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ID番号 : 08642
事件名 : 損害賠償等請求事件
いわゆる事件名 : 京都市(教員・勤務管理義務違反)事件
争点 : 市立小中学校教職員らが、法令等に基づかない違法な職務従事に対し損害賠償等を求めた事案(労働者一部勝訴)
事案概要 : 市立小中学校教職員ら9名が、市に対して、法令等に基づかない違法な黙示の職務命令等による職務従事があったとして、安全配慮義務違反による損害賠償及び労基法37条等に基づく未払賃金等の支払を求めた事案である。 京都地裁は、〔1〕時間外勤務については、校長らに給特法及び本件条例の趣旨に反して教職員らに違法に超過勤務をさせたという違法行為があったとまではいえず、〔2〕安全配慮義務違反については、一部の教職員についてのみ勤務が過重にならないように管理する義務があったにもかかわらず、この措置をとったとは認められず安全配慮義務に違反があったとした。さらに、〔3〕労基法37条若しくはワークアンドペイの原則に基づく時間外勤務手当の請求については、校長らが教職員らに対して特定の業務について時間外の職務を命じたと認められないことからすると教職員らの請求は理由がなく、またワークアンドペイの原則自体、どのような労働についてどの程度の賃金が支払われるべきかということを具体的に明らかにした原則ではなく、給付請求権の具体的な内容を導くことができるような裁判規範として援用できるような内容を備えているとまではいえないとして、請求を棄却した。
参照法条 : 労働基準法37条
日本国憲法14条
国家賠償法1条
公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法
体系項目 : 労基法の基本原則(民事)/労働者/教員
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
賃金(民事)/割増賃金/立法による労基法37条の適用除外
裁判年月日 : 2008年4月23日
裁判所名 : 京都地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成16(ワ)145
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 労働判例961号13頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労基法の基本原則(民事)-労働者-教員〕
〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
〔賃金(民事)-割増賃金-立法による労基法37条の適用除外〕
(ケ) O校長は,原告Iが平均して午後8時ころ退校していたこと,また,吹奏楽部の指導のため土・日に出勤したりしていたこと,被告教育委員会の指定を受けた研究発表の冊子のまとめ作業等その仕事量が多かったことを認識していたところ,原告Iの時間外勤務が極めて長時間に及んでいたことを認識,予見できたことが窺われるが,それに対してそれを改善するための措置等は特に講じていない点において適切さを欠いた部分があるというべきである。 原告Iは,上記のとおり平日は平均して午後8時ころまで勤務する他,吹奏楽部の指導のため休日にも出勤したりしていてその時間外勤務の時間は少ないとはいえない時間であり,包括的に評価しても,配慮を欠くと評価せざるを得ないような常態化した時間外勤務が存在したことが推認でき,O校長は,同一の職場で日々業務を遂行していた以上,そうした状況を認識,予見できたといえるから,事務の分配等を適正にする等して原告Iの勤務が加重にならないように管理する義務があったにもかかわらず,同措置をとったとは認められないから同義務違反があるというべきである。 ウ以上によれば,原告らのうち,原告Iについて安全配慮義務違反が認められ,その余の原告らについては同義務違反は認められない。 エそこで,原告Iが被った損害について検討する。 原告らは,被告らの安全配慮義務違反によって原告らが被る損害について労働基準法37条で認められる時間外手当相当分である旨主張する。しかし,原告らに対する安全配慮義務によって保護されるべき保護法益は上記(1)アで説示したとおり原告らの健康ないしその保全である。そうすると,原告らの上記主張は採用できない。しかし,上記2(2)アで説示したとおり教育職員の職務が児童生徒との直接の人格的接触を通じて児童生徒の人格の発展と完成を図る人間の心身の発達という基本的価値に関わるという特殊性を有するほか,児童生徒の保護者からの多様な期待に適切に応えるべき立場にも置かれていることを考慮すると,過度な時間外の勤務がなされた場合には肉体的のみならず精神的負荷が強いと推認できるところ,上記2(3)で説示したとおり,教育職員には時間外勤務手当は支給されないこともあってその勤務時間管理が行われにくい状況にある上に,原告Iが上記健康の保持に問題となる程度の少なくない時間外勤務をしていたことを踏まえると,それによって法的保護に値する程度の強度のストレスによる精神的苦痛を被ったことが推認される。 原告Iが被った同精神的苦痛を金銭的に評価すると50万円が相当である。 また,原告Iは,本件訴訟の提起,遂行を同原告ら訴訟代理人に委任して行っているところ,同原告らに対する安全配慮義務違反と相当因果関係のある弁護士費用としては,上記認容額,同訴訟の経緯等を踏まえると同認容額の1割相当の5万円をもって相当とする。〔中略〕 4 労働基準法37条もしくはワークアンドペイの原則に基づく時間外勤務手当の請求について〔中略〕 上記2(5)で認定したとおり原告らが勤務していた学校の校長が原告らに対して特定の業務について時間外の職務を命じたと認められないことからすると,原告らの同主張は採用できない。また,上記2(1)ないし(3)で認定,説示した給特法ないし本件条例の趣旨(給特法は包括的に職務を再評価し,給与水準が,前記のような特殊な職務を遂行する立場にある者にとってふさわしい水準に達しているかどうかという観点から,時間外手当を支給するという方法によってではなく,一律に調整給を加算することによって対処している。)からしても原告らの同主張は採用できない。〔中略〕 原告らが原告ら自身の尺度で労働時間と考えた時間を計測できたとしても,前記に説示したとおりの教育職員の職務の特殊性を考慮すると,原告ら自身の尺度から労働時間と考えた時間帯における労働の全てを使用者である被告の拘束下における労働とまで評価してよいか,疑問を差し挟む余地がある。特に,原告らが時間外労働と主張する持ち帰り仕事は,原告らそれぞれの自宅でなされるものであって,使用者である被告の指揮監督の下にあるとまでいうことができないうえ,同職務の遂行の程度は勤務時間中に比して密度は高くはなく,仮に同時間を自己申告させたとしてもそのまま使用者の指揮監督下にある労働時間として扱うことはできないし,上記3(2)アで記載したような事情がある。以上のようなことを踏まえると,原告らの時間外勤務の労働実態について,原告らが主張する原告ら各自の時間外勤務について的確な時間的計測をなし得るとはいえず,その他,的確な時間外勤務時間を認めることはできない。 (3) そうすると,原告らの労働基準法37条に基づいて時間外勤務手当の請求ができるとの上記主張は採用できない。 (4) また,原告らはワークアンドペイの原則により時間外勤務手当相当額が支払われるべき旨主張する。しかし,その原則自体,どのような労働について,どの程度の賃金が支払われるべきかということを具体的に明らかにした原則ではなく,給付請求権の具体的な内容を導くことができるような裁判規範として援用できるような内容を備えているとまではいえないから,同主張は採用できない。