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ID番号 : 08638
事件名 : 賃金請求控訴事件
いわゆる事件名 : 日本システム開発研究所事件
争点 : 調査・研究を受託する財団法人の研究員らが一方的賃金の減額を不当として差額の支払を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 調査・研究を受託する財団法人に勤務する研究員ら5名が、財団法人から一方的に賃金の減額を決定されたとして、従前との差額分の支払を求めた控訴審である。 第一審東京地裁は、研究員ら5名のうち年俸者4名について、就業規則に手続がなければ、不利益を蒙る労働者の同意を得る必要があったのに為されてないとして、また非年俸者についても、評価方法の変更等の周知が不徹底だったとして賃金減額を不当とし、研究手当の減額分の支払を命じた。これに対して第二審東京高裁は、まず労基法15条、89条の趣旨に照らし、特別な事情がない限り使用者に一方的な評価権限はないとした上で、本件には特別な事情はないとして減額措置を無効とし、従来の年俸を適用した一審の判断を支持した(ただし終了していない年度については不適用)。しかし、非年俸者については原則として評価は使用者の裁量行為であるとして一審の判断を変更し、差額支払を否認した(ただし賞与の相殺行為を労基法24条違反として一審どおり支払を命令)。
参照法条 : 労働基準法15条
労働基準法89条
労働基準法24条1項
体系項目 : 賃金(民事)/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
賃金(民事)/賃金の支払い原則/全額払・相殺
賃金(民事)/賃金請求権の発生/年俸制
賃金(民事)/賃金の支払い原則/過払賃金の調整
裁判年月日 : 2008年4月9日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ネ)5366
裁判結果 : 一部認容(原判決一部変更)、一部棄却(上告)
出典 : 労働判例959号6頁
労経速報2022号3頁
審級関係 : 一審/東京地/平18.10. 6/平成18年(ワ)1918号
評釈論文 :
判決理由 : 〔賃金(民事)-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕
〔賃金(民事)-賃金の支払い原則-全額払・相殺〕
〔賃金(民事)-賃金請求権の発生-年俸制〕
〔賃金(民事)-賃金の支払い原則-過払賃金の調整〕
 ア 第1審被告における年俸制のように、期間の定めのない雇用契約における年俸制において、使用者と労働者との間で、新年度の賃金額についての合意が成立しない場合は、年俸額決定のための成果・業績評価基準、年俸額決定手続、減額の限界の有無、不服申立手続等が制度化されて就業規則等に明示され、かつ、その内容が公正な場合に限り、使用者に評価決定権があるというべきである。上記要件が満たされていない場合は、労働基準法15条、89条の趣旨に照らし、特別の事情が認められない限り、使用者に一方的な評価決定権はないと解するのが相当である。  これを本件について検討すると、第1審被告において、年俸制は、20年以上前から実施されてきたものであり、その支給方法や年俸交渉の方法等について、前記引用に係る原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の1(3)イ及び(4)(イ)のとおりの運用がなされてきたことについては当事者間に争いがないが、年俸額決定のための成果・業績評価基準、減額の限界の有無、不服申立手続等については、これが制度化され、明確化されていたと認めるに足りる証拠はない。  第1審被告は、年俸額の決定基準は、その大則が就業規則及び給与規則に明記されていると主張する。しかし、第1審被告の就業規則及び給与規則には、年俸制に関する規定は全くない上、第1審被告は、原審においては、「年俸交渉において合意未了の場合に、未妥結の労働者に対して年俸を支給する場合の支給時期、支給方法、支給金額の算定基準等について、第1審被告には明確に定めた規則が存在しない。」と主張し(平成18年5月24日付け第1審被告の準備書面(2))、第1審被告において、年俸額の算定基準を定めた規定が存在しないことを認めていたものであり、第1審被告において、年俸制に関する明文の規定が存在しないことは明らかである。〔中略〕  オ 本件において、平成17年度及び平成18年度の年俸額について、各年度中に、第1審被告と年俸者第1審原告らとの間に合意が成立しなかったことは、当事者間に争いがない。したがって、平成17年度及び平成18年度の(平成17年4月1日から平成19年3月31日まで)の年俸額は、年俸者第1審原告らの主張のとおり、平成16年度の年俸額と同額に確定したものというべきであるから、第1審被告は、次の(2)において判断する第1審被告の主張(信義誠実の原則違反)が認められない限り、平成17年度及び平成18年度の賃金として、年俸者第1審原告らに対し、平成16年度の年俸額と同額の賃金支払義務を負うことになる。〔中略〕 (4) まとめ  ア 前説示のとおり、年俸者第1審原告らの平成17年度及び平成18年度の年俸額は、平成16年度の年俸額と同額に確定したところ、第1審被告は、平成17年度については前記引用に係る原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の1(6)ア記載のとおり、平成18年度については上記(3)のとおり、年俸者第1審原告らに賃金を支給したことが認められる。したがって、年俸者第1審原告らの平成17年度及び平成18年度の賃金請求部分の認容額は次のとおりとなる。〔中略〕  イ 次に、平成19年度以降の賃金請求について検討する。当審口頭弁論終結日(平成20年2月25日)までに、平成19年度の末日(平成20年3月31日)が経過していないことは、顕著な事実であるから、平成19年度の年俸額については、未だ確定していないというべきである。  そうすると、年俸者第1審原告らの平成19年度の賃金請求のうち、本件口頭弁論終結日(平成20年2月25日)までに支払期が到来する分については、年俸額が確定していない(なお、第1審被告が年度内に支給する賃金総額も未確定である。)から、理由がなく、棄却すべきである。  年俸者第1審原告らの賃金請求のうち、本件口頭弁論終結日(平成20年2月25日)より後に支払期が到来する分については、民事訴訟法135条の将来の給付を求める訴えに当たるところ、上記のとおり、平成19年度以降の年俸額は、未だ確定していないから、将来の給付の訴えの対象適格を有しないというべきであり、これらの請求に係る訴えは、不適法であるから、却下すべきである。〔中略〕  第1審被告による上記評価方法の変更は、上司に当たる研究室長の裁量の幅を狭くするものであるが、このことは、特定の労働者にとってはともかく、労働者一般について、不利益な変更であるということはできないことに加え、第1審原告丁原の所属する地域資源研究室の受託金額は、平成15年度には約1億1771万円であったが、平成16年度には約7617万円と大幅に減少したこと、この数字を基礎とした第1審被告の査定によれば、第1審原告丁原の評価ランクは2となるが、第1審被告は、低下率を緩和し、本件評価においては、評価ランク4と評価したことが認められる(〈証拠略〉)。以上によれば、本件評価をもって、裁量権の逸脱、濫用に当たるということはできない。〔中略〕 (2) 争点(2)イ(第1審原告丁原に対する差額控除の有効性)について〔中略〕 この控除(相殺)について、第1審被告は、労働者の生活保護の観点から、冬期賞与で調整したと主張するにとどまり、その根拠について主張しない。他方、本件全証拠によっても、上記控除(相殺)について第1審原告丁原が了承していたとは認められず、かつ、第1審被告において、冬期賞与から、同年4月から11月分まで8か月分の研究管理手当の差額を控除(相殺)するとの慣行が成立していたとも認められない。さらに上記控除(相殺)額は、冬期賞与の約半額であって少額であるとはいえず、事前に控除(相殺)についての予告はなく、このような事情の下では、上記控除(相殺)は、労働基準法24条1項本文の賃金全額払の原則に反し、無効であると認められる。