戻った後に,11月3日の24時間シフトに入り,午前9時から午後1時30分ころまで実稼働するという場合も存することが認められる。しかしながら,上記証拠によっても,このようなことは月に1,2回生じ得る程度の稀な事象にとどまるといえ,原告らの労働実態全体の特徴を示すものとはいえないから,この点も前記の判断を左右するには足りない。  (ウ) 最後に,原告らの主張<3>については,確かに,シフト担当時間帯を通じて原告らに労務提供の可能性があり,また,事実上,その居住地を含めた滞在場所が制約されていたとみられることは前示のとおりである。しかしながら,前示のような,シフト担当日の不活動時間の長さ・継続性,本件不活動時間帯における従業員の活動・行動様式,加えて,原告ら従業員は「可能な限り」迅速に現場に赴いて,工事に着手することが義務づけられていたものの,これは,出動体制が整い次第,速やかに出動することを命じるにとどまるとみられることを勘案すると,本件不活動時間帯において,原告ら従業員が受ける場所的・時間的拘束の程度は,職務ないし業務の性質上,就業場所近くに居住しつつ,労務を提供すべき事態が発生した際にその旨の連絡に応じて労務提供を行い,それまでは居住地ほかで待機するという,いわゆる「呼出待機」の場合にみられるような抽象的な場所的・時間的拘束に類するものといえ,したがって,本件不活動時間を「手待時間」と同種のものと評することは困難というべきである。なお,原告らがいう精神的緊張については,前示のような原告ら従業員の本件不活動時間における活動・行動様式に照らすと,直ちに採用し難い。    イ また,原告らは,本件工事に従事する従業員の人数に制約があるため,休日が少ないことを問題視するようである。確かに,証拠(甲2の1ないし同の4,5,6)によれば,原告らが本件対象期間中に24時間シフトを担当した回数は少なくなく,その意味では,原告らが労務からの完全な解放となる休日の増加を要望することも首肯し得ないではないが,休日の多寡の問題と本件不活動時間の労働時間該当性は別個の問題というほかないから,何ら,上記の点は前記判断を左右しない。    ウ そして,他に,本件不活動時間が労働時間に当たることを基礎づけるに足りる的確な事情も見当たらない。   (6) 以上によれば,本件不活動時間が労基法上の「労働時間」に当たるとはいえないから,実労働の有無を問わず,シフト担当時間帯のすべてが「労働時間」となるとの原告らの主張はその前提を欠き,採用できない。したがって,原告らの本件各請求が認められるためには,実際の労働時間に基づき,割増賃金の対象となり得る労働時間を特定する必要があるところ,原告らの主張はそのようなものとなっていないので(なお,原告らの請求には,深夜割増賃金の対象となる時間帯の実労働時間を摘示する部分があるが,本件では,この労働時間の割増賃金を1.25の係数で計算していることから,これを時間外労働として請求・主張していることは明らかである。),時間外労働に係る割増賃金の支払を求める原告らの主張は失当となる。